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3月9日

2011年の3月9日、横浜アリーナにいた。座席は覚えてない。舞台から遠く離れてはいたけど、真正面だった。「3月9日」が聴きたくて、3月9日にきた。

思えばその日は、その「3月9日」からちょうど十年の節目の日だったんだろう。友人の結婚披露宴に、三人で演奏するために作った曲だと聞いた。

当時はメジャーデビューもしてなくて誰だあいつらみたいな雰囲気になって、みたいなことをどこかで笑いながら話していた気もする。

もともとはスリーピースバンドの彼らだけれど、その頃にはとっくに音源でもライブでもサポートメンバーが入るのが普通で、その日のライブはとくにストリングスやホーンズなどたくさんの楽器隊に囲まれてた。そのメンバーたちが最後の曲を終えてお辞儀をして帰っていくと、三人も後に続くのかと思いきや、くるりと向き直り、定位置についた。

「三人だけになっちゃいましたねえ」

「今日は3月9日です」

「だから三人だけで歌います」

そんななんの脈絡もない言葉を重ねると、それまで22曲をほぼノンストップで歌いつないできた藤巻さんが再び声を響かせた。穏やかなベースにのせて、鮮やかなドラムに合わせて。

三人だけで演奏するのを、はじめて聞いた。

 

その一年くらい後に、レミオロメンは活動休止した。解散、じゃなくて休止、であることは希望でもあり絶望でもあった。

「アイランド」という曲に象徴されるように、ほころびが生じていたのは明らかだった。初期のけだるく痛切なバンドサウンドはなりを潜め、「粉雪」みたいに、それこそ一億人の多くの人が口ずさめる曲まで生まれてた。

良し悪しも好き嫌いもきっと誰もが持ってた。たぶん本人たちも。それでも、いびつなままでも紡がれる姿を見続けたいと思ってたから絶望だった。終わりの見えない空白は「無」と同じであるように感じられた。

同時に、希望だとも思えた。またレミオロメンの音が鳴る未来を待ってていいんだ、という希望。

待つこと。楽しみに待つこと。……でも、期待はしないこと。

そんな、唯一できることをただただやり続けていたら、もう三年も経っちゃったんだな。

ボーカルの藤巻さんは、レミオロメンの休止前後からソロ活動を続けているので、そちらももう三年以上のことになる。悲しくなるからあまり曲は聴けてないしライブも一度しか行ったことがないんだけど、模索しながら少しずつ前に進んでいるのだと思う。

フロントマンが絶対だなんて思わないけど、レミオロメンのほぼ全ての曲は藤巻さんが詞を書いて曲を作っていた。活動再開するのか否か、再開するとしてメンバーや編成がどうなるのか。間違いなく彼に、多くの部分がかかっているんだろう。

前のままのレミオロメンじゃないかもしれない。でも、だからって「違う」ってことには絶対ならない。この空白の期間だって、彼らを紡ぐのに必要な時間に違いない。……だとしたら、見届けなきゃいけないんじゃないのかな。

そんなことを、最近ようやく思えるようになった。だから「悲しい」とか思わないで曲を聴いてみようかな、ってそんなことまで考えた。

アマゾンでポチリと押したソロアルバム『オオカミ青年』はまだ封を開けてはないけれど、彼らに出会ったときからずっと使ってるiPodで聴くのを、今は楽しみに待っている。

 

冬が来るたび私は「粉雪」を思い出すし、春の足音がきこえれば「3月9日」を口ずさむ。なんとなく、それは私だけでもかつてのレミオロメンファンだけのことでもなく、他にもたくさんそういう人がいるらしい。

そんな歌を一つでも作れたならミュージシャンとしては大成功なのかもしれないし、音楽の神様はひょっとしたら「曲の素晴らしさが全て」であり誰が作ったか演奏したかなんて関係ないよ、みたいなことを言うかもしれない。

でも私は、あの日の横浜アリーナ。舞台から一直線に届いた三人だけの歌を、また聞きたくてしょうがない。

傲慢でもエゴでもなんでもいい。ただ、その瞬間に居合わせたい。

そんないつかの希望を胸に、今年の3月9日を迎える。

 

 

かがり(@14banchi

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