GEZAN『狂(KLUE)』レビュー

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GEZAN『狂(KLUE)』の合同レビューです。僕らの周囲で話題になりみんなでレビューすることになりました。この作品について考えるきっかけになれば幸いです。

 

最初に聴いた時、わりと腹が立った(ぴっち)

前作『SILENCE WILL SPEAK』から約1年ぶり5枚目のアルバム。全編BPM100で制作。エンジニアはLITTLE TEMPOOKI DUB AINU BAND内田直之Red Bull Studios Tokyoで録音、makisato labでミキシングされた。ジャケットは2019年度木村伊兵衛写真賞の写真家、岩根愛が撮影したひょっとこ踊りの写真が使われている。

オルタナティブ、もしくはオルタナティブ・ロックと言われるGEZANの音楽性だが、やはりラップの要素が強い。マヒトゥ・ザ・ピーポーのボーカルは、韻を踏むといったラップのマナーには必ずしも則ってはいないが、それでも受ける印象はラップに近い。またアルバムの構成自体が「東京」のBPMに合わせて作られているため、テクノほど早くはないが、全体的に統一感がありダンスミュージックとしての色合いが強い。

歌詞の傾向は反抗、革命、闘争といったものがテーマだ。その相手は現代の政治、街、宗教、社会の仕組み、人、民衆、インターネットなどあらゆるものが対象だ。ただその闘争自体はあくまで手段であり、愛する人との生活、日常、普通といったものにたどり着く、もしくは獲得する、取り戻すための過程なのだろう。

ただ正直、僕はこのアルバムを最初に聴いた時、わりと腹が立った。無責任だと思ったからだ。

レヴェル・ミュージック以外の音楽をプレイリストから消去せよ

(訓告)

と歌っている通り、GEZANは反抗しているのだろう。しかし誰に対して、何に対して反抗しているのだろう?時の政権が民衆の自由を奪う。企業が差別を蔓延させる。虐げられる人がいる。その状況に対して反旗を翻す。香港、イラン、北朝鮮。世界には様々な抑圧が存在する。

しかしGEZANは何に憤っているのか。僕はそれがわからなかった。「赤曜日」では神様、権力、組織が彼らにとって戦いの相手だ。でもきっとそういうことでもない。「東京」では移民問題、差別、ネットリンチ、そしてこの啀み合う社会を揶揄している。生きるだけで感じるよくわからない何かと対峙している。

そらはおそらく30年にわたってこの国に閉塞感を与え、人々を疲弊させ、子どもが生まれにくい社会を形成した何かだろう。残念ながら現時点で我々はそれに対する特効薬を持っていない。そのような状況で、GEZANはわかりやすく変化を求め、革命を促している。しかし何を変えるべきかは言わない。それは大人の態度ではない。

ただ、「それでも良いんじゃない?」と思い始めている自分もいる。「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん」と言ったのは桑田佳祐だが、所詮は音楽なのだ。GEZANは政党ではないし、マヒトゥ・ザ・ピーポーは代議士でも革命家でもない。見えない空気と対峙して思いを吐露し、それを音楽に昇華させる。それだけで十二分に役割を果たしているのではないか。

解決策が見えない混沌とした社会で、それに潰されてしまわないために変化を主張する。人々を鼓舞する。踊らせる。昨年のフジロックでのGEZANはかっこいいを通り越して怖かった。でも尊かった。僕らは音楽を始めとしたあらゆる表現、作品から活力をもらい、日々を生き抜けば良いのだ。この国におけるレベルミュージックは意義を見出しにくい状況だが、GEZANは一つのあり方を提示した。

このアルバムには参った。3回リピートして「I」を聴いた時には少し泣きそうになった。君らの勝ちだ。シティポップをディスったことは今でもムカつくけど、でも降参するよ。GEZANに幸あらんことを。大丈夫、堕落したらすぐに殺してやる。それまで見守っているよ。

 

ぴっち(@pitti2210

 

 

BPM100で続く43分の途切れることのないストーリーは、僕やあなたの絶えず続いていく生活で消えることのないやさしさだ(ハタショー)

「音クラでレビュー書けないかな?」

なんて大口を叩いたものの、正直何度聴いてもこの作品に対して何を書けばいいかわからなかった。そんな状態で書いた文章は自分でもまったく自信が持てず、読み返す度に不安になるものだった。この文章は呪いのように僕にまとわりつき、折角のGEZANの音楽すらも霞ませてしまっていた。ダラダラと縛られ続けた結果、僕がこの呪いを捨てられたのは提出2日前だった。意を決して数日間自分を縛り続けていた文章を捨てると、何だか凄く心が軽くなった。まっさらな何の言葉も持たない状態で、GEZANのアルバムを聴き返した。靄が晴れて、今まで分からなかったことが少しだけわかった気がした。

最初にGEZANの音楽を聴いた時に感じたのは単純な強さだった。目に見える、目に見えない、大きくて恐ろしいものに立ち向かう強さ。その過程で生まれる痛みや苦しみや怒りすら力に変えて、血を流しながら日々を生き抜いていく強さ。くるりは「ハイウェイ」でこう歌った。

僕が旅に出る理由は 大体百個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも 息も詰まりそうになった

くるり「ハイウェイ」)

生きていく上で息が詰まりそうになる場所からなんて、逃げ出した方が良いに決まっている。それなのにGEZANは逃げ出すこともなく、息が詰まりそうな場所で必死に呼吸をしている。無意識にそんなGEZANを自分と重ねようとしていることに気づいた。でも、僕が強さだと感じていたそれは違った。

政治と言葉にした時一番最初に浮かんだフェイス
安部やトランプその他諸々のダーティーフェイスではなく
花を見て笑う 好きな人の顔であるべきだから

東京 言葉にした最初のイメージ
夢の墓場 ビルの墓石 曇天の空 そうじゃなくて
君と歩くいつもの帰り道であるべきだから

(GEZAN「東京」)

「東京」で真っ直ぐに歌われた言葉に乗せられた感情は、単純な強さではなくやさしさだった。GEZANは息が詰まりそうなこの場所で、同じように息が詰まりそうになっている僕らに向けて歌っている。手を差し伸べるのではなく、横で手を握ってくれる。その力はとてもやさしくてあたたかい。強くなんかなくていい。誰かにやさしさを与えられるのならばそれでいい。GEZANは社会と戦っているのではなく、愛する者の為に、僕らの為に、未来へと祈りを捧げている。

BPM100で続く43分の途切れることのないストーリーは、僕やあなたの絶えず続いていく生活で、この作品はGEZANから渡された、消えることのないやさしさだ。音楽の力は確かにここにある。

 

ハタショー(@hatasyo5

 

 

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円環・循環というのは人間は本能的に美しく感じるようにできてる(ジュン)

「誰と作った」「BPMが」「シームレスだ」そんな話は一旦置いておいて、非常に聴きやすいアルバムだ。リピートがやめられない。このアルバムが人を惹きつけるのは、やはりループし続ける構造にある。写真で見る顔よりも鏡で見る自分の顔はよく見える。その理由の一つは、よく見るものに人は親しみを覚えやすく、好きになるということだ。

このアルバムはまさに、音でその現象を引き起こす。曲を超えてアルバムの中で何度も現れるコーラス、同じコードの響きが何度も聴こえる。そうやって聴く人にGEZANを染み込ませていく。円環・循環というのは人間は本能的に美しく感じるようにできてる。クラシックの名曲、パッヘルベルの「カノン」のように。(カノン進行は『大逆循環』と呼ばれる)。

もう何度も聴いてる人には分かりきっていることだと思うけど、このアルバムは3つのブロックに分かれる。

①狂、EXTACY、replicant、Human Rebellion、AGEHA、Soul Material

②訓告、Tired of love、赤曜日、Free Refugees、東京

③Playground、I

こうすると、アルバムの構造としてわかりやすい。このアルバムは1枚が1曲のような壮大さを感じられるけど、あえてパーツごとに分けると、複数の曲で作られたブロックがあって、①と②はコードや使われる音が似てる。やっぱり、クラシックのカノンみたいに、輪唱するような構造をしてるのだ。だから音が耳に馴染みやすく、美しいと感じやすい。

歌詞に注目してもおもしろい。

これはこれからこの時代が始めなければいけない革命に対する注意事項

(狂)

月日は流れ みんな気付いた そろそろ破壊されるべきなんだ

(EXTACY)

bye bye this age

AGEHA

あの頃の僕は永遠を夢みてた

(Soul Material)

2000年代を生きる者にもしこの声が届くなら

(訓告)

意識を破壊し、内側から歴史を書き換える

(赤曜日) 

インターネットが神さまのかわりをして誰を救ったの?

(東京)

①は「現在→未来」、②は「未来→過去(現在へ)」という、コンセプトがある。2つの似たようで異なる循環(輪唱のブロック)が組み合わさることで全体の歌詞では時の循環を表現してる。本当に考えつくされてる。

この先が不安で仕方ない。未来のことを考えて、同時に未来の自分からみたら今は何をしなきゃいけないのか考えなきゃいけない。こんな時代に踊らされてる自分たち。堂々めぐり。そのひとりひとりの心を「狂」という言葉とアルバムでGEZAN は表現してるんじゃないか。それが①と②だ。

何度も出てくる「東京」という言葉は、堂々めぐりをしてる暗い渦の中を、行き交う人だらけでごった返した東京の人の渦に例えたんじゃないだろうか。アルバムジャケットの「狂」の文字も、部首であるけものへんが、人が踊っているように見えることからも想像できる。時代の渦の中で踊らされた人だ。

救い。それは「I」にある。

僕は信じてる
愛してる

(I)

堂々めぐりで辛い。グルグルした頭で眠りにつく。そして目がさめる。一周回って現実の朝。そんな曲だと思う。だから、①とも②とも違うし、分けられている。「I」という曲に中にある"東京"も、やはり混沌とした感じがしてる。でも、同じ月を見る。分かりあえなくても。ひとりひとりがとにかく何か光(希望)を見つけて、今・現在を生きていくことに焦点が当たった曲だ。

こんな甘くて切ない歌詞をそれまでの曲と全然違うなかったホーンの音に乗せてくる。そして最後の最後に答えは出る。

混乱と生きた日々に幸せになる それがレベルだよ

(I)

前作「Silence Will Speak」に収録の名曲「DNA」にもあった。

僕らは幸せになってもいいんだよ

(DNA)

そして今作でも、幸せに生きて欲しいというエールを最後にくれた。そんなGEZANをもっと聴きたい。GEZANと生きたい。本当の令和の兵器は「生きたい」という心なのかもしれない。

 

ジュン(@h8_wa

 

 

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GEZANが蘇生しようとしているもの(ひげ)

 BPM100は心臓マッサージに適した速さだという。そんなリズムに統一されたこの作品を以てGEZANが蘇生しようとするものは何か。

幸せになる それがレベルだよ

(I)

という一節があるように、市井に生きる人々が当たり前に幸せを享受できる世の中ではないか。各々が幸せになることが弱者が虐げられるばかりのおかしな世の中に対する唯一の反逆。それがGEZANからの回答だ。

ボーカル・マヒトの独白のような「狂」から幕を開けるこの作品は、不穏な雰囲気・ノイズ・轟音をまといながら全体が一つの曲として繋がるようなコンセプチュアルな構造になっている。その中で子どもたちが遊ぶ声をサンプリングした数十秒のインスト「Playground」からラストの「I」へ繋がる流れは、作中でも異質なセクションとなっている。それまでの曲はこのための前振りと言っても過言ではない。

この「I」では、あまりにも切実な、人を、そしてその人の中にある美しいものをそれでも信じたいという想いが、ホーンの音色も加えた祝祭感すら感じるサウンドと美しいメロディで鳴らされる。幸せになるためにはまず人が人を信じること。そんな当たり前のことが最後に鳴らされるこの作品は、これから始まる新しいディケイドにとって一つの指標になるはずだ。

これからの世の中がどうなるかなんて誰にもわからないが、優れた表現は得てして少し先の未来を予知する。2020年代の初めにこの一枚が産み落とされた意義は、2020年代の終わりに振り返ったときによく分かるような気がしている。

 

ひげ(@HIGE1989

 

 

踊り狂って、全てを忘れてしまえばいいなんてものではない(さこれた)

「狂」で問われる

今、お前はどこでこの声を聞いてる?

という問いに対して、基本的には部屋かイヤホンで一人で聴いているが、まるで遠くの誰かと踊っているような気持ちになる。「狂」~「赤曜日」まで、ボイスサンプリングによって誰でもない誰かと踊りながらも、皮肉なことに同じ声によって、ふとした瞬間現実に引き戻され、誰でもない誰かに対して怒りや違和感を感じてしまう。

そんな踊り狂えない不特定多数の私たちに向けて「東京」では

花を見て笑う
好きな人の顔であるべきだから

君と歩く
いつもの帰り道であるべきだから

と明確な誰かを想像させてくる。僕らの踊りの足は徐々に止まる。

「I」ではこれまで悪とされていた"ファンタジー"のような音の中に投げ出され、誰の足音も聞こえない。まるで集団(部族)から個人に回帰していくような構成になっている。それが正しい形なのである。踊り狂って、全てを忘れてしまえばいいなんてものではない。誰かを愛するのも、何かを変えるのも、幸せになるのも、最後は自分自身なのだから。

時代のおもちゃとなったこのトライバルミュージックが役割を終えた時、私たちは孤独を買い戻すことができているといいね。 

 

さこれた(@quit_love_