Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』
彼はもしかしたらマーティン・ルーサー・キング牧師の生まれ変わりかもしれない。このアルバムを聴きながらそんなことを考えていた。3月16日にメジャー2作目となるニューアルバム『To Pimp A Butterfly』を予定より1週間早く、先行配信リリースをスタートさせたKendrick Lamar。Kanye West、Justin Timberlake、Taylor Swiftもリリース直後から絶賛した本作。そこで奏でられた音楽・言葉は自身の体験に基づいて、自身の過去を投影しながら同調圧力と戦う青年像を描いた前作『Good Kid M.a.a.D City』とは違い、現在、未来への提言として読み解ける作品である。
アートワークで上半身裸の男たちが札束を手にホワイトハウスの前で記念撮影をしている。彼らの足元には倒れた裁判官の姿が見える。これを見た時に僕はアメリカ合衆国で問題になっている『有権者ID法』に対しての批判であると感じた。アメリカの最高裁が投票権法の第4条を無効の判決を下したことから、『有権者ID法』を南部で採用しようとする州が増えている。この法律は免許証みたいな写真入りの身分証明証を持っていないと投票できない法律なのだが、この法律は黒人、特に貧困層の免許保持率とても低く、現在黒人であるとかメキシコ系の人たちが投票できないという状態が問題とされている。1965年に黒人達が血を流し勝ちとってきた再び同じ過ちを繰りかすのか、このアートワークからはそんなことが伝わってくる。
作品に関しても1曲目の「Wesley's Theory」の冒頭でBoris Gardinerの『Every Nigger Is a Star』をサンプリングとして使用していること、そして歌詞を見れば伝えたいメッセージはとても明確である。例えば「i」の中では「世の中には危険な事もあるが自らが動き戦わなければ世界を変えることはできない」と伝え、自らを偽善者と説いた「The Blacker The Berry」の中では
So why did I weep when Trayvon Martin was in the street?
When gang banging make me kill a nigga blacker than me?
何故俺はトレイヴォン・マーティンが死んだ時に泣いたんだ?
俺もギャング抗争で自分より黒い奴を死なせてるっていうのに?
と、暴力で解決することは非難する側の人間と同じではないのかと言っている。すなわちこれは非暴力の革命という事である。
去年、スタテンアイランドでおきた、警察官が逮捕にあたって絞め技を使用したため黒人男性が死亡した事件。その復讐として、警官が2人殺される事があった。しかし、こんなことは無意味な事であるし、許されない事である。暴力では何の解決も出来ないし、状況はさらに悪化するだけである。非暴力を貫き相手側に過ちを気づいてもらうしか、結果的には何も変わらない。それは公民権運動の時代と何も変わらい、不変な事実である。キング牧師が公民権運動で行った演説、それは時を越えてケンドリック・ラマーへ引き継がれる。
最後の曲「Moetal Man」では1996年に射殺された90年代を代表するラッパーである2パックと仮想インタビューを行っている。これを聴くとラッパーとして今も深い敬愛を持っている事や自らもその地位まで階段を上ろうとしている事が良くわかる。もし、彼がその階段を上った時、暴力や戦争ではなく"音楽”で世界を変えることができるかもしれない。
ゴリ(@toyoki123)
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今、僕らは、時代が動く瞬間を生きている。さて同時に僕らも声を上げよう!
「はぁ?おまえ何いってんの?」
大丈夫、俺も同じようなことをきっと数年後に思っているかもしれない。だが間違いなく言えることがある、Robert Glasperの『Black Radio』シリーズ2作、Flying Lotusの『You're Dead!』、D'Angelo and The Vanguardの『Black Messiah』、そして今作にに通じるムードは、『黒人よ!今こそ立ち上がれ!』というムードだと。
ジャズピアニストとしてデビューし、クラブジャズやネオソウルのビート感とグルーヴを持ってして閉塞感のあった既存のジャズ・ミュージックに風穴をあけたRobert Glasperの『Black Radio』シリーズ2作、そこに収録された「I Stand ALone」の<「黒人の圧倒的な個性の強さがなぜ消え去ってしまったか、クリエイティブな黒人に戻ろう!フォロワーではなく先駆者になれ!>というメッセージは、こうしたムードの先駆けだったと言えよう。
そんなRobert Glasperの挑戦を見たFlying Lotusは、自身の最新作でジャズドラマー4人を登用。これまで自らが切り開き続けてきた広義的な電子音楽界隈のビートにさらなるイノベーションをひきおこし、非常に斬新なビート・ミュージック『You're Dead!』を生み出した。20世紀の黒人音楽における父といえようジャズに対する彼の尊敬から生まれ得たこの変化は、ジャズーソウルーハウス/テクノへと移っていった黒人音楽のDNAを色濃く示したように感じられる。
ではソウル・ミュージックはどう答えるのか?、Flying Lotusの作品から約半年後、突如14年ぶりの復活を遂げたD'Angelo and The Vanguardの『Black Messiah』は、こうした連なりに入るに自然な大作だ。もちろん彼の復活に「有権者ID法」や「ニューヨークの報復警官殺し」といったポリティカルなテーゼは欠かせない、そうしたポリティカルな怒りを、市民運動に、そして音楽などの芸術活動へとつなげてきたのは、過去のブラック・アメリカンが絶対遵守してきた"掟"ともいえるものだからだ。
詳しくは、僕とゴリさんが語ったこの対談を読んでほしい。
ジャズ/ソウル/電子音楽と連鎖的に始まった黒人音楽によるポップ・ミュージックのアップグレード、同時に悲しくも顕在化した黒人と白人の差別意識にまつわる闘争、こうした状況において「物語を読む」音楽であるヒップホップからの返答を、先述したFlying Lotusの作品に参加し、Robert GlasperからはジャズカバーされたKendrick Lamarが担う、それは自然な流れだろうと思う。
そう、ここまでの筋は、非常に自然なのだ。
生み出された音楽が、ヒップホップをとんでもなくアップデートした、最も驚かれるべきなのはそこだ。
そのビートに、グルーヴに、ネオソウルが、クラブジャズが、ファンクが、ジャズが、代わる代わる憑依して僕らの心と体を捉えにかかる、サクソフォンやエレピの音色、ワウ・ペダルで歪曲したギターカッティング、ほんの少しだけズレて始まってきゅっと締まるタイトなボトムサウンド、BPM100を平均に鳴らされるミュージックに心も体も踊りたくなる。
逃げることはできない、なぜならケンドリックラマーの言葉が、その声が、日本人が一発認識できない英語という言葉と意味と理屈を超えて、僕らをキッチリと捉えてしまうからだ。ヒップホップ史上でも類を見ないほどに巧み過ぎるライムとフロウにかかり、現在の黒人が置かれた状況が「切迫である」ということが十二分に伝わってしまうマジック、そんなことそう多くあるわけではない。
今作における切迫さに注目すれば、それは単なる「黒人対白人」というテーゼにだけに通用するものじゃないのが伝わってくる。
前作『good kid, m.A.A.d city』は「心優しき男が友や街の闇のなかに埋もれていき、神に出会うことで心を入れ替える」という半自伝的物語だった。今作においてKendrick Lamarが強く封じ込めたのは、白人社会への違和感と彼らへの怒りだけではない、もうひとつの視線(むしろこちらのほうが彼は力強く封じ込めている)、Robert Glasperと同じように、「黒人が黒人であるためのアイデンティティとは?」という問いを投げつけたということにある。
それは、グラミー賞受賞翌日に発表した「The Blacker The Berry」に顕著だ。1バース目で黒人文化を壊滅させんとする社会や人々を糾弾し、2バース目では黒人が直面する問題を指摘、そして3バース目では、黒人による黒人への犯罪、いわば"Blackon Black Crimeに声を上げる。
極めつけはラストのフックだ。
So why did I weep when Travon Martin was in the street?When gangbanging make me kill a nigga blacker than me?
「なぜ俺はトレイヴォン・マーティン*1が死んだ時に泣いたんだ?
俺もギャング抗争で自分より黒い奴を死なせてるっていうのに」
「黒人である自分たちをリスペクトしてないのに、どうやって他人や白人にリスペクトしてもらうっていうんだ?、デモや暴動じゃなくて、まずは自分や自分たちの内側から始めないといけないんじゃないか?」。彼は黒人をレペゼンするのではなく、白人と等しく、黒人にも厳しいdisを突きつけたのだ。
こうした黒人音楽の流れを横目に、2014年末、あるヒップホップ・クルーのトップがFacebookに長いメッセージを投げかけた。Odd FutureのリーダーであるTyler, The Creatorだ。
「ACISM IS FUCKING WEAK AS FUCK」と言い放ち、こうした一連の流れを横目にしながら、新時代の黒人リーダーのように振る舞う彼はこう言う。「フォロワーになるのはやめろ!」と。奇しくも同じセリフをRobert Glasperは「I Stand ALone」で表現していた。そしてKendrick Lamarもまた、こうした流れに一つ絡んでいる。むしろ彼の場合、真のイノベーターという姿が似合うのだけども。
最後に今作に関わったミュージシャンを何人か書かせてもらおう、Flying LotusにRobert Glasperは言うに及ばず、2人とよくコラボレーションするThundercatとBilal、Pharrell Williams、Lalah Hathaway、Terrace Martin、そしてGeorge Clinton。トラックのサンプルに使われたのはMichael Jackson、James Brown、Radioheadに、最終曲では2Pacとの仮想対談のようになっているのでボイスサンプルもあるだろう、そのバックで流れるトラックはFela Kutiの曲がサンプルされている。
アートワークは、フランスの写真家Denis Rouvreのものだそうだ。
草野(@grassrainbow)
*1:2013年に自称自警団が射殺した黒人高校生