サニーデイ・サービス「江ノ島」
こんにちはクラークです。
今回取り上げる曲は曽我部恵一率いるサニーデイサービスの隠れた名曲、「江ノ島」です。
サニーデイ・サービス「江ノ島」
この曲は彼らのディスコグラフィーの中でも特にカルト的な人気の高い『MUGEN』の7曲目にひっそりと収録されています。ベストアルバムなどには収録されておらず取り立てて派手な曲ではないのですが、僕は曽我部恵一のベストワークのひとつだと思っています。
まずはざっと『MUGEN』というアルバムを紐解いてみましょう。
前作にあたる『24時』は2枚組80分越えというボリュームに加えバラバラな曲調から非常に混沌としてヘヴィーな印象を与えるアルバムでした。そこから一転『MUGEN』は全10曲、音もローファイで乾いたプロダクションに統一されており小綺麗にまとまったアルバムとなっています。このアルバムを代表する曲はやはりシングルカットされた「スロウライダー」でしょうか。海の家の有線放送から流れてくるようなぼやけた音像と「もっと遠いどこかへ」としか言わない歌詞。アルバムを一言で表すなら、掴みどこがない、という言葉がぴったりでしょう。
アルバムタイトルの「MUGEN」も様々な解釈ができます。「無限」または「夢幻」あるいは赤坂にあった伝説のディスコ、MUGENを連想させノスタルジアを誘うかもしれません。なんにせよアルバムの印象は曖昧で淡いものです。曽我部恵一はこのアルバムのキーワードとして「煌めき」という言葉を挙げていました。アルバムを通して漂う夏のフィーリング。彼らの代表曲「サマーソルジャー」のようなサイケデリックな真夏でなく、幻想、ノスタルジーとしての夏。入道雲と青い空、恋の予感と彼女の汗の匂いと小さな欲望。そういった煌めきのイメージが随所に散りばめられています。そういったエヴァーグリーンな風景がゆえに、リリースから15年たった今でも多くの人に愛されているのではないでしょうか。
本題に戻って「江ノ島」の話へ。
曽我部恵一との交流もあり、寡作で知られるよしもとよしとも氏のアルバムレビューを引用します。
ところで収録曲「江ノ島」は個人的に泣けるほどの隠れ名曲であるのだが、なぜならばこれオレが描いた短編マンガをモチーフに作った曲とのこと。
んでその短編「ライディーン」執筆中は二作前のアルバム『サニーデイ・サービス』をオレ繰り返し聴いてたのだった。
よしもとよしとも氏の 「ライディーン」は彼の「グレイテストヒッツ」という短編集に収められています。彼の数ある名作の中でも飛び抜けて素晴らしいのでぜひ手にとって読んでみてください。ストーリーは極めてシンプルです。友人の葬儀で久々に集合したクラスメートたちと思い出話をしているうちにとあるきっかけで鎌倉での高校時代の淡い失恋を回想する、というまさに『MUGEN』の世界観といえる内容です。
ではそのストーリーに沿って「江ノ島」の歌詞を見てみましょう。
ゆるやかなカーブ 車は風を切り
平日にぼくら海へと走る
電車のホームに佇むふたりを見た
言葉は少なく さよならも言えず
歌い出しにおいて車に乗る僕らがみる「ふたり」はかつての自分と当時の恋人と解釈できます。淡く不器用な恋、そしてそんな時期を過ぎて大人になった僕。車と電車の対比が美しいです。さらに時間は遡り、2人の出会いへ場面は移ります。
学生鞄の女の娘が行く
きみは見とれて目が離せない
ゆるやかなカーブ 恋模様道行き
昼からぼくらは海へと走る
この部分における「きみ」はかつての僕、「ぼくら」はかつての2人。現在の僕は語りかけるように過去の自分にこう諭します。
いつもただゆっくりと流れるだけ
そんなもんさ
そして少しドキッとするこのライン。
いつもそうさわれないよ
感じるだけ 昼の荒野
夏の匂いがするギターと快楽的なバスドラムにのせて歌われる小さな欲望。そして二つのサビにおいてようやく過去と現在が一瞬だけ重なります。
道端の花が その日だけはなぜか あざやかに見えた
海沿いの空に
道端の花が 今日だけはなぜか あざやかに見えた
海沿いの空に
見事な構造と素晴らしい歌詞。曽我部恵一の才能が炸裂しています。説明は野暮になってしまうかもしれませんが、前者が過去の視点、後者が現在の視点と読み解くことができます。それぞれ「なぜか」の理由は大きく違いますが、全く異なった二つの「煌めき」がこの曲には込められています。
曽我部恵一が「江ノ島」で描く「煌めき」は共に世界規模の愛でも大きな希望でもなく、とても些細で微力なものです。この曲は僕を救ってはくれないけど、ほんの少しだけ世界を鮮やかにみせてくれます。その鮮やかさに誘われて海へ行きたくなるような、かけがえのない一曲です。
以上です。ありがとうございました。
以下、毎度おなじみの蛇足です。
『MUGEN』の淡い世界観を更に突き詰め、サニーデイ・サービスは無色透明なラストアルバム(当時)『LOVE ALBUM』を作り出します。primal scremの『screamadelica』を思わせるドラッギーなオープニング〜「夜のメロディ」からローリングストーンズ風のエンディングまで、曲調こそ様々ですが一貫として虚無的なまでに享楽的な作りとなっています。『MUGEN』でみられる慎ましやかな煌めきは、『LOVE ALBUM』ではギラギラとしたサイケデリックな快楽に取って変わっています。「パレード」はキャリア屈指の名曲!
行くところまで行ってしまったのかバンドは程なくして解散、その後の曽我部恵一の精力的な活動は説明するまでもないでしょう。ただその多作っぷりと音楽的な振れ幅の大きさから、曽我部恵一初心者はどのアルバムから手にしていいか悩ましいところだと思うので個人的に「最初に手に取るべき曽我部恵一のアルバム」を3枚ピックアップしてみました。よかったら参考にしてください。
- アーティスト: サニーデイ・サービス,曽我部恵一
- 出版社/メーカー: ミディ
- 発売日: 1997/10/22
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- アーティスト: 曽我部恵一BAND,曽我部恵一,上野智文
- 出版社/メーカー: ROSE RECORDS
- 発売日: 2008/04/15
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くらーく(@kimiterasu)