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アインシュタインズ『かくかくしかじか』

レビュー

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アインシュタインズという不思議な名前のバンドがいる。言うまでもなくアインシュタインズは相対性理論のパロディからスタートしたバンドだ。相対性理論がバンドサウンドであるのに対し、アインシュタインズはエレクトロだ。だからパロディと言ってもやくしまるえつこのソロに近い。

異常なほど完成度が高く、ここまで来るとオリジナルと言っていいほどのレベルだと思う。実際に自分たちで曲を作っているわけだから間違いなくオリジナルなのだが、相対性理論的を出発点にしながら、それとは異なる世界観を生み出しているのがおもしろい。もちろん似ている。でもビートルズChuck Berryの「Rock and Roll Music」を演奏していたからっていつまでもコピーバンドなわけではないし、アインシュタインズだって明確に相対性理論とは異なる地点に到達している。

ただそれがすごく言葉にしにくい。機能的にはアルベルト志村のトラックが優れているからだと断言できる。彼のトラックメイカーとしての能力は破格だと思う。しかしそれだけですべて説明できるわけではない。

その違いが何なのかをずっと考えていたのだけど、最近、バンドとしての姿勢であり哲学のように思えてきた。わかりにくいと思うのでまずは相対性理論の「バーモント・キス」の歌詞を引用する。

わたしもうやめた 世界征服やめた
今日のごはん 考えるのでせいいっぱい
相対性理論「バーモント・キス」)

基本的に相対性理論の曲は、できる限り本心や己の気持ちに踏み込まないようにしている。その中でも個人的には最もエゴを見せているように見える「バーモント・キス」でさえ《世界征服やめた》なのだ。つまり彼らは「やめた」のだ。やらないなら歌わなければいいのに。でもそれが相対性理論の基本姿勢なのだと思う。

しかしアインシュタインズは違う。アインシュタインズの音楽には主体が存在する。

誰か見つけて 誰か答えて 繰り返すわ
誰か見つけて 誰か答えて オーバー オーバー オーバー
アインシュタインズ「いちばんぼし」)

この歌詞は比較的わかりにくいところを抜き出したのだけど、要はアインシュタインズの音楽には冗談みたいな歌詞の中に本音が描かれていて、しかも音がマジなのだ。

相対性理論はどこまでも言葉遊びのような歌詞の歌を、どこまでも冗談のように歌い、そしてそれに終始する。徹底してファンタジーであろうとしている。しかしアインシュタインズは虚構の世界に身を置きながら、どこか本音のような言葉を時折漏らし、そこに説得力を与えることで現実と虚構の境界が揺らぐような音楽を奏でている。

どちらが優劣という話ではない。ただ僕は基本的な相対性理論が好きな人間であり、アインシュタインズの音楽を聴いて一筋縄でいかないと思った。次の作品を楽しみにしている。

 

アインシュタインズ「いつばんぼし」

アインシュタインズ「お願い、カミュ様。」

 

 

ぴっち(@pitti2210)