カート・コバーンと小沢健二

「なあ、日本でカート・コバーンにあたる人物って誰なんだろうね」

友人は唐突にこんな質問を僕に投げかけてきた。カートが亡くなってから20年以上が過ぎたある日の昼下がり、僕たち二人は喫茶店でコーヒー片手に大好きなニルヴァーナについて話していた。友人の質問にしばらく考え、コーヒーを一口飲んでこう呟いた。

小沢健二じゃない?」

「それは違う気がするな。だって、小沢健二のキラキラと光るポップソングとグランジと呼ばれた轟音とノイズにまみれたカート・コバーンのサウンドでは全く正反対じゃん」と友人は笑いながらと言った。確かに、彼の言葉にも一理あるとは思うし、友人のように考える音楽ファンも多いと思う。しかし、それでも僕にはどうしても小沢健二はカートの生まれ変わりのようにしか思えないのだ。

もちろん感覚で言ってる訳ではなく、いくつか理由はある。例えばファッション。カートといえば、擦り切れたネルシャツに穴の開いたジーンズという金のない若者をイメージさせる身なりであり、対して小沢健二はベルベットのジャケットに仕立てのいいシャツ。そして、ピカッと光る革のローファーと品が良くおしゃれな感じである。このように書くと対極にいるような双方のファッションではあるが、それまでのバンドマンの持つ“Tシャツにジーンズ”といったイメージからは想像できない出で立ちであり、そのファッションが楽曲にも投影されていた点においては共通している。

また、双方の1stアルバム(『ブリーチ』と『犬は吠えるがキャラバンは進む』)は作りこみをせず、大変シンプルなバンドサウンドであったのだが、次作(『ネバーマインド』と『LIFE』)ではシンプルな作りからは一変し、音を重ねてサウンドに厚みを持たせ、非常にポップでキャッチーなアルバムになった。これが双方とも爆発的にヒットして、一躍スターダムにのし上がった。しかし、その次に出来た作品(『イン・ユーテロ』と『球体の奏でる音楽』)はポップでキャッチーとは対極的なものであり、『イン・ユーテロ』は憂鬱、破壊的、そして混沌が入り混じるサウンドに心情吐露にも似た悲痛な叫び、小沢健二の『球体の奏でる音楽』はベテランのジャズプレイヤーを配しアコースティックなジャズサウンドが包む作品となった。

そして『ブリーチ』から5年後の1994年の4月にカートは自殺という形で、小沢健二も『犬は吠えるがキャラバンは進む』から5年後の1998年以降、メディアへの露出を一切しなくなり、私たちの前から姿を消した。

「この2人のファッション、作品性、歩み方を見てみると、彼らの根底にはパンクがあると思うんだよね」

僕がそう言うと友人は「え?小沢健二がパンク?まあ、カートはわかるよ。産業ロックやMTVで流れるポピュラー音楽のカウンターとして若者の持つ閉塞感、やるせなさ、苛立ちを歌うバンドで、その結果が『ネヴァーマインド』だったわけだし。しかし、その結果とした作品が最終的には産業ロックに取り込まれ、カウンターとして出てきたはずのカート・コバーンは神格化されていった。だからこそ傷つく自らを投影した『イン・ユーテロ』という作品ができた。だけど、それでも観客の熱は冷めず、自らの考えを理解されていないと絶望を感じ自殺した訳じゃんか。でも、小沢健二は違うだろ」と言った。その考えもわかるが、僕から言えば、この意見をそのまま小沢健二に当てはめることもできる。

そもそも、彼がフリッパーズギターでやっていた“ネオアコ”という音楽自体が様式化されたパンクへの批判として出てきたものだったし、彼のイメージされる“ポップさ”の元ともいえる『LIFE』という作品もJ-POPへのカウンターとして出た反骨精神の塊みたいな作品である。ブラスセッションやコーラスを脇に置きながら見栄を切って歌うスタイルや、ほぼシングルカットされた曲ばかりで構成されてる点など、この作品は70年代~80年代の歌謡曲にオマージュを捧げているように感じる。それは筒美京平を敬愛し、レコード好きであった彼が7インチシングルという形が出て大量生産・大量消費化されてたJ-POPというものに対しての小沢健二の愛のある批判だったのではないだろうか。

この『LIFE』は結果的にはミリオンヒットし、彼のサウンドを決定づける作品になったが日本は大量消費の流れは変わらなかった。そして、自分もその一部に取り込まれそうであったがゆえに『球体の奏でる音楽』で他者が望む彼のサウンドを一切排して、自分が作りたいと思う音楽を作った。しかし、その変化は世間も音楽界も許さなかった。シングルが『球体の奏でる音楽』ではなく『LIFE』の延長線上であったのはそんな理由だったと思う。そう、みんなは『LIFE』を求めていたのだ。

「なるほどな。つまりは、小沢健二は聴衆に対しての絶望が断絶の引き金になり姿を消したって言いたいんだな。でも、2010年に再び観客の前に姿を現したのはなぜだと思う?」

友人の質問はもっともである。確かに世間から雲隠れをしていた彼が2010年に突然の復活し、『LIFE』の再現ツアーをする事には僕も大変驚いた。しかし、『LIFE』というものが持つメッセージをもう一度確認したい。歌謡曲が持つ良さ、レコードの持つ良さというものを観客に問うための愛のある批判であった『LIFE』。それを、もう一度観客へ提示するという事はアルバム自体の作品性が軽視され、CDから配信へと、音楽が形のある物からない物へ変遷していくこの世界に対して音楽を通してメッセージを送ったのではないだろうか。聴衆に絶望した小沢健二がもう一度観客を信じた、それが2010年の復活だったのではないだろうか。

僕と友人は喫茶店を出るとツイッターのタイムラインでは「小沢健二がまたライヴツアーを行う」という情報で軽くお祭り騒ぎになっていた。彼が2016年にどんなライヴを見せるのか予測できないのだがバンド構成でライヴをするという事は今の世界にまだ希望を見出しているのかもしれない。そんなことを考えるとカート・コバーンがあのまま自殺せず生きていたら今の音楽を取り巻く環境は、いや今の世界は少しばかり違った風景になっていたのかもしれない。ふと、見上げた視線の先には澄んだ青空が広がっていた。その空の上で、カートが今もフェンダージャガーを思いっきりかき鳴らし、この世界の不平不満を歌っているような気がした。

 

 

ゴリさん (@toyoki123

ki-ft ダラダラ人間の生活