銀杏BOYZ『光のなかに立っていてね』

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銀杏BOYZが00年代邦楽の音楽シーンを語る上で不可欠なバンドである事は、誰もが納得する事実ではあるが、忘れられがちな事実でもある。それは一つには、この『光のなかに立っていてね』と『BEACH』をリリースするまで、9年もの間アルバムを発表していなかったからであろう。しかし裏を返せば、それだけの間リリースしなくて良かった、つまり前のアルバムやその間に出したシングルが売れていたという事でもあるだろう。現在の音楽界でそんなバンドがあと何組いるだろうか。全く幸せなバンドだ。勿論それだけの実力があったのも事実だが。

私は銀杏に対してそこまで思い入れがない。前作は聴いたが、そこまで大好きだとも大傑作だとも思わなかった。いいな、とは思ったが。思春期の男子を狙いすぎている気がして、こっちを聴くよりはホルモンを聴いていた。しかし、「人間」という曲だけは別だ。これは私という人間に大きな影響を与えた一曲だ。「戦争反対 とりあえず 戦争反対って 言ってりゃあいいんだろう」という一節。その峯田の一言が私の少しひねくれた性格にどれだけ影響を与えたか。そう、とりあえず言う。その姿勢が人間の醜い姿だ。そしてそうだと誰もが分かっていても止められないのが人間のより醜い姿なのだ。

このように「人間」の大ファンであり、銀杏の大ファンではなかった私は、今回の9年ぶりのリリースも「おっ」とは思ったけど、レンタル待ちでいいかと思う程度の感動だった。そしてレンタル解禁となってもしばらく借りに行かず、先週ようやく借りた。そして感想としては……もう、感動しかなかった。本当に素晴らしい作品だった。まだ今年は半年残っているにも関わらず、坂本慎太郎『ナマで踊ろう』とどちらを年間ベストにしようか悩んでいるという現状である。これほど生命力に溢れ、心を躍らせるバンドだったのか、彼らは。我々は彼らの良さを再認識したのではない。ただ単に彼らの素晴らしさを忘れていただけだ。この9年間は無駄ではなかった。

冒頭の「17歳」は南沙織のカバーだが、完全に峯田の歌として、今作の幕開けにこれ以上ないほど魅力的な曲として存在している。

《動かないで おねがいだから 好きなんだもの 私は今 生きている》

の意味は、南沙織銀杏BOYZでは全く違う。別の人が歌う事により、曲そのものに全く違う味が出る。これこそがカバー曲の魅力なら、これ以上ないカバー曲である。後、本作の魅力とも欠点とも言われているノイズだが、私は本作の魅力だと考えたい。前2作と比べて透明感が増し、より上手いと感じる峯田の声や、シンセ等を取り入れ明るく飛び跳ねるサウンドとノイズとの相反関係が、暗さと明るさ、人間の生命力を描くのに素晴らしい味を出している。

「I DON'T WANNA DIE FOREVER」は「あいどんわなだい」と、「光」はシングル盤と比べても存在意義が変化しており、アルバムの一曲として機能している事も注目したい。特に「I DON'T WANNA DIE FOREVER」は打ち込みメインでシンセが響き、

《純情可憐な君を しっちゃかめっちゃかにしたい》

という変更された歌詞が面白い。峯田にしては(?)控えめな表現だが、それぐらいの幼稚な表現がこの位置で歌われると「あぁ、やっぱり俺は銀杏を聴いているんだ」という実感が沸き嬉しい。そして大名曲「人間」の続編的な「光」はやっぱりいい。ピアノ弾き語り→バンドサウンドという王道展開、そして

《ひかり ひかり ひかり 僕を置いてくなよ》

と変更された歌詞には、この9年間もがき苦しみながらも成長した彼らの姿が見られる。

そして「ぽあだむ」。これは本当に素晴らしい一曲である。間違いなく今年のベストトラック最有力候補。こちらを躍らせる美しいダンスミュージック要素、各楽器隊の弾む演奏、そして何より歌詞。

《やわらかい地獄ってもう、天国にも似てるから》

と歌う彼の意外な、しかし当然でもある一面。何とこの歌は震災後の計画停電中の東京に美しさを感じる歌である。もしかしたら不謹慎と思われるかもしれないが、私はこのセンスに感動した。峯田がただの「パンクロッカー」ではなく、「芸術家」「アーティスト」である事を再認識したからだ。これまでどのアーティストも見いだせなかった美。それをこれ以上なく生命力に溢れるメロディと共に歌った。かつて「人間」に感動した時を思い出した。 彼は裏切らなかった。それだけが嬉しい。

今作、我々は銀杏BOYZとの再会と別れを同時に体験した。9年ぶりの新作リリースという大ニュースと引き換えに、峯田はこれまで共に戦ってきた三人のメンバーと袂を分かつ事となった。言わずもがな、今作もこの3人の貢献度は大きい。もうあの銀杏は存在しない。しかし峯田ははっきりと宣言している。「銀杏BOYZは続ける」と。新しいメンバーを引き連れ、きっと彼は素晴らしい音楽を私達に聴かせてくれるだろう。それまで待つ事を楽しもう。確かに9年待たされた。しかしこの9年は楽しかった。我々には新生銀杏BOYZがいる。それだけで充分だ。

銀杏BOYZ「ぽあだむ」

 

 

HEROSHI(@HEROSHI1111