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それでも一億人から君を見つけたよ

リビングは私の憩いの場だった。家族で食事をするのも一人で勉強に励むのも、時には眠りに落ちるのまでそれは全てリビングだった。4人で囲む大きな丸テーブルは、家族が多いせいで無理やり増やした8つの椅子に周りを固められ、大きなソファーには座り心地より寝心地を重視されたタオルケットがいつも巻きつけられていた。他に誰がいようが気にならなかったし、祖母が見ているテレビ、母と叔父とのおしゃべり、父が聴いてる野球中継、弟が勉強している英語のリスニング問題、小さな従妹が床にぶちまけた引き出しの中身、それら全てが私の生活の心地よい効果音だった。

しかしそんな日々は唐突に終わりを迎えた。

弟1号(私には弟が3人いる)が高校受験を間近に控えたある冬のこと。彼は勉強範囲を文字通り物理的な意味で拡大し、あろうことか私の聖域であるリビングに進出した。音楽を聴きながら勉強するのが趣味だった彼は(いったいそれでどうやって集中するっていうんだろう)、レンタルショップで最新のヒットチャートから何枚か借りてきて、それを延々とリビングのコンポで垂れ流しながら勉強した。その中の一枚に、その曲はあった。

それが例えどんなにいい曲であったとしても、自ら進んで聞くのでない限り、何回何十回と続けて聴かされれば辟易してしまう。というわけで、コンポから流れる

《こなああああああああゆきいいいいいいいいいいいいい》

の絶叫が数十回を数えたあたりで、私の精神はあっさり崩壊したのだった。

 

レミオロメン『粉雪』

「粉雪」(こなゆき)は、日本のロックバンド、レミオロメンのメジャー7枚目、通算8枚目のシングル。2005年11月16日に、スピードスターレコーズより発売。TSUTAYAで最もレンタルされたシングルCDであり、総レンタル回数は200万回以上を超える。(Wikipediaより) 

「うるせえ、今すぐ止めろ」、私は冷たく言い放った。「ちっ」、舌打ち混じりに弟1号はリビングを後にした。私の聖域には平穏が戻ったが、どこの部屋で流しているのか遠く微かに聴こえるあの絶叫は、私の神経をちりちりと撫で続けた。

私は心の健康と平安を保つ為に、その日以来「レミオロメン」及び「粉雪」を記憶から抹消することにした。その試みには見事成功して、そうして数年が経過した。

大学から帰ってきて、いつものようにリビングに直行し、ソファーにごろりと転げたある日のこと。しばらくして、CDコンポから何やら優しげなニ長調が流れているのに気がついた。

《君の右手と僕の左手 触れ合った時魔法にかかる》

まるで「静かなマグマ」のようにふつふつと湧き上がる感情を押さえながら、そっと耳を澄ました。テーブルには真っ青な空色のアルバムが置いてあり、すぐにこの曲のパッケージだと気づいた。レミオロメンの「HORIZON」だった。

 

レミオロメン『HORIZON』

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この曲が「傘クラゲ」でさえなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。でも私はこの曲を最後まで聴いてしまい、その結果「魔法に、かかった」のだった。

弟1号は今でもこのことを忘れ難いエピソードと捉えているらしく、つい先日も、「レミオロメンが解散して(解散じゃねえ活動休止だ)ショックで立ち直れない姉がかつて『粉雪』を心底憎んでいたのは俺のせい」なる旨のツイートを残していた。

私はそれを見ながら、ああそんなこともあったねえなんて懐かしげな笑みを浮かべながら、「うるせえ、今すぐ止めろ」と、心ならずの暴言を吐くのであった。

 

レミオロメン「傘クラゲ」

 

 

かがり(@14banchi