12/4 米津玄師 @ 福岡DRUM LOGOS

米津玄師が2012年にアルバム『diorama』でデビューしたときから彼のライブを待ち望んでいた。「踊れる」「歌える」「泣ける」、どの要素も完璧な作品だった。ライブで体感してみたいと強く思った。しかし、リリース当時のナタリーのインタビューで「ライブは、今現在やる気はない」と発言しており、残念だった。理由はバンドメンバーもおらず、『diorama』はライブを前提に作った作品ではないからということだった。納得もできるが、勿体ないとしか思わなかった。しかし、「いつかはやらなきゃいけないんだろうなと思ってます」という発言もあり、かすかに期待しながら2年が過ぎた。

そして今年6月、バンドレコーディングで制作された2ndアルバム『YANKEE』のリリース直後、ついに初のライブが東京で開催された。嬉しかったし、これをきっかけにきっとツアーもいつかはしてくれるだろうと思っていた。

それからわずか半年で、東京・大阪・福岡のショートツアーの開催だったので僕は驚き、そして舞い上がった。東京大阪に混じっての福岡というのもかなり珍しく、ありがたみを感じた。友達の協力もあって何とかチケットを確保することができ、米津玄師通算3回目のライブに行くことになった。

会場に着いてまず、その雑多な客層が新鮮だった。ボカロP時代からのファンであろうライブ慣れしてなさそうな人や、ロックバンドのライブに慣れ親しんでそうな人、小学生くらいの男の子が母親と来ているのも見かけた。この支持層の広さ、『YANKEE』のオリコン2位も納得である。

ステージ上でまず目を奪われたのが大きなスクリーンだ。福岡DRUM LOGOSはキャパ1000人の中規模ライブハウスであり、ここでこういう映像演出があるアーティストを観るのは初めてだった。何がここに映し出されるのか、期待が膨らんだ。

客電が落ち、大きな歓声に包まれながらゆっくりとバンドメンバー3人が現れ、そして米津玄師も登場した。静寂の中、ノイズが鳴りそのまま「街」へと突入した。いきなり『diorama』からの選曲だ。ゆっくりと力強く刻まれる演奏、そして米津玄師の生の歌声を初めて体験した瞬間だった。一言一言をしっかりと届ける、音源以上に実直な歌声だった。スクリーンには、もやもやとしたカラフルな映像が終始映し出され続け、一気にその世界に引き込まれた。

最初はただただ見惚れているだけだった観客たちも、印象的な同期のファルセットで始まった2曲目「リビングデッド・ユース」からは堰を切ったように盛り上がり始めた。ヘンテコな同期の音と、生演奏が絡まり合って米津玄師の楽曲が生でどんどん再現されていく。その全てが新鮮な響きを持っており、狂騒の中に、確かな喜びが滲んだ。

米津玄師「MAD HEAD LOVE」

続く「MAD HEAD LOVE」は個人的に今回のライブ披露を最も楽しみにしていた楽曲だ。現在のロックシーンのトレンドである高速四つ打ちを取り入れながら、巻き舌気味な早口で情愛を歌い連ねるこの奇妙なポップソングは、もう既に何度もライブで披露されてきたかのようなキラーチューンっぷりだった。次の「しとど晴天大迷惑」でも、多くの人がライブ未体験でありながらサビ終わりの《ぱっぱらぱ!》でシンガロングが簡単に起こってしまっていた。きっとここにいる観客たちも、いつか訪れるライブの日に向けてこの情景を想像していたのだろう。ファンの期待感が一気に爆発した瞬間だった。

もじもじした軽い自己紹介の後、披露された5曲目「駄菓子屋商売」以降、和的なメロディと盆踊りのような土着的なリズムが交差した踊れる楽曲が続く。これほどにライブ対応する楽曲がありながら、ライブシーンとは無関係で音楽を作ってきたというのは驚きだ。もし夏フェスに出ようものなら、米津玄師の楽曲はとんでもない爆発力で炎天下に響くことだろう。

バンドメンバーによるゆるいMCの後に、同期音なしで演奏された「眼福」はスローテンポでありながら分厚いバンドアンサンブルを堪能できた。スクリーンに、クレヨン画のような幾何学模様が舞う中演奏された、「diorama」の中でも特に人気の高い「vivi」は本当にライブを想定されて作られてないのか疑ってしまうくらいに、歌がしっかりと胸を打つロックバラードだった。そこから「アイネクライネ」に繋げる流れが美しい。劇的な出会いを歌った真っ直ぐなラブソングが、この日はどうしてもファンへのメッセージに聴こえて仕方なかった。

本編最後のMCで、彼は「もっと大きい会場でライブした方がいいんじゃないかって言われたけど、近道して合理的に作られたものは個人的には好きだと思わない。ちゃんと積み上げたものを大事にしたいなぁって。じゃないとここであなたとこうして出逢えなかった訳ですし。今日は俺 本当に嬉しいですありがとう」という旨のことを、言葉を選びながら語った。ヒット作と多くのファンを持ちながら、きちんと自己表現するために一歩ずつ進んでいく彼のスタンスが強く表れたMCだった。

「ゴーゴー幽霊船」「TOXIC BOY」とアッパーな曲で始まった終盤では、まるで長年続いた一つのロックバンドのような彼らの演奏に圧倒された。「米津玄師+3」ではなく、4人組のバンドであるかのような一体感は、ここにきて最高値に達した。また、このブロックでハチ時代の楽曲「パンダヒーロー」も彼のボーカルで演奏された。僕はボカロP時代から彼を知っていたわけではない。だから、この曲も新曲として聴けたわけだが、彼がボカロP時代から既に今に通じる音楽性を自分のものにしていたことにただただ驚いた。

本編を締めくくったのは「WOODEN DOLL」。まるで何度もライブでハイライトになってきたかのようなアンセムとして聴こえた。《目の前の僕をちゃんと見つめてよ》という言葉で締めくくられるこの歌はこのライブにあまりに相応しかった。

米津玄師「WOODEN DOLL」

アンコールでまず披露されたのは新曲「Flowerwall」。シンセベースが取り入れられたこの曲は、一聴ではライブ向きの曲ではない。しかし、サビで大きく開かれる、静かだが温かみを持った歌声、バンドメンバーの荘厳なコーラスは、やはり生が映える楽曲だった。本当の意味でライブありきで初めて作られた楽曲なわけだから、そうなったのは必然だろう。

 「あと2曲」という一言で始まった「ドーナツホール」は、このライブにおいても最高の盛り上がりだった。空虚な思いを空洞にたとえて歌われるギターロックが、肉体化され鳴らされるとこれほどの高揚感を生むとは。このライブの本質に触れた瞬間だった。そして、ボカロP時代に唯一彼の歌声で歌った「遊園市街」が最後の曲だ。ゆったりと浮遊するこの曲は、現在の米津玄師の元に、ハチ時代の楽曲が見事に回収されていくようなカタルシスを覚えた。

このライブは『diorama』が立体化され、『YANKEE』が鳴らされるべくして鳴らされ、そしてハチ時代までもが鮮烈なライブ音楽として歌われる、意義深いものだった。そして、米津玄師がライブという表現を手にした、その未来が垣間見えるようなライブでもあった。当たり前のようにライブがあるわけじゃなかったミュージシャンが、ファンとの密なコミュニケーションを求めて丁寧に作り上げたその空間は、理想郷のようでもあった。米津玄師一人から始まった表現が、バンドメンバー、スタッフ、そして1000人の観客に共有されるようになるというこんな理想郷、他にないだろう。その中に身を置くことが出来て幸せだった。

1. 街
2. リビングデッド・ユース
3. MAD HEAD LOVE
4. しとど晴天大迷惑
5. 駄菓子屋商売
6. 百鬼夜行
7. ホラ吹き猫野郎
8. 眼福
9. メランコリー・キッチン
10. vivi
11. アイネクライネ
12. ゴーゴー幽霊船
13. TOXIC BOY
14. パンダヒーロー
15. WOODEN DOLL
encore
16. Flowerwall(新曲)
17. ドーナツホール
18. 遊園市街

 

 

月の人(@ShapeMoon