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「98年の世代」について 後篇

前半はこちら。

「98年の世代」について 前篇

さて、4組と他のバンドの違いは分かったが、この4組それぞれを比較してみるとどうだろうか。歌詞を見てみると、本当に一括りにされてるのかって思うぐらい違いが各所に見える。

NUMBER GIRLは都会に溶け込む少女達を溶け込めない自分と比較して羨ましがり、中村一義は群れを成す群衆を否定し、あくまでも我が道を行こうとする。そんな「孤高」という言葉が似合う2組と比べ、「君」を設定して夢を語り合うくるりと、若者を代弁したような描写が目立つスーパーカー。1st時点では前者の2組に比べると唯一無二感は一歩劣るか。

しかし向井は2ndでは都会に溶け込む決意をするし、逆にくるりは周囲ではなく自分の怒りに音楽を全て委ねる。

図鑑

図鑑

 

彼らは自分の音楽をしっかり持っていただけではなく、進化させていく事も忘れなかった。くるりやスーパーは言わずもがな、ナンバガはリズムに価値を見出し、向井は解散後ZAZEN BOYSでダンスミュージックを始めるまでに至る。中村もより多くの人に自分の音楽を届ける事を目指し、演奏のバリエーションを増やしていく。100sを結成してからはその傾向が顕著だ。

ZAZEN BOYS4

ZAZEN BOYS4

 
OZ

OZ

 

このように価値観も進化の方向性もこの4組は全く違う。しかし共通している点もある。その一つは前述したが、彼らは「これまでとは違う視点で音楽をやろうとした連中」だということだ。90年代に流行った歯の浮くようなラブソングや、逆境や苦難を乗り越える力を与える元気ソングとは明らかに違っていた。

もちろんそれらが悪いという話ではないし、彼らがそういう音楽に否定的だったかは分からない。しかし彼らの歌にはそんなありふれたメッセージはなかった。甘美な歌が溢れている音楽シーンに埋もれてしまうような気配などまるでなく、存在感を強く打ち出す力強さも骨太さもあった。演奏は洋楽サウンドに答えを求め、自分達がこれまで見てきた世界の暗い部分に着目し、それぞれの独特の言葉の選択で世界を描いていった。間違いなく異形の存在だったが、間違いなく世紀末の日本の音楽シーンで最も光を放っていた。

歴史に残るバンドはこれまでと違う形を世間に見せつけなければならない。ビートルズバディ・ホリーの死により時代遅れだと言われていたロックンロールに唯一こだわったバンドだったし、ボブ・ディランはフォークとロックという相容れない二つを融合させるという暴挙に出た。レディオヘッドは誰も目がいかなかた進化した時代における空虚感をそのまま音楽にした。日本では不可能と言われていた日本語でのロックをはっぴいえんどジャックスが可能にした。

Kid a

Kid a

 
ジャックスの世界

ジャックスの世界

 

彼らの快挙は今でこそ絶対的な物だが、当時は(今も一部では)賛否両論、否定的な意見の方が多かった時もあった。それでも自分の道を突き進んだからこそ、彼らは歴史となった。

果たして2014年の今、このような度胸があるミュージシャンが何人いるのか。「98年世代」以降は数えるほどしかいないと私は思う。だから彼らは今でも多くのロックを愛する人々から支持されている。当時若者だった人は「あの頃は良かった」と懐かしみ、今の若者は「もっと早く産まれたかった」と嘆く。それがいいことなのかはわからないが、彼らの偉大さを表すエピソードとしては最適だろう。

今後出て来たバンドがいくら素晴らしくとも「ビートルズ二世」「ボブ・ディラン二世」の肩書きを背負わせたら批判の嵐になるだろうし、ましてやこの偉人達を超えるバンドなど絶対に出て来ないだろう、という風が吹き始めている。今の音楽シーンに失望している人々の声だ。

そして「98年世代」もだんだんその域に近付いてきているように感じる。彼らは背負っている看板は変わっていてもまだまだ現役なのに。伝説になるのは早過ぎる。彼らを追い越す「14の世代」が今年生まれてくる事を祈る。

スーパーカー「LOVE FOREVER」

中村一義「永遠なるもの」

 

 

HEROSHI(@HEROSHI1111