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フジロックについての徒然書き

話は6年前、2009年の夏のことだ。

イベント会場での警備アルバイトで大学生ながらサブチーフとして働いていた彼は、手っ取り早くまとまったお金を楽しく稼ぎたいからと、人生初めてのフジロックに足を運んだ。もちろん、セキュリティの人間として。

当地に着いたのは、前日祭が始まる前日、初日が始まる2日前だったはずだ。3日間で10万人近い人が来場する。彼らが腕につけるリストバンドを手作業で数え上げ、グリーンステージの柵やテント建てを手伝った。あれは小雨がパラつき、鬼と呼ばれたギタリストが死んだというニュースが飛び交った日だった。

開催期間、毎日朝6時頃に起床し、スタッフ用の食事処に足を運び、朝食を食べる。日本人のみならず、外国人記者や各ミュージシャンのローディも顔を見せるその場所では、日本語以外の言葉が飛び交う。ただの警備兵であった彼は、その身は縮こませながらも、イギリス留学で培った耳を大きくし、その会話を聞き取ろうとした。

午前中は入場ゲートでリストバンドを渡し、午後はグリーンステージのモッシュピット付近での警備に勤しんだ。

イギリスはマンチェスターが産んだ兄弟は、大雨となったこの日のライブを境に別離の道を歩んだ(ファンだった彼は警備しながら大合唱した)。グラスゴーが産んだロックバンドは、「Do you want to?」と煽りつけ、当年発表したアルバムをベースに圧倒的なパフォーマンスを見せつけた。90年代にニルヴァーナとグリーンデイの狭間でブレイクしたアメリカのロックバンドは、グッドメロディを高らかにグリーンステージに披露し、その後にやってきたロンドンの2人組DJは、3日間で最も激しい雨が降るグリーンステージで「Raindrops」をぶちかまし、雨を湯気へと昇華させた。

 音楽とサッカーとアニメを好んでいた下らない20代そこそこの男子大学生だった彼は、チーフでもサブチーフでもないただのヒラ警備を勤めながら、『聞き慣れたバイヴが、体感したことのない強振動となって満ち溢れる奇跡の場所』、そんな風にフジロックでの日々を楽しんだのだ。

それから6年、半分ドロップアウト半分社会人のような人間になっていた彼は、6年の間により一層に音楽を愛するようになっていた(音楽のためにと、女を捨てるほどといえばわかってもらえるだろうか)。

ニルヴァーナという肩書を葬りアメリカのロック史を背負おうとしているバンドと、00年代のイギリスでロック・ミュージックを最もスペクタクルに奏でたバンドが見れるとなれば、行かない手はない。なけなしの貯金をはたいて、人生2度目のフジロックへと足を運ぶことになった。

端的に言えば、6年経っても、フジロックは最高の思い出を残してくれた。

警備員だかボランティアが少なくなったとか、ケータイでのカメラ撮影があまり注意されずだとか、そういった側面での変化が不都合を及ぼしたと覚えはない。一つ言えるのは、彼が警備員としてフジロックに足を運んだ2009年に各所でチーフとなっていた方々が、今年2015年にも同じように働いていたということ。それまでにも彼らは番頭となって働いていたという話を当時聞かされていた彼は、彼らチーフ陣を確認して「今年のフジロックも安全だろう」とホッとしたという。

おおよそ、彼のように金付の警備員/無償ボランティアを含め、人員を減らしたのだろうと考えられる。09年の時ですら「まさか人員をここまで移動するとは」などと思っていたのだから、今年は馬車馬のごとく働かされたのではないだろうか。スタッフの皆さん、本当にお疲れ様だと彼は思う。

え?3日間で5人とセックス?真っ昼間のグリーンステージど真ん中でおっぱじめるんなら対処するけど、夜のキャンプサイトでひっそりと……ならば、しょうがないこととして寛容にみてもいいでしょう?人の性生活にとやかく文句を言うのは、当人と仲良くなってからだと彼は考えている。

今年はどのアクトがどんなふうに、という話は別件で話をしている。気になる人はそっちを読んでもらえるとうれしい。レーヴェンを通りすがりに見ただけになったしまったことと、FKA twigsをアタマから見れなかったのは残念だったが、Of Monsters And Menをフルでキッチリ見れたのは思い出深かった。

「メンツが悪い」「オレンジコートがないのが残念」「邦楽バンド多すぎてつまらない」と言われたフジロック。開催前にも開催後にも論議が後を絶たないのは、フジロックにかかる期待値の高さ、その裏に伺える集団意識、示された事実がある。ちょっとだけ書いてみたい。

 

1. 驚かされたい!

「たまたま通りかかった時に流れていた音楽が良くて見ていた」という経験が頻発する音楽感度高めの人にとって、確かに上述の理由はすごく的を得ている。つまるところ、音楽によって「驚かされたい」のだ。その余地を奪ってしまったのがあまりにも手痛かった(これは邦楽バンド重用にも通底する意識かもしれない)。2日目にキセルを観に行く時に、たまたま通ったGypsy Avalonでやっていたジャムバンドがかなり良く、急ぎ足を止められてしまった。「ああ、キセルを3曲目からしか見られなかった……」という悲しさはあるが、それ以上にあのバンド良かったな!

 

2. 見たいミュージシャンを見れる!

単純な話だ。邦楽ロックフェスと洋楽ロックフェス、出自は関係なく、一体どちらのほうが多いだろう?そして洋楽ロックフェスに出てくるミュージシャンのなかで、(円安の影響を加味しつつ)日本でライブができるのはどれほどの数がいるだろう?そうなるとやはり、今年のフジロックのラインナップでは海外のバンドやミュージシャンを見たい人の声は強まるのは確かだ。

 

3. 邦楽ロックバンドの夢舞台→フジロック

では今年フジロックに来たのは、メインディッシュになりえないバンドばかりなのか?そんなことはなかったと僕は思う。翌週、ひたちなかで行われたROCK IN JAPAN FESTIVALにおいてトリを務めるミュージシャンが3組、それ以外にも椎名林檎BOOM BOOM SATELLITESキセルにペトロールスなど名うてのバンドが出てきた。

少しだけ冷ややかに見てみよう。増加傾向にある邦楽ロックフェス、盛況なものが非常に多いが、なぜここまで増えたのだろうか。イベント運営をしたい人間の夢や希望が生み出した云々ということコンセプトは根っこにして、そのために呼ばれるバンドマンやミュージシャンの数が、一時期よりもほぼ確実に増えていることに気づく。音楽に身を捧げたいと思う人間が、ある時期から確実に(視覚情報的には)増えたのだ。

彼らが音楽を続けるためにはどうすればいいだろう?CDや音源を売ることもそうだが、ライブの数を増やすことも重要だ。そういった理由から邦楽ロックフェスは増えているのだろう。

では彼らミュージシャンは一体どこから音楽を知り、夢を見るようになったのか。音楽的な影響なども含めれば、やはりこの島国の外側から影響を受ける人が圧倒的多数だ。The Catish Bottle And Menの代役に選ばれたのは、the telephones。数年ぶりに出てきたフジロックで「フジロックのグリーンステージに出るのが夢だった」とMCしたのは印象的で、フジロックはバンドマンの夢舞台として機能しているのが察しがつく。ROCK IN JAPANだけが夢舞台として機能しているわけでもないのだ。

 

4. 垣間見えた「お金の問題」

きっと今年フジロックに行った人が一番に驚いたのがこれじゃないだろうか、これまで無料送迎だった運送バスで金を取るとは。越後湯沢駅から会場までのバスだけがそうなっているというのもおかしな話で、みつまた地区などからはそういった物はなかったのだから。

邦楽から多くを重用したのには、日本経済の問題もある。1ドル120円の円安状態では、海外のバンドを呼ぶにしても大きな制約がかかるのは念頭に入れておくべきだろう。クリエイティブマンが主催するサマーソニックは近年と変わりないラインナップで非難の声はあまり聞かれない(それでも邦楽から多く声をかけている)。フジロックを主催するスマッシュの経済状況が危ういのでは?という勘ぐりが脳裏をかすめる。実際のところは、よくわからないとしか言い様がない。

 

思いつくままに問題をひけらかしてしまったけども、もう一度言えば、今年のフジロックは最高の思い出を残してくれた。それだけは事実だ。論議が非常に多いのは、やはりフジロックが愛されているからだろう。

自分の生まれとは見ず知らずの土地で、音楽によって純粋に驚かされ、自分でも知り得なかった自分に気付かされる。もしもフジロックが持つ魅力を短く言い表すなら、そういうことだろうか。夜の25時に寝て朝の6時に目が覚め、おもむろに開いたツイッターのタイムラインから流れてきたのは、長野県松本市で行われているりんご音楽祭の映像。日本という島国のなかでジャンルを越境してミュージシャンを一同に介するこの音楽フェスは、もしかすればフジロックの心と精神を強く受け継いだ音楽フェスかもしれない。行ってみたいな、と思った。 

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草野虹(@grassrainbow