読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スピリットオブジャパニーズロック そしてディストピアを謳う 中編

コラム

いつも書いてます、草野といいます。今回は、現代思想家の東浩紀さんと批評家の佐々木敦さんの2人で開催しているゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 新・批評家育成サイトの 『文化について書くことで状況を語り得るのか』(講師:さわやか)

school.genron.co.jp

に影響されたものです。本当はもっと深く広く調べ上げて書く題材でしょうが、書ける範囲でとりあえず書いてみよう!の気持ちのまま書いてみたら、なんと1万字を超えてしまった……。なので、前中後にの3つに分けられてます。

前編はこちらです。

ongakudaisukiclub.hateblo.jp

今回の中編では、邦楽ロックの音と詞を真正直にも信じて、頼りにして、「日本におけるロックミュージックは、政治社会(≒目の前の状況)との間に、なぜこれほど大きな断絶を残し、またカウンターカルチャーとしての力を失効してしまったのか?」を書きたいと思います。

 

 

日本におけるロックミュージックは、政治社会との間になぜこれほど大きな断絶を残し、またカウンターカルチャーとしての力を失効してしまったのか。時代を巻き戻してみよう。

1960年代、ギターは不良の持ち物、そこは野球バットのほうが危ないにも関わらず、真顔でそう言ってのける親御さんがいたのだという。僕の父は、そういった論理を振り回す祖父に対抗した18歳だったと聞いている。

しかも60年代末から1970年代に反体制を歌ったのは、岡林信康などのフォークミュージックであったことは忘れてはいけない。当時のフォークミュージック界の重鎮であった岡林信康遠藤賢司加川良高田渡小坂忠、各々のスタイルは違えど、そこには一定の反抗性があったのは確かだ。そんな彼らのバックバンドとして活動し、その後に3枚のアルバムを生み出したはっぴぃえんどの歌詞は、『古き良き日本の姿』を体現するように詞が連なっていく、そこに当時の政治的な熱を読み取るのは非常に難しい。 

汚点(しみ)だらけの
靄(もや)ごしに
起きぬけの路面電車
海を渡るのが 見えたんです
それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を
はっぴいえんど「風をあつめて」) 

 

雨に病んだ飢いたこころと
凍てついた空を街翳が縁取る
雨上がりの街に ふいに風が立る
流れる人波をぼくはみている
はっぴいえんど「12月の雨の日」)

はっぴぃえんど。細野晴臣松本隆大瀧詠一鈴木茂ら4人はその後、荒井由実松任谷由実)の活動/ナイアガラレコード~シティポップ/YMOなどへ、日本の70年代から80年代における日本のポップミュージックで活躍を見せていくが、彼らだけが日本のロックを背負っていたわけではないのは、良き音楽リスナーならわかっていただけるだろう。

もしもポリティカルという意味で読み解くのであれば頭脳警察や外道、カウンターカルチャーとして読み解くならば当時興隆していたサイケデリックロックを直に受け取ったFlower Travelin Bandやザ・モップスなど、非常に素晴らしいロックバンドがこの時代にはいたのだと断言できる。歌謡曲とアイドルとニューミュージックが世の中を彩る中、ポリティカルな態度云々は抜きにしても、ロックミュージックはアウトサイダーのための音楽として日本にあったのだ。

こうして流れを一瞥してみれば、海外の国々からはどうしても輸入できなかった精神性は日本人の心のままに、ロックンロールの音を羽織るような恰好になってしまったことがわかるだろう。これはその後、邦楽ロックの成長に大きな影響を及ぼしていくことになる。

ねぇ あなたがた 腐ったはらわた しまいこみ
しばしの間 叫びながらうごめきな
絶望へ 墜っこっていけ
ねぇ あなたがた 奈落の底に狂いこみ
ゲロにまみれて うごめきな
脳みそ ぶっ裂きながら のたうち回れ
逃げるんじゃねぇ 逃げるんじゃねぇ
(外道「逃げるな」)


逃げるな/外道(1974) - YouTube

銃を取ってさけべ
誰に俺たちが裁けるのかと
銃を取って叫べ
誰が大地を汚したのかと
無知な奴らの無知な笑いが
うそでかためられた
この国に響き続ける
頭脳警察「銃をとれ」) 

1977年にロンドンで爆発したパンクミュージックの熱波は、70年代に堅調な経済成長を続けてきた日本経済が高レベルな発展を遂げていく80年代初頭、様々な海外文化と共に日本へと到着することになる。

1980年代に入ると、パンクロックとその後に連なるニューウェイヴに影響された2組のロックバンドが日本で大きく取り上げられる。THE BLUE HEARTSBOOWY、彼ら2組に加えて、1985年にデビューした尾崎豊を加えたロックミュージシャンが歌ったのは、<社会への違和感を声をにして、自意識に宿る惨めな自分の尻を叩き、自分らしさを抑圧するものから背を向け、自分らしさを尊んで生きることで退屈な社会をやり過ごす?、そんな術だ。

社会≒状況からの逃避や反発を手段化して「自分らしさを見つけ出す」という詞からうかがえるのは、社会≒状況との断絶といっても過言ではないスタンスと言えるのではないか。

世界中でさだめられた どんな記念日なんかより
あなたが生きている今日は どんなに素晴らしいだろう
世界中で建てられているどんな記念碑なんかより
あなたがいきている今日は どんなに意味があるのだろう
見えない自由がほしくて 見えない銃を撃ちまくる
本当の声を聞かせておくれよ
THE BLUE HEARTS「TRAIN-TRAIN」)

乾いた風にかき消されて 最後の声も聞こえない
歪んでく街並みも色あせて
振り向かないで今はまだ 思い出を LONELY ANGEL
今度こそ 幸せになることを祈ってる
OH BABY TRUE 素直になれず
OH BABY TRUE やさしさに照れてばかり
BOØWY「B・BLUE」)

行儀よくまじめなんて 出来やしなかった
夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった
信じられぬ大人との争いの中で
許しあい いったい何 解りあえただろう
うんざりしながら それでも過ごした
ひとつだけ 解っていたこと
この支配からの 卒業
尾崎豊「卒業」) 

90年代になると、B'zとMr.Childrenという2大ロックスターが、大多数の日本人の心に響くことになる。

彼らは80年代の先人たちから変化し、「社会の中でもがくことを念頭に入れて詞にしている」「社会の中で自分らしさを見つける=自己実現となる」「自己実現ができずとも、周囲との関係性の中で生きる」ことを歌い上げた、いま現在に続く多くの支持を得ることになる。

こういった変化は、冷戦終結~バブル経済崩壊~年号が平成に~オウム真理教問題を経由した当時の日本社会が、これまで戦ってきたであろう<対抗相手としての『社会』>としての影響力が弱まった/弱まるように方向づけられたこと、加えて社会そのものへの不安感が呼び水になったのは言うまでもない。

ここには大きな底流がある、80年代に10歳代だった世代が90年代に20代となって社会と向き合わざるを得なくなる、あるいは、70年代に10代だった世代が90年代に30歳代を迎えて社会とより深くコミットしていく。そういった時の流れと社会システムと世代交代による変遷があるのを忘れてはいけないだろう。

Brother 生きていくだけだよ
ためらうことなど何もないよ 今更
どうか教えてほしいんだ
苦しいときは 苦しいって言ってくれていいんだよ
Baby We'll be alright We'll be alright
(B'z「Brotherhood」)

終電車に揺られて 捕まった手すりがベトつく
短い夢のなかでも 思いっきりオマエは冷たいね
『いつのまにか』じゃない
自分で選んで歩いてきたこの迷路
願いよかなえ いつの日か
そうなるように生きてゆけ
ぼくはぼくに きみはきみに
拝み倒して 泣けばいい
(B'z「ねがい」)

近頃じゃ夕食の話題でさえ 仕事に汚染されていて
様々な角度から物事を見ていたら 自分を見失ってた
入り組んでる関係の中で いつも帳尻合わせるけど
Ah 君は君のままに 静かな暮らしの中で
時には風に身を任せるのも いいじゃない
oh miss yourself
Mr.Children「innocent world」)

あるがままの心で生きようと願うから
人はまた傷ついてゆく
知らぬ間に築いていた
自分らしさの檻の中でもがいているなら
誰だってそう 僕だってそうなんだ
Mr.Children名もなき詩」)

 

そして、「失われた20年」と言われた日本経済と穏やかな日本社会の空気は、ロックが持っていたであろうカウンターカルチャーとしての対抗性を一気に脱臭させたといっていい。同時に、弱まった社会の中において、社会的な性向が自己実現を目指すというルートが薄まるなか、「非常に観念的で曖昧な言葉を多用し、あらゆる人間のあらゆる局面に有効として細工された応援歌」「他者と自分との関係性を中心に、社会の中でいきていくという詞」「仲良き他者が多く住まう場所を第二の社会として見つけ出す」ような歌詞が非常に多くなる(断わっておくが、これは邦楽ロックミュージックの歌詞における傾向である)。

同時にこれは危うい話として挙げておきたいのだが、2000年代において変容したこの形が、非常に強固な軸となり、地面となり、地場となって、2010年代も半ばに差し掛かった現在でも、そこからの再新は図られていないという点だ。

この遅れによって、2010年代においてが多くのロックバンドが、こうした精神性と音楽性のありかたは大きく悩むことになっているわけだが。 

社会とロックミュージックの関係性の変化が、ざっぱながらにわかってもらえただろうか。

ここで誤読してほしくないのは、ポリティカルじゃないからロックではない、などというクソッタレな短路思考だ。僕はほぼ全くそのようなことを言っていない。

社会学上の規範にのっとれば、集団が生まれるために最低限の構成人数は2人以上とされ、集団があるからこそ社会が生まれ得るとされており、そこに立脚すれば、日本のロックは社会(≒状況)について歌い続けており、むしろそこから目を背けたことなど一度もないとすら言える。

しかしながら、多くの支持を得てきたであろうロックの言葉が、行動的ではなく内面的に、実際的ではなく観念的に、集団ではなく個人に、風景ではなく人間に、どんどんと目線が変化し、バックグラウンドの中に(暗黙の中に)社会が押しとどめられていることがわかってもらえるだろうか。

そして何よりも、不良性を外にだすことなく、自身の心のなかに押しとどめている/ないしは自身の中に発見し、それを暗黙のなかに理解し合うというゲームが生まれているということに。(ここに、某雑誌の影響がどーだのと突っ込むのは、正直野暮な話だ。B'zとMr.Childrenの巨大なファン層はほぼテレビによるものであり、サカナクションSEKAI NO OWARIにしても同じ道筋をたどっている、目に映る場所にいるかどうかの違い、その違いなのは容易にわかってもらえるだろう。)

「言いたい奴が言え」という他人行儀さとふてぶてしさ、『この時代と僕らロックバンドは無関係』だという断絶にすら誤認してしまうほどスガスガしくも確かな距離感。日本のロックが特徴として持ってしまったノンポリティックな姿勢は、こうして時間を紐解いて眺めてみれば、社会変容・時代変化の波を受けて対応した精神性と音楽性の狭間の中で、粛々と変化した姿としてみえてくる。

無論だが、そういった無言の対応が社会からの逃避だと考えてもまったく差支えがないし、人目につかずこっそりと後ろから勇気づける歌を歌うことは、社会への対応なのだと言えよう、まさしくロックバンドらしい振る舞いだと思う(俺の大好きなoasisはそういったバンドだった)。 

こういった精神性の変化とともに邦楽ロック・ミュージックの音楽性も、歌謡曲とロックミュージックの折衷を目指す方向性とロックミュージックの本質を貫かんとする方向性、この2方向へと徐々に顕著化していく。

80年代におけるじゃがたら、THE STARLIN、THE ROOSTERユニコーンX JAPANといったメンツから、Blankey jet CityTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTFISHMANSHi-STANDARDTHE YELLOW MONKEYスピッツGLAY、L'Arc-en-ciel、くるりスーパーカーへと連なる90年代のロックバンドら、大きく言えばバンドミュージック全般そのものが、カウンターカルチャー由来の社会≒状況への対抗や反抗を詞にすることから、サウンドスタイルに独自性を持たせようと躍起になっていった。各時代で頂点を極めしバンドは(先述したTHE BLUE HEARTSBOOWY・B'z・Mr.Childrenも同様に)、一時期は言葉を捨て、音を探求しているのだ。

 

別の方向から目線を送ってみればから、いまでは一般化したインディという言葉にくくられるバンドマンの中には、もはや音楽だけで飯を食うことをあきらめ、そして音楽不況によって循環するはずのお金に全く期待ができなくなったことで、こうした両極性が薄れているという事実だ。

失われた20年とも呼ばれる日本経済の不況、YouTubeや違法ダウンロードによって『音楽は無料で聴けるもの』という言葉をリスナーから聞くこともできるし、実際に音楽事業の売り上げは軒並みに下を向いている。売り上げや金銭という杓子定規がどんどんと存在感を薄めていくなかで、自身が歌いたいことや奏でたい音楽に真摯に向き合うミュージシャンが現れているし、そしてミュージシャンが歌いたい言葉や奏でたい音を積極的に受け入れていこうというリスナー層が生まれてきてもいる。それは、非常に幸福な関係性だと僕は思うのだ。

政治との距離感や経済的な循環からは断絶しかけつつも、ファンであろう平易な市民との距離感とは非常に良いものを形作っている、そんな風に邦楽ロックシーンを眺めてみれば、市民の代弁者たる存在ががいつ現れてもおかしくはない。

一言に邦楽ロックシーンといっても、そこには非常に幅広く様々なバンドシーンが混在しているはいうまでもなく、これまでのロックシーンの発展があってこその拡がりなのはほかでもない、だからこそ、音楽性の探求と精神性の変遷という両極を融和させた新たなロックバンドが生まれる可能性が秘められている。そして、その出現を見過ごしてしまったとき、日本の音楽は死ぬのかもしれないとすら僕には思えるのだ。

 

 後編では、ここ数年の日本社会の変容をビビッドに作品に落とし込んだ、3つの作品を紹介します。ディストピアを謳う、それこそが希望になりえてしまう時代が、今なんです。

(続きます)

 

ongakudaisukiclub.hateblo.jp

 

草野(@grassrainbow