D'Angelo And The Vanguardの『Black Messiah』について話してみた
関西と関東に住まうアラサーなおっさん2人がskype上で語り合う企画。今回は去年の年末から世界で大ヒットしているディアンジェロの14年ぶりのアルバム『Black Messiah』について語りました。配信初日にはジャスティン・ティンバーレイクが「俺と連絡を取りたい連中はゴメンよ。今、ディアンジェロ聴いてるからそっとしておいてくれ」、ファレルが「ディアンジェロの『Black Messiah』、完全なる天才だ」、アリシア・キーズが「VIBES ! 必聴!」とツイートするなど、その興奮が瞬く間に世界中のアーティストの間にも広がり、アメリカの音楽サイトPitchforkで9.4点を叩きだした。さて、もはや伝説になりつつあるこのアルバムを二人はどう聴いたのか。対談の様子を覗いてみましょう!
If y'all need to get at me, too bad... I can't hear you over this #BlackMessiah
— Justin Timberlake (@jtimberlake) 2014, 12月 16
D'Angelo's album "Black Messiah" is sheer GENIUS.— Pharrell Williams (@Pharrell) 2014, 12月 15
VIBES!!! A must get!!!! pic.twitter.com/WXB6KUwqfo
— Alicia Keys (@aliciakeys) 2014, 12月 16
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音楽家が二極に分かれ始めている?
ゴリ いきなりですけど、草野さんの2014年の邦楽ベスト見せていただきました。おもしろかったです。
草野 ありがとうございます!はい、1位はあのグループです。
ゴリ 確かにあの作品も聴きましたけど唯一無二な感じがしたし、ベストと言われれば納得ですね。
草野 あっちにも書きましたけど、本当に『あのグループを1位にするために音楽を聴いている』とさえ思えるくらい、唯一無二でした。本当に。
ゴリ いろんな音楽をちゃんとモノにしている。その感じって草野さんのベストにも入れていた吉田ヨウヘイgroupにも当てはまるなと思ったり。
草野 対談する前に僕が感じてることをばばーっと書いちゃうと、いまポップミュージックの最前線にいる人たちは、無意識に二極に分かれ始めてると思っています。
ゴリ ほうほう。
草野 蓮沼執太さんとかポストクラシカルの音楽家みたいに、徹頭徹尾に「音楽を探求していく」という姿勢/スタンスを持っている人。去年、今年と大きな影響を与えてるTigran Hamasyanもそうかと。
ゴリ はい。もう一方は?
草野 それとはちょっと違い、吉田ヨウヘイgroupやロバート・グラスパーのように、彼らのような音楽的探求を推し進めながらも、言葉でもまた「メッセージ」を与えていくミュージシャン。こういった方々が今まさに日本のインディ・ミュージック好きとかアンテナ鋭い人にビシビシ引っかかってる印象があります。って二極とか大袈裟に言ったけど、よく考えたら全然そんなことなかった(笑)
ゴリ (笑)
『言葉』の重要性
草野 これから先の話、現在進行形の方々の「言葉」ってすごく大事になると思うんですよ。いい意味でも悪い意味でも、聴く人に影響を与えると思う。
ゴリ 言葉か……。今のご時世、誰もが気にしていますからね。発言者も聞き手も。
草野 うん。東北の地震があった後、邦楽のロック界隈を中心に意識は変わったし、漏れ出る言葉だって変わっていったことを考えても、実は今は音楽そのものよりも『言葉』を発したい音楽家も多い。
ゴリ 地震は大きかったように思いますね。結構あの出来事で自らを変革させようと思った方も多かった気がしますね。
草野 ほんと、そうだと思います。先に挙げたロバート・グラスパーにしても、音楽性の鋭さばかりが着目されがちだけども、"「黒人の圧倒的な個性の強さ、消え去ってしまったか」そんなテーマをもって、クリエイティブな黒人に戻ろう!フォロワーではなく先駆者になれ!"っていうメッセージを乗せていますし。
草野 個人的には、Fall Out BoyのPatrick Stumpがこの曲に加わってるっていうのがおもしろい。かなりシリアスなメッセージだと思います。
ゴリ ロバート・グラスパーは僕も好きですけど、ジャズの歴史を急速に進めた人物だと思います。
14年待ったディアンジェロの新作『Black Messiah』
草野 で、そんなロバート・グラスパーにも影響を与えた人物がクエストラブ(Questlove)、この人が最近すげぇアルバムに参加したわけですよね。
ゴリ そうそう。今年の年末からこのアルバムがずっと話題の中心でしたね。ディアンジェロのニューアルバム『Black Messiah』
草野 2月頭には日本盤が発売!とのことなんですが、聞きました?
ゴリ 情報解禁されて、すぐiTunesでダウンロードしました。
草野 うん、良かった。僕はその次の日にiTunesで買いましたよ。こうやってフィジカル発売前から、itunesでダウンロード販売が始まるっていうのが最近の洋楽事情。前々からディアンジェロ聴いてました?
ゴリ まあ、オンタイムでは聴いてなかったんですけど、いろいろ洋楽漁って聴いてた時期があって、そこでディアンジェロのアルバムは聴きました。草野さんは、前々からディアンジェロは聴いていました?
草野 聴いてました、アルバムは『Brown Sugar』と『Voodoo』どちらも揃えたクチです。
ディアンジェロの過去作を振り返る
ゴリ 『Voodoo』は最高ですよね。大好きなアルバムです。
草野 聴くたびに「すげぇな!」っていう一枚だよね。
ゴリ あの閉塞感、濃密なファンクが詰まった作品で今作よりも衝撃を受けたのは『Voodoo』の方だったかな。
草野 まああの完成度で出たのは『Voodoo』の方が先だったしね、『Brown Sugar』もいいけど、そこまで濃密度は高くないからね。
ゴリ 多分、3作品並べて聴いた時、一番「あ、オシャレかも。」って思えるのは『Brown Sugar』かなとは思う。
草野 3枚比べると、若干だけどゆるさがあるよね。
ゴリ まあ、でもBrown Sugar=マリファナだから(笑)
草野 (笑)基本的には、ファンクネスとメロウさが超絶濃縮されてることは変わらない3作だとは思う。
ゴリ うんうん。で、聴いたら成長している過程っていうのがわかるようになっているのも面白いなと思う。
ディアンジェロは14年間何してた?
ゴリ ちなみにディアンジェロって大のマリファナ好きで14年のお休みしていた時期に事故を起こしているんだよね。
草野 あとはこんな話もあったり。
草野 結局無罪だったらしいけど。2ndアルバムツアー終盤に「このツアーが終わったら、山にこもって、たっぷり酒のんで暮らしてやる!」という人だから。
ゴリ この記事だけ読むと14年間何やってんねんって思いますよね。太ったし。
草野 超絶セレブ引きこもり、ディアンジェロ誕生の瞬間!でもそれが功を奏して、ギターがめちゃくちゃ上手くなったっていう噂もあります。
ゴリ 引きこもってギターばっかりやってて2012年のインタビューの時でも毎日5~6時間練習していたみたいですね。
草野 7年前だとしても……。ちょっとなぁ(笑)
ゴリ それからまたダイエットしたりマリファナ辞めたりそんな壮絶人生送って、生まれたのが『Black Messiah』ですよね。
ディアンジェロ、14年ぶりの降臨
草野 やっぱりひとつ。聴くときに考えて欲しいのはさ、「14年間ニートしててさ、こういった生活しつつ、ちょっとずつ作っていた」音楽として聴くと、やっぱり第一印象は「変わってない!」だよね
ゴリ そう。聴いて最初に思ったのは「あ、ディアンジェロだ!」ということでした。
草野 あまりにも変わらなすぎて「これ昔のアルバムのボツトラックまとめただけじゃ……?」とか軟弱なことを考えたけど 今の音楽としてしっかりと呼吸していて、ちゃんとマッチしてる音楽でもあった。まずそこがすごい。
ゴリ それ思った。
草野 それに14年間で声に何か変化が……と思ったけども、それすらも変化がないと。
ゴリ 本当にあのまんまだった。優しさ、後ずさりなあの感じ含めディアンジェロしか出来ないあの歌い方。それに加えて驚いたのがこれ録音とかミックスは1960年代に作られたヴィンテージの機材で統一されていることなんだよね。
草野 ヴィンテージ機材、こだわるね。ほんと。
ギター・カッティングがサウンドの中心
ゴリ ただ変わった点もあって。前作にあった閉塞性みたいなものが無くなったし、わりとルーツミュージック的な感じがしたというのが僕の印象。
草野 スティービー・ワンダーとかのオールディーズなソウル・ミュージックの雰囲気があるよね。
ゴリ 多分それは僕が思うにはギターが本作では結構軸になっているのかなとも思ったり。
草野 自分のギターがうまくなってきて、そこで作曲的にも音色的にも無意識ながらに前に出てきたって感じか。
ゴリ そうそう。本人の中でも『Voodoo』以降、ギターの重要性を認識したって発言をインタビューでしてたりするしね。
草野 そこまで言わせるんだから、やっぱりギターって重要だよね。「『今時、まだギター使ってんの?』とか思うし、『まだギター・ロックやってるんだ?』って思う」とか簡単に言っちゃダメだよね。
ゴリ ここで、それ出すか(笑)
草野 ふふふ(笑)でもいいじゃない?彼らもいい作品作ったんだし。まあ今作のサウンドのほうでいくなら、やっぱりちゃんとしたメンバーを集めてピシっと録ったっていうのがデカイだろうなって思う。
超豪華メンバー「The Vanguard」
ゴリ 今回のメンバーまあ凄かったですね。
草野 ジェシー・ジョンソン(Jesse Johnson)、ジェイムス・ギャドソン(James Gadson)、ピノ・パラディーノ(Pino Palladino)、ロイ・ハーグローヴ(Roy Hargrove)、クリス・デイヴ(Chris Dave)、クエストラブ。バカじゃねぇのこれ……っていうね。詳しく知りたい人はググッてお調べいただけたらと思います。
ゴリ はい。
草野 僕が押しておきたいのはリズム隊、ピノ・パラディーノは前作『Voodoo』でもベースを担当し、圧倒的な存在感でその後10年間はスタジオ・ミュージシャンとしてひっきりなしに声が掛かりまくったという名手。細やかすぎるほどの手さばきとアカデミックなテクニックに裏打ちされたジャズドラムを駆使して当代きってのブラックミュージック系ドラマーとなっているのがクリス・デイヴ。この2名によるグルーヴは必聴ですわ。
ゴリ ここまでのメンバー揃え、しかもディアンジェロの事だから何度もセッションして完成させたのだと思うね。
草野 自分でだけでつくり上げることもできる人だし、収録曲のなかでは独力で作った極もいくつかあるだろうけども……。そりゃいい音楽できるよなぁって思うし、この辺の親密な雰囲気が曲の雰囲気に間違いなく流入したとも思う。
歌詞の変化
草野 でも個人的に一番変化したのは、歌詞だと思う。
ゴリ どういう点ですか?
草野 これまでの2作では、すっげぇ単純に言えば「クスリ楽しんでヒャッハー!」か「ベイビー、君を愛してるぜ」っていう歌詞しか無いんだよねディアンジェロって。
ゴリ ざっくりしてますが正論です(笑)
草野 でまあ今作、あらゆるところで言われてるし本人の口からもコメントされてるけども、アメリカでの黒人射殺事件とかエジプト革命とかに感化されて、発売されてると。
ゴリ うんうん。
草野 1曲目の「Ain't That Easy」はこれまでと同じようなラブソングなんだけど、2曲目の「1000 deaths」そのサビ辺りがすごくて。
And if I charge it to the game before
Every time I slip into the unknown
Well, that's only when the spot gets blown
It's war
That is the law!
I won't nut up when we up thick in the crunch
Because a coward dies a thousand times
But a soldier only dies just once
Once, once
ゴリ 英語そんなに得意ではないけど、これはヤバいってことはわかる。
草野 まあ訳してみると、
そしてもしこのゲームに勘定されるんなら、毎回オレは見知らぬところに潜り込む
そう、射殺されそうなときにね
これは戦争で、法律になる。
みんなが土壇場で考えてる時に気を狂わせていたくない。
だって、卑怯者は1000人も殺されて、
兵士は1度きりしかしなない、1度きりしか。
(草野訳)
ゴリ 何を言っているかは明白だね。
「LOVE」の重みが違う
草野 「Prayer」の歌詞はさらに深刻で
Soul prayer, soul prayer
Hallowed be thy name
Kingdom come, will be done, oh yeah
I do...the devil on your feet
<中略>
And all this confusion around me
Give me peace
I believe that love
草野 これは訳すこともないかな。そのままの意味で、ゴスペルでもあり、ブルースでもあり、それでいて、その意味は非常に切迫してる。ここで歌われる"me"が、ディアンジェロ本人が自分自身に歌っているわけじゃなく、いままさに闘争へと見を捧げてる人のことだし、その人に向けて歌ってるんだよね。
ゴリ うんうん。
草野 端的に言えば、本作とこれまでの作品で歌われていた「LOVE」の重みが段違いに違う。きっと今作は、ディアンジェロを音楽的な道筋の上での先駆者としての捉え方から、現代から「それ以降」に続くメッセンジャーとしての彼を捉えてるように感じるのよ。
2010年代の『暴動』
ゴリ なるほど。ちょっと草野さんの話に付随するんですが「1000 deaths」の演説のサンプリングって2人いるんですよ。Khalid Abdul Muhammadとフレッド・ハンプトン。
草野 フレッド・ハンプトン、黒人社会運動家だね。大学で習った。
ゴリ そうそう。フレッド・ハンプトンはブラックパンサー党っていう、1960年代後半からアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織で指導者として活躍してた人。で、1989年にブラックパンサー党の後継者であると主張していた新ブラックパンサー党の指導者がKhalid Abdul Muhammad。2人とも主義とかは違うんだけど、武力を用いて黒人の不平等を解消しようと考えていて。マーティン・ルーサー・キングの非暴力主義と逆の事を訴えてきた人だね。ちなみにフレッド・ハンプトンは警察に射殺されているんだけども、この2人のサンプリングでスタートして、この歌詞。なんかね、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』思いだすんだよな。
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草野 まさに同じことを確かQ-tipが言ってた。今作の作詞に関わったみたいなんだけども
Black Messiah | Wax Poetics Japan
ゴリ これを見ると、最初の流したあのアルバム予告編の動画。やっぱり意識してるじゃないかなと思うんだ。
草野 「さぁ!!団結だ!!」っていう一枚になる感じね。
ディアンジェロの『言葉』は全世界に届く
草野 ディアンジェロは黒人だから黒人に向けて歌ってるようにも読み解けるんだけども、白人の人が聴いたってメッセージは届くだろうし、なんならイスラムの人にだってね。
ゴリ 実は、これ世界共通の事なんだよね。
草野 主語が、みんな「he」とかで、BlackとかWhiteとか、ましてやMuslimなんて言葉も出てこない、闘争に向かう人すべてに向けられてる。こういった所にピースフルな雰囲気を感じるし、ちょっと趣きは違うけども、ニグロ・スピリチュアル(黒人霊歌:アフリカから連れて来られた奴隷がキリスト教に信教し、日々の苦しみから生まれた不満が神により救われるという賛美歌となって歌われた)な印象もある。
ゴリ はい。
草野 で、一気に最初の話に戻るけども、いままさに日本のインディリスナーとか音がアンテナが鋭いリスナーって、音楽はもちろん、言葉にもとても敏感だと思う。だからこのディアンジェロの『Black Messiah』は注目すべきだと思うんだ。
ゴリ そう。このアルバム本当に何回聴いてもいろんな発見があるんだよね。歌詞もそうだし、音もそうだしね。こう言うメッセージがちゃんと込められたアルバムって世界全体で爆発的に売れないといけないし、ちゃんと評価されないといけない。でも、結果ものすごく売れて、評価されているんでホッとはしているんだけどね。
草野 日本語盤は2月4日に出たよ!!買ってみようぜーい!
草野(@grassrainbow)×ゴリ(@toyoki123)