私の好きな音楽。
「私の好きな音楽。」という特集を作りました。
元はPOPEYEの「僕の好きな映画。」という映画特集のパクリでした。この映画特集のメインが俳優、映画監督、デザイナー、ミュージシャン、等々、総勢100人の選ぶ「僕の好きな映画。」というものです。「これの音楽版をやったらおもしろいんじゃない?」という安易すぎる発想が、今回の特集のそもそもの発端です。
調子に乗ってこちらで募集記事を書いたところ総勢50名の方々の文章が集まりました。本当にありがとうございます。結果的に文字数も内容もとんでもなくボリュームのある特集になったと思います。
ここに掲載してる文章は、普通の生活を送っている普通の人たちが書いたものです。最初は不安もありました。自分にはおもしろいけど記事として成立するのかなって。完全に杞憂でした。送られてくる文章を読んで気付きました。「あ、これって僕がずっと読みたかったやつだ」って。レビューも感想も思い出もごった煮になっていて、世間の評価も関係ない、その人だけの好きな音楽。自分で言ってしまいますが、めちゃくちゃおもしろいです。読んでくれた方もそうだとうれしいです。
最後に、この特集ははじまりのようなものです。僕はこれを読んでくれたあなたの好きな音楽も知りたいし、なぜ好きなのかも知りたいです。だから送ってください。いつでも大歓迎です!(うめもと)
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1. あじぽん(@pondaring)
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ACIDMAN『有と無』
本作のテーマは「死を超える」である。これまでもACIDMANは生命をテーマに数々の作品を作り続けてきたが、本作ではさらに踏み込んで「死後の世界」や「生まれ変わる瞬間」までもを表現している。大木による誰にでも伝わる言葉とキャッチーなメロディー、そしてスリーピースバンドの領域を高く越えたサウンドで描かれた本作は、決して誰も知り得ない世界の話のはずなのに、圧倒的な説得力を持っている。
注目は冒頭の「永遠の底」と中盤の「ハレルヤ」。どちらも生まれ変わる瞬間を描いているが、前者は打ち込みサウンドを交えながら優しく力強く神秘的に、後者は生バンド主体ながらもポリリズムの手法を用いており儚く激しくひたすらエグく。長年ACIDMANの楽曲は聴いてきたが、この2曲の振り幅には驚かされた。ポップな曲はひたすらポップに、激しい曲はとことん激しく、バラードはどこまでも壮大に。ACIDMANのキャリアの中で最も極端なアルバムと言っても過言ではない。もちろんお馴染みのインスト曲もあります。
発売から1年経つが、何回聴いてもいまだに本作の全貌を掴みきれていない気がする。やっぱりこの世のものとは思えない。どこかよその世界から送られてきた音楽だったとしても、それはそれで納得してしまいそう。
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□□□『everyday is a symphony』
実験音楽と言うと聞こえは良くないが、日常の音を音楽に取り入れた結果、極上ポップスが出来上がっちゃった作品。
朝の始まりから人生の終わりまでに出会う、日常のさりげない音をサンプリングして、楽曲中に散りばめてあるんだけど、毎朝聴いててうんざりしてる電車の環境音も音楽にすると不思議と楽しめる。だけど、未知なる体験をできる音楽が作品内にあるわけでもなく、すごくリアル。だけどそこが好き。
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3. Ayaka Ishii(@soycm)
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NEWS「フルスイング」
私がこのテーマで1曲だけ挙げるとすれば、間違いなくNEWSの「フルスイング」を選ぶ。『LIVE TOUR 2012 〜美しい恋にするよ〜』のDVDで出会い、手越祐也を好きになった思い出の曲。9人で結成されたNEWSが1人減り、2人減り、最終的には4人になって、グループ継続すらも危ぶまれていた。その頃、楽曲は好きでもまだファンではなかった。解散の可能性もあったことも知らなかった。
その後1年の空白の後活動再開となったシングル『チャンカパーナ』が発売された2012年、カウントダウンをテレビで見ていて、ようやく「4人のNEWS」を認識した。ん、チャンカパーナ、タイトルは変だけど良くない?ちょっと聴いてみるかという具合に。年が明けて2013年、それからは早かった。ジャニーズはV6、嵐くらいしか聴かなかった私がCDを片っ端からレンタルし、『チャンカパーナ』の不思議な魅力に取り憑かれ、その勢いのままDVDを購入していた。iPodの再生回数はあっという間に30回を超えた。
いざ購入したDVDを見始めると、想像したジャニーズのライブとは違っていた。ファンが1曲目から泣き崩れている。メンバーも中盤から泣いている。思い描いていた黄色い声はどこだ?「帰ってきてくれてありがとう、待っててくれてありがとう」こんなに愛が溢れている映像がこれまであっただろうか。気がつけば私も「Shere」から涙していた。
しかし、最後まで涙を流さなかった人が一人いた。そう、手越だ。絶対に涙を見せない、笑顔でアイドルをまっとうし続けていた彼がついに決壊したのが本編ラスト「フルスイング」だった。『チャンカパーナ』のカップリング曲でもある。《立ち止まっていたとしたって ここで終わりじゃなくて ためらいの果て 何を問う 自分だけの旅》最後の大サビの直前、ソロパートの途中でファンに背を向ける。声を詰まらせながらも絞り出すように歌い切る。彼は目元を拭っていた。
その瞬間、もう恋に落ちていた。ああ、この人ただの軽い男じゃないんだ。ファンが大好きで、NEWSが大好きで、歌が大好きで、負けず嫌いで、頑張ってる人なんだ、と思ったら私もさらに泣いていた。諦めれば終わっていたかもしれない4人が、再びステージに立つことができた集大成のこの曲に出会わなければ、私は彼を好きになっていなかったと思う。(事実顔だけなら小山の方が好みである)。私をジャニオタへと導き、毎年ツアーへと足を運ばせるまでにさせた思い出の曲。
ちなみに編曲は東京事変でもお馴染みの亀田誠治さん。今年のツアーではもう4人に涙はなかった。きっとこれからもついて行ける。キラキラとした、愛に溢れた笑顔の彼らに。
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4. 宇宙ネコ(@sibuyamdam)
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ASIAN KUNG-FU GENERATION『ソルファ』
好きな音楽はいろいろあるのですが、ここでは私にとって印象深い一枚、アジカンの『ソルファ』を紹介します。アジカンの中で一番好きなアルバムだからです。このアルバムがきっかけになりメロディを重視して聴くようになりました。とにかくメロディやサウンドがポップ。前作『君繋ファイブエム』で感じられた荒っぽさは身を潜め、聴きやすさに徹した楽曲が特徴です。
でもアジカンの売りの轟音ギターサウンドが損なわれているかと言えばそうでもなく、パワーポップを絶妙に取り入れた彼ら流のギターロックを楽しめるのです。単に轟音ギターサウンドを鳴らしたりシャウトするだけがアジカンじゃない。引き出しの多さに圧倒されました。いい意味でイメージが変わったと言いますか、聴き続けたい存在になりました。
「海岸通り」は彼らの変化を象徴する一曲だと思います。優しく掻き鳴らされるギターが紡ぎ出す美メロにただただ心を奪われてしまいます。この曲こそが『ソルファ』が一番好きだと言える理由です。この曲があったからメロディの良さを意識して聴きたいと思うようになりました。
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Good Dog Happy Men『the GOLDENBELLCITY』
TSUTAYAの雑誌みたいなフリーペーパーに1ページだけ載ってた、このバンドの記事。なんか強気な発言してるな、尖ってるんだかメルヘンなんだか謎だなーと、ちょっと頭の片隅にこのバンドの印象を潜伏させておきました。曲も聴いてないのに、なんだかやけに記憶に染み付いていたようで。それから5年以上経ってたかな。動画サイトでちょこちょこ聴いて、買ってみようかな、と。聴いててつかみ所ないというか、大好きだ!とは思わないけど、これはハマるんじゃないかって予感に満ちたものがあった。何回か聴いてて、うん。まあ、なかなかイイじゃないの。いや、もしかしたらスゴいんじゃないか?コレ。あっ、ああ、もう、好きだ。大好きだ!!!
気がつくとそこにはボーカル門田匡陽のCDの大半を揃え、門田がやっていたBURGERNUDS、最近新たに活動してるプロジェクトであるPoet-type.M、そしてこのバンドの3組が対バンするお祭りライブに、北海道から大阪へと足を運ぶ男の姿が。
ファンタジーだけどリアル。ネガティヴをポジティブに鳴らす、硬派なメルヘン。どんな時代にも新鮮に響く、紛れも無いロックバンドの大傑作。リリースされた頃の洋ロックやくるり『ワルツを踊れ』と共鳴していたらしい。この音と世界観は日本には早すぎた、とか言われたりもするけど、そんな自分もハマるのが遅すぎた。今でも音楽にドキドキできるのは、このアルバムが一因だ。「Apple star storyS」は大名曲。
→「Groria Streetから愛を込めて#3-嬉しくて哀しい事-」
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6. うめもと(@takkaaaan)
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GRAPEVINE『Sing』
最初は好きじゃなかった。じゃあ、なんでそもそも買ったんだよ!って話だけど買う動機についてはまったくもって記憶にない。ただはじめて聴いた時のことは覚えてる。「なんだ、この高くてねちっこいボーカルは」あ、これディスですね。すみません。いや、最初はどうしても受け入れられなかったんだよね。妙にナイーブな世界観もあいまっていつの間にか記憶の中のラックの隅に追いやってしまっていた。
次に覚えているのは雨が降る夜の時のこと。バイトからの帰り道、ふとこのアルバムを再生したみた。びっくりした。僕が見ている雨の降る町の景色と『Sing』が描いている音の景色はまったく一緒のように思ったからだ。「こんなことってあるのか」と新鮮な感動があったことを今でも覚えている。
このアルバムは僕に大切なことを教えてくれた。音楽にはこんな風に突然新しい景色が見える時があるということを。音楽を「好き」になる理由に「嫌い」という気持ちから始まる時もあるということを。俺の感性はまったくもって当てにならないということを。
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7. オストミツデル商会(@cardighat)
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LOSTAGE 『Guitar』
左右から聞こえてくるギターアンプのフィードバック。その音があまりにも生々しくて、大学時代の大半を過ごした部室兼スタジオの匂いを思い出した。 僕だって、いや僕らだって、バンドで生活がしたかった。
でも就職した。自分の人生を音楽に賭ける勇気なんてなかったからだ。その決断に後悔はないけれど、やはりどこかしらに憧れは残る。自分たちの曲をもっとたくさんの人に聴いて貰いたかった。僕と同じ夢を持ち、敗れていった人は数知れない。そして夢を諦めても、僕らの生活についての悩みは尽きない。今の時代、死ぬよりも生きる方が大変だ。ならせめて、美しくあろうじゃないか。美しき敗北者たちよ。
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8. おるか(@nukarumi)
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チャラン・ポ・ランタン『悲喜劇』
ひょんなことからチャラン・ポ・ランタンにハマり、アルバムすべてを大人買いした中の一つです。ミニアルバム3部作も好きなのですが一つだけ選ぶとしたらこの『悲喜劇』です。今までに聴いたライブ作品がよくなくてあまり期待していなかったのですが、このアルバムは違いました。
まず「夢喰い花~CARAVAN」で一気にチャランポの世界へ引き込まれました。小春さんとバックを務めるカンカンバルカンの饗宴でぶち上がらずにはいられません。「ハバナギラ」「ムスタファ」と民謡カバー曲が続き完全にハートを鷲掴み。もう戻れません。男絡みの曲でほの暗い部分も見せつつ、間の「歯車」でしめやかになったと思えば、サーカス女の激情を歌った「空中ブランコ乗りのマリー」、小春さんの音楽のはじまりを歌った「サーカス・サーカス」でチャランポワールドの深い部分を見せます。
実体験を歌った「恋は盲目」「潮時」、妄想を歌った「今更惜しくなる」の3曲で男と女の悲哀を描き、小春さんという人間が見えてきます。「不屈の民」「人生のパレード」で震災関係の話はあまり多く語らないチャランポの意志が表れた気がします。でも、その後に怒涛のブチ上がりナンバー「OppaiBoogie」「夢の花よ」「最後の晩餐」と続くのがチャランポ。小春さんが弾くおじぎをする時の曲がそのまま入っているのも「らしいな」と笑ってしまいました。
最後は「今日のさよなら」。3部作の最後に収録されている曲が、この作品でも最後に配置されていることに込み上げてくるものがありました。実際に会場でライブを見てきたかのような充実感を味わえて本当に幸せです。
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9. かえで(@kaede_lily)
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THEE MICHELLE GUN ELEPHANT『Chicken Zombies』
小学校高学年。ちょっと背伸びして聴き始めたAMラジオの音楽番組。(船守さちこのスーパーランキングでわかる方は北海道に縁がある同世代の方の可能性大)。 聴き始めた頃に、よく流れていたのは「ゲット・アップ・ルーシー」 。外は暗いのに、まったく寝かせてくれる気配のないカッティング。不思議だけど、ちょっとロマンチックな情景を歌う耳に残る声。シンプルだけど力強いベース&ドラム。
気になる曲だなーと思っていたらメンバーのうち2人がゲストに登場。なんか無愛想だけど、音楽に対しては真面目らしい。 しかもメンバーのひとりは同郷のようで、なんとなく親近感。ちょうど買い始めた音楽雑誌にも登場していた彼ら。ずっと音しか聞いていなくて、姿はよくわからなかった彼ら。クールなスーツを身にまとい、真剣なまなざしで写る彼ら(特にチバユウスケ)にすっかり一目惚れ。
次にラジオで「バードメン」が流れる頃には、このアルバムを買う決意をしていました。買ってからも、ずっと繰り返して聴いていました。いまだに暑い日は「サニー・サイド・リバー」が頭の中で流れてきます。仕事が大変な朝は、車の中で「バードメン」を大きめな音で流します。私がTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを知るきっかけとなったアルバムです。それからずっとチバユウスケを追いかけてきて、同じ時代を生きることができて、とても幸せです。
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10. kaseko(@palam_ai)
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People In The Box『Ave Materia』
ピープルで最初に借りたアルバムです。前から名前は知っていて曲もYouTubeでちょっと聴いたことがあったのですが、実際にアルバムを聴くまでには至りませんでした。が、去年の今頃たまたま「ダンス、ダンス、ダンス」のMVを見たときなぜか急に気になって、その曲の入っているアルバムを聴きました。そしたらドンピシャ好みで、3曲目「球体」のサビで見事にやられました。
《声を返せ 泥棒は笑っている》のカタルシス的な高音からの《晴れた日視界から消えたものは~》からの民謡っぽい歌い回しで撃沈。以後、ピープルの深くてあたたかい沼(個人的にこの表現がぴったりなバンド)へと沈んでいくことに。中毒のように聴き狂っています。
ピープルの音楽は、現実とファンタジーの中間に位置しているような小説や絵画が好きな人におすすめかもしれないと勝手に思っています。あとは近現代クラシック、現代~近未来的なデザインの建築とかも。私がそういう系が好きで、ピープルの曲に合うなあと思ったからというだけの理由です(笑)。
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11. カフェインとレコーズ(@C8H10N4O2andRec)
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The Vaselines『The Way of The Vaselines: A Complete History』
80年代末に活動していたThe Vaselinesの名前を「カート・コバーンご贔屓のバンド」として知る方も少なくないだろう。かくいう僕もニルヴァーナ経由で彼らに巡り合った。ヴァセリンズの持ち味は、陽性の美しいメロディーと、男女それぞれの個性が立ったコーラスワークだ。そこに荒々しいリードギターや他愛ない歌詞およびドタバタ感が加わり、奇跡に等しい均衡で成り立つキャッチーな楽曲群がぽこぽこと生み出される。その奇跡は彼らを、The PastelsやTeenage Fanclubらと共にアノラック・サウンドの原典へと押し上げた。EP2枚とアルバム1枚を残し、ヴァセリンズは早々に解散してしまう。
しかし2008年突如として再結成の報を聞いたかと思うと、新作の発表に幾度かの来日まで叶った。渋谷WWWにて行われたライブでは『Dum-Dum』全曲再現を含め、持ち曲のほぼすべて(いずれも短尺なうえ、そう数多くない)を披露。
フランシスは老い、ユージンは禿げた。2人のハーモニーは大して上手くないままで、かつ朗らかさも輝きも失われていない。英語のトークをほとんど聞き取れなかったが、しょうもない下ネタであることだけわかった。僕がはじめて海外のバンドを見た時の話である。
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12. かめ(@kame16g)
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ガガガSP『卒業アルバム』
「17歳の頃に聴いていた音楽を一生聴き続ける」そんな文を目にした。自分が当時聴いていた椎名林檎は、10年経った今でも聴いているしこれから先も聴き続けるだろう。聴くたびに新たな発見や新鮮さがあるこの感じは、10年前から今までにどれだけ聴いてきた様々な曲が自分の中に蓄積された結果でもあると思う。
じゃあ今でも聴いてる曲で、一番昔に出会ったものは何なのかと考えたらこのアルバムだった。GOING STEADYとかELLEGARDENが周りで流行っていた中学時代、音楽に関して熱があったわけではないのにこのアルバムだけはやたら聴いていた。
彼らはいつでも叫ぶよう歌い、音をかき鳴らしていた。熱苦しいくらい真っすぐな言葉が並んだ曲は、あの頃の自分は背伸びしたがる歳だったのにも関わらず響いてきて、ありきたりな言葉を並べるのなら、自分のことを叫んでいるんじゃないかって思った。
中学生の現実は少女漫画のようにうまくいく恋愛なんて希少で、うまくいかなかった人の方が多い。なんであの時の僕たちは恋愛や憤りに対して、純粋に向き合っていることができたんだろう。代わりにリアルを叫び続けてた自分にとってのガガガSPのように、自分の周りの誰かにも心に響く言葉や想いを叫んでいた人がいたのかもしれない。
このアルバムを聴くたび新たな発見や新鮮さはなく、ただただ今の荒んだ心が浄化されていく。曲を懐かしむとともに、当時を思い出すことをこれから先も繰り返していくんだろうな。17歳の時に聴いていた音楽を聴き続けるんじゃなくて、思い出の集まった青春時代の音楽をずっと聴いていくってことか。
《思い出を捨てろというけど、本当に捨てられる時に多分死ぬ時なんだろう》と歌っていたのはそういうことか。17歳の年齢は関係なく、これから先に青春が来たら、思い出とともにその時に聴いた音楽も繰り返して聴くのか。
→「卒業」
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13. かんぞう(@canzou)
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Dragon Ash『Viva La Revolution』
10年以上前の話。青臭い中坊だった僕に浴びせられた、爆音で鳴り響く革命の音。今もなお勢いを増し鳴り響き続けるその音は、多くの人にそれを届けながら、いつだって僕らの背中を強く強く押し続ける。ジャンルなんて糞食らえとは、常日頃思っている僕だ。ロックが何かも知らないし、ポップがどんなものかも知らない。ましてヒップホップなんてからっきし。いくら聴いてもわからない。本当に難しい世界だと、知れば知るほどに痛感する。
だけど、こんなにも無知な自分を"ミクスチャーロック"という魔法の言葉でいつだって迎え入れてくれる彼ら。ここがあったからと、思えることがたくさんある。この音楽があったからと、思えることがたくさんある。この革命の鐘の音を知ったがために、今の僕があるのだと、思わざるを得ないのだ。
《駆け抜けよう共にこんな時代 塗り替えるのさ僕らの時代》この革命のシュプレヒコールとも言えるこの一節は、深く深く、僕の心に刻み込まれている。終わる気もなければ、終わらせる気もない、彼らはいつだって革命の途中。この思いは、リリースされた当時だけでは無い。今もなお続く、彼らの強い強い意思だ。Viva La Revolution。今、あらためて君に問う。ミクスチャーロックは、好きですか?
→「 Let yourself go,Let myself go」
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14. 草野(@kkkkssssnnnn)
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Kings Kaleidoscope『Live In Focus - EP』
スウィング、アフタービート、セカンド・ライン・ビート、バックビート、4つ打ち、3拍子、ツインドラム、ウォーキングベース、オブリガート、カウンターメロディ、ディストーション、オーバードライブ、リバーヴ、ディレイ、トレモロ、コーラス、ファズ、ダブ、スラップ・ベース、ソプラノボイス、アルトボイス、テノールボイス、ツインリードギター、ファルセット、ニューオーリンズ・ジャズ、ディキシーランド・ジャズ、スウィング・ジャズ、ラテンジャズ、アフロ・キューバン・ジャズ、モダン・ジャズ、ビバップ、、ウエストコースト・ジャズ 、ハード・バップ、モード・ジャズ、フリー・ジャズ、アシッドジャズ、スムーズジャズ、ロックンロール、ロカビリー、マージービート、グループサウンド、ブルース・ロック、プログレッシヴ・ロック、グラム・ロック、サイケデリック・ロック、ビート・ロック、ウエスト・コースト・ロック、サザン・ロック、ガレージ、サーフ、パンク、ニューウェイヴ、エレクトロ・ポップ、ポストロック、ハードコア、メロコア、スカコア、エモ、スクリーモ、ゴス、ヘヴィ・ロック、ミクスチャー・ロック、ハードロック、ヘヴィ・メタル、スラッシュメタル、メロディックスピードメタル、メタルコア、エクスペリメンタル、ノイズ、R&B、ネオ・ソウル、ニュージャックスウィング、ヒップホップ、オールドスクール、ニュースクール、イーストコースト、ウエストコースト、ソウル、ディスコ/ダンスクラシックス、ファンク、Pファンク、リズム&ブルース、ブルー・アイド・ソウル、ドゥー・ワップ、ゴスペル、ブルース、ハウス、ディープハウス、テックハウス、テクノ、ハードコアテクノ、ドラムンベース、ブレイクビーツ、クロスオーヴァー/クラブジャズ、アシッドジャズ、2ステップ、ダブステップ、エレクトロ、エレクトロニカ、アンビエント、ビッグビート、ボサ・ノヴァ、フレンチポップ/シャンソン、ラテン、こういった言葉を掠めていきながら、何物にもでもない音楽が、好きです。
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15. くらーく(@since_i_left_U)
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曽我部恵一『Strawberry』
スタートボタンを押したら飛び込んでくる「サンデイ」の柔らかすぎるエレキギターの音色。どの曲も歌われているのは、好きになったとか嫌いになったとか、そんなことばっかり。ちょっとぬるくない?と高校生の僕は落胆する。なんて単純でバカな俺。
数年後にやっと気付く。世界中のどんな音楽よりも大好きな女の子の繋いだ手の暖かさは「スワン」と同じ温度だということを。バイバイって手を振って別れた後の帰り道の暖かさは「シモーヌ」と同じ温度だということを。手痛い失恋で迎えた朝の暖かさは「ミュージック!」と同じ温度だということを。それらはどれも「好きだ」という気持ちから放たれた熱だ。
このアルバムは今でも僕の心のずっと奥の方にある。「愛してる」や「好きだよ」という言葉と共にそこにあって、温度を保ち続けている。
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16. KV(@ne0kv)
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Cocteau Twins『Heaven Or Las Vegas』
ポップミュージックの無常。楽しいの後の空蝉。むしろ刹那こそが神髄なのではとすら。しかし、決して消えない炎のともる瞬間は確実に訪れる。そう教えてくれたのは、Cocteauの名前に惹かれ手に取った赤紫色のジャケット。『Heaven Or Las Vegas』だった。
心身ぼろぼろの状態だったというギターのロビン。彼とサイモンが鳴らす残響は、高みを目指し天へとスパイラルを描いていく。幼子を産んだエリザベスの歌声は冬の日の朝焼けのように凛としている。崇高。けれども厳粛さや重みはなく、舞い上がりそうなエネルギーが解き放たれている。
Heaven Or Las Vegas。まるでイルミネーションに彩られた街のクリスマスのよう。聖と俗の分け隔てが融けるのを、ネオンで暖をとる雪に見つける。空にも昇る気持ち、行き先は天国ではなく大切な人が待つ屋上。
そんな光景が浮かぶ「Iceblink Luck」は本当に大好きな一曲だ。最初から最後まで、時には冷たく切ない表情をちらつかせながらも、耽美から彼方の光、眩ゆさに満ち溢れている。
ふと思い出し聴きかえせば輝きを放つ、永遠のポップミュージック。詞の意味もわからないのに、口ずさむたび目頭が熱くなるのはなぜだ?僕には覚えがある、これは祈りだ。針より軽い好奇心がレコードをすり減らしても、畏敬がそれを不滅のものにする。
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17. けんじ(@knj09)
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Green Day『American Idiot』
2004年の初夏、洋楽に少し興味を持ち始めていた僕は、FM802から流れてきた、最高にわかりやすくて、人懐っこくて、それでいてどこか怒りや反骨心を湛え3分に満たない曲の虜になった。
アルバムリリースを控えた8月、サマーソニックにヘッドライナーとして出演したGreen Dayは、その曲をオープニングに演奏した。この年、初めて夏フェスに参加した僕の人生は、音楽好きへと決定的に変わった。9月にリリースされたアルバムは、その曲で幕を開けるものの、他に底抜けに明るい曲は無く、悪くはないけど、パンクオペラで9分もあるだの、「パンクロックが家に帰ることを歌ったのは画期的だ」だの、正直よく分からなかった。
色んな音楽を聴くようになり、時折このアルバムを聞き返すと、よくわからなかった曲が、時を経るごとに身に沁みていく。それと同時に、コテコテなあの曲が気恥ずかしくなっていく。これからもずっと聴き続けるのだろうけど、どんなふうに感じていくのだろうか。聴く度に、かつての若さと成長と老いを感じる、僕の大事な一枚。
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18. ゴリさん(@toyoki123)
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キュウソネコカミ『ハッピーポンコツランド』
好きな音楽特集ということで悩みに悩んだが、結論としてこの作品を選んだ。執筆者たちの思い入れのある作品が多い中で「え、今年の作品?」って思われる方もいるかもしれないが「僕の友人との新たな思い出」ということでこの曲を選んだ。
さて、今から理由を話しようと思うのだが、その前に僕の友人について語りたい。彼とはtwitterで音楽好きが集まる飲み会みたいな企画があって、その時に会った。以降たびたび彼とその友達で飲み会やカラオケ、フェスへ行ってたりしてた。また、彼はよくツイッターが好きで、どんな行動をしてるかはツイートを見れば把握できるそんな人物であった。そんな彼を人によっては「ツイ廃」と呼んでいたわけだが。(少なくても僕は呼んでいた。)
そして、そんな彼が大好きなバンドがキュウソネコカミであった。小さなライブハウスで活動してた頃から何度も観に行き、時にヤジを飛ばしては曲が始まると思いっきり踊っていた。そういえば、RUSH BALLで僕が彼に「キュウソはじめて観たんすけどカッコいいすね」って言うと「あいつらがカッコいい??おかしいだけですよ(笑)」と言ってた気がする。もちろん彼の愛情の裏返しだったのは言うまでもないのだが。
しかし、それから半年後のある雨の日、彼は天国へと旅立った。それを知ったのは皮肉にも彼とはじめて出会い、彼が好きだったtwitterからであった。不思議と涙は出ず、溜息が止まらなく何度も何度も出て1日何も考えられなかった。「何かツイートするのでは」と何度も何度もスマホの画面を見返したのだがその日以来、彼のツイートは止まったままであった。もちろん、彼の大好きだったキュウソのメンバーたちにも情報が入り、メンバーから「ご冥福をお祈りします。」とメッセージが送られた。
月日は経ち、永遠の別れから1年以上過ぎたある日、僕はたまたまボロフェスタというイベントでキュウソのライヴを観た。その時にやっていたのがこの作品に収録されている「なんまんだ」という曲であった。普段、彼らのワンマンとか行かない僕は「あれフェスでこの曲やるんだ。」なんて思っていたのだが、この曲の終了後にヤマサキセイヤがこんなことを言った。『「なんまんだ」って曲は京都nano(京都の小さなライヴハウス)でやってるときにすごく踊ってるお客がいて、そのお客さんが亡くなって作った曲でして、、、』その瞬間、彼との思い出が頭の中でフィードバックされ、あの時に出なかった涙がぽろぽろとこぼれた。もちろん、彼のために歌われた曲だとキュウソは明言はしていないが、その日から、この曲は彼との新たな思い出になった。
誰もが羨む経験をした彼は空の上から何を思うのか。もしかしたら「こんな俺を泣かせる曲を作る暇があったら、みんなをダンスさせる曲を作れや!」なんて言ってるかもしれない。とりあえず、私はこの曲を聴くたびに彼の事を何度も思い出すだろう。
さて、最後に天国へいる彼へ「なんまんだ」の歌詞の一節を送り、この拙い文章にピリオドを打ちたいと思う。僕からの、いや彼を愛したすべての人からのメッセージとして。《あなたのことを忘れないよ 一緒に踊ったあの日々を》
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19. ころやお(@kmakotoy)
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山中さわお『DISCHRGE』
2010年盛夏。仙台。六畳の無機質な部屋。机横の台にあるパナソニックの古びたラジカセにCDを入れる。隣の部屋に聞こえると迷惑だからイヤホンをつけ、再生ボタンを押して音を待つ。思い返せば、もう5年も前になる。テレビもパソコンもない予備校の男子寮で夏休みを過ごしていた僕の唯一の娯楽が音楽だった。
5月、仙台パルコのタワーレコードで見つけたこの音楽は浪人生の僕とともにあった。ヘロヘロなギターサウンドと山中さわおの普段は聞けない抑揚を抑えた歌声は数年ぶりの猛暑だったその年の夏の僕の記憶と結びついている。あまりの暑さに窓を開け、セミの声とまじりあった音楽を聴きながら机に向かう僕。その窓から見える入道雲。寮を出てコンビニに昼ごはんを買いに走るときの太陽と陽炎、そして踏切のある坂からの景色。予備校の屋上で男だけで見た仙台の街と花火。この音楽を聴くだけでその情景が一つ一つ浮かぶ。
決して名盤ではない。ただしこの音楽には確実にあのころの僕がいる。震災を経験していない最後の仙台の夏がある。そんな音楽に出会うことはこの先あるのだろうか。さあ、音楽が聞こえてきた。手元に転がっているえんじ色の三菱鉛筆を手に取り、青色の予備校テキストを開く。「(1) aを定数とし、xの2次関数y=2x2-4(a+1)x+10a+1……。」えーっと――――――――。
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20. サエ
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Galileo Galilei 『ALARMS』
少しも進まない時計をにらみながら欠伸を噛み殺して、そんな感じで授業を3限まで受けたら4限までの休み時間にお弁当を食べちゃって、昼休みは愛用のウォークマンでノイズキャンセル機能を最大にしてGalileo Galileiの世界に浸る。そんな昼休みは最高に素敵。
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21. さわむらー(@sawamura_)
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THEE MICHELLE GUN ELEPHANT『TMGE 106』
中学2年の頃に邦楽ロックを聞き始めた。
BUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATIONを聞き始めていた頃、アジカンのボーカル、後藤正文氏が書いた『ゴッチ語録』を読んでいろんなバンドを知った。イースタンユース・Oasis・weezer・ナンバーガール・ユニコーンなど沢山のバンドや、後藤正文の音楽のルーツも知ることが出来た。
この本は「あ~ん」までの五十音の頭文字に当てはまる内容が書かれていて一つ一つに山本直樹氏の挿絵がある。その中の「み」の項目にTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの項目があった。内容はミッシェルとの出会いや伝説の豊洲でのフジロックでの出来事が書かれており、そこに山本直樹の描いたミッシェルの絵があった。
それを読んで「そんなすごいバンドがいるのか!」と思い、ベスト版の『TMGE106』を買った。1曲目「G.W.D」のイントロで衝撃が走った。目の前のCDラジカセに対して食い入るように聞き入って、全曲聞き終わる頃にはミッシェルにハマっていた。ファンと言うよりも信者レベルにハマってしまった。MDに焼いて暇があればずっとミッシェルを聞いていた。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは、普通の14歳だった少年が一気にロックが好きな少年になるという、きっかけをくれたバンドだ。解散してしまって二度と復活をする事はないけれど、再生ボタンを押して「G.W.D」のイントロを聞くと中学生の頃のロック好きな少年へと戻ることが出来る。そして僕の目の前にはスーツをビシッと決めたロックバンドが現れてロックンロールをかき鳴らしてくれるんだ。
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22. 私的名盤紹介(@privategroove)
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山下達郎『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』
記憶に残る音楽というものには、必ずそれに心象風景が投影されている、と僕は思います。僕は幼いころから夜更かしが好きな子供でした。そして夜、あまり泣くことがなかった。そういう僕を、父はよく車で外へと連れ出してくれました。
冬のある日、いつも通り、父は夜遅くに仕事から帰ってきたのですが、忘れ物をしてしまったのか、もう一度大学のラボに戻らなければならなくなりました。そこで父は寝付かない僕を車に乗せ、大学病院へと連れていくことにしました。眠りについた郊外の街はとても静かです。背の高く、楕円形をした街灯の、黄色掛かった明かりに照らされた家々の姿や、幹線道路で、すぐ横を急いで駆け抜けていく車のタイヤ・ノイズ、革のシートに備え付けられたシートヒーターの、体に染み込むような温かさ、そうした五感に訴えてくるすべてのものが、僕を高揚させ、強烈な記憶を残しました。幼い僕が一番目を輝かせていたのは、父と二人の、夜のドライブの時間だったと思います。
そしてドライブには音楽が共にあった。大学病院に到着する直前、偶然カーステレオから流れたのが、この山下達郎のRCA/AIR時代を纏めたベストアルバムに入っている、「夏への扉」でした。過度に暖められる車内の空調の風とシートヒーターのお陰で、僕はまどろんでいました。カーステレオの解像度ではカッティングやギターの音はあまり聞こえず、ワウの掛かったシンセの音や、山下達郎の気怠い歌い方、サビの《リッキー ティッキー タビー おやすみ》の後に入る吉田美奈子のコーラスの、不思議な浮遊感が強く印象に残っています。
はじめて見た巨大な大学病院は暗闇の中にそびえ立っていて、僕は圧倒されました。車を出てもなぜか曲が頭から離れなくて、明かりが消えて寝静まった大学のラボに入っても、頭の中でこのサビがリフレインして、親子2人だけで違う世界に紛れ込んでしまったような感覚がしました。
今でもこの曲を聴くと、この瑞々しい感覚と浮遊感が鮮やかに思い出されます。「夏への扉」は僕にとって大切な一曲、好きな音楽に他なりません。しかし、あの体が浮いたような、不安でありながら高揚しているような、そういう「『今、自分は日常から乖離した状態にいるとわかる』という感覚」にどんな名前を付けてよいのか、僕はまだわかっていません。
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23. しのジャッキー(@shinojackie)
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The Michael Schenker Group『The Michael Schenker Group/神(帰ってきたフライング・アロウ)』
単純に好きな曲、というとそれこそ数えきれないほどありますが、その音楽とはじめて出会ったときの感触を覚えている作品は案外少ないかもしれない。ヤングギターのお正月特集「ロック名盤百選」を擦り切れるほど読み、中古CD屋で手にしたそいつ。「あ、ヘヴィメタルの神だ!」月数千円のお小遣いをやりくりして持ち帰ったそいつを親父のステレオにぶち込み、ボリュームをグイーッと上げる。ドキドキしながら再生を押し、飛び出してきたギターリフは思ったよりもヘヴィじゃなかった。でも、そのドライなディストーションサウンドのザラっとした感触は生々しくて、曲が終わるまで蛇ににらまれたカエルよろしくステレオの前にひれ伏していた。
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24. じゃのめ(@jyanomegasa)
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深津絵里『SOURIRE』
とにかく深津絵里の声がいい。演技やナレーションのときの声も好きだけど、歌声はもっと好きかもしれない。伸びやかで、柔らかく、透明感に溢れていて良い。この声が好きすぎるので鼓膜に貼りつけておきたいという気持ち。
特に好きなのは「ひとりずつのふたり」。歌声と、切なげな歌詞&メロディの相性がぴったりだと思う。(作詞:坂元裕二、作曲:藤井尚之)そしてなんと……サビ部分!主旋律とコーラス、両方深津!!同時に2種類の深津絵里ボイスが聴ける!!!これは嬉しい。
ほかにも深津絵里自身が作詞した曲や、CMJK、山本リンダが参加している曲、「花嫁」のカバーもあったりでバライティに富んだアルバムです。好きな声を聴くと気持ちが大変に落ち着くので、リラックスしたいときなんかに聴いています。
アルバム名の『SOURIRE(スリール)』は、ほほえみという意味らしいけど、私の場合、聴くとほほえみというより、にやけ顔になってしまうので人様のいるところで聴くのはマズそう……。深津絵里さんが好きな方におすすめ、ぜひ聴いてほしい一枚です。
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25. じゅい(@Tricky_Pink)
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Scars Borough『Nineteen Percent』
18歳の私がライブに行きたいという恋い焦がれる思いを持ちながら聴いていたアルバムである。19歳は人生で一番楽しいよ、という言葉を17歳の私はScars BoroughのメンバーであるMARCHさんの腕の中で泣きながら聞いていた。そのため勝手に19という数字がタイトルに出てきているこのアルバムは自分への応援だと思っていた。この1年を我慢すれば来年は楽しいはずだとMARCHさんの言葉を信じた。
焦りと将来への不安や親との衝突、何も道標のない道を歩いているような感覚の中でポキリと折れそうになった心の支えになった。ライブは見られなくてもこのアルバムを聴くことで彼らを近くに感じることができた。 ライブに行けなかった1年間の悲しい時辛い時嬉しい時楽しい時、すべての時にこのアルバムは私に寄り添っていてくれた。
このアルバムを聴くたびに高校3年生の1年間が鮮明に脳裏に浮かぶ。特に部活、クラス発表、有志団体の責任者と高校生活の中でやることが多くキャパシティギリギリになっていた文化祭の1週間前、帰り道、自転車をひきながらこのアルバムを聴いていたら涙が止まらなくなった。少し肌寒くて月がとても綺麗だったあの日のことを昨日のように思い出せる。ライブに行きたいけれど行けないというつらさも、このアルバムを聴いている時は少し忘れることができた。受験の時もずっとこのアルバムを聴いていた。
そして、無事受験が終わりずっと恋焦がれていたScars Boroughのライブに1年ぶりに行った。その2014年3月8日のライブは一生忘れられない。1曲目の「-zero」のイントロが流れた瞬間に1年間頑張ってよかった、生きててよかったという思いと安心して涙が止まらなくなった。最後にライブに行ったのが2013年2月で、アルバム発売が2013年4月だったため『Nineteen Percent』の曲たちをアルバムが発売されてからはじめてライブで聴くことができた。本当に本当に楽しかった。
そして今、Scars Boroughのライブにたくさん行っている。19歳だった1年間はとても幸せだった。その幸せの大部分を作ってくれたのはScars Boroughであった。このアルバムの中に入っている「symbolic」は私の人生の中で一番好きな曲である。「symbolic」を聴いていると今の私と過去の私、そしてまだ見ぬ未来の私を考えることができて、きっとどんな時でもどんな形であってもScars Boroughは私に寄り添ってくれるのだろうと確信できるのだ。
これから大学を卒業し就職して、もしかしたら結婚をして母になりライブに行くことができなくなるかもしれない。しかし何が起きたとしてもこの曲が私の支えになってくれるのではないか。そんな思いが頭の中を駆け巡って、ライブで「symbolic」を聴くとほぼ必ず涙が溢れてくる。
私の中でScars Boroughは一生変わらないスターである。Kyokoさん、MARCHさん、高橋宏貴さん、本郷信さんの4人が憧れの存在である。たとえいつかScars Boroughがなくなってしまっても4人が生きている限りどんな形であっても私はついていきたいと思っている。私はScars Boroughを愛している。
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26. しゅん
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John Lennon『Rock'n'Roll』
はじめてこのアルバムを聴いた時、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTから始まったロックンロールを辿る旅が一旦のゴールを迎えた気がしました。ギターがギャンギャン鳴るロックンロールから次第にゲインが落ちていってチャック・ベリーやロバート・ジョンソンまでさかのぼった後にこのアルバムに出会ったのですが、さながら映画のエンドロールを見ている気分でした。
とはいえ、ジョンもこのアルバムでキャリアに区切りをつけているので当然なのかもしれません。めちゃくちゃに踊れて楽しいのにどこか物悲しいロックンロール。ロックンロールが好きでまだ聴いていない人はぜひ。
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27. ススワタリ(@suswatari88)
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星野源「Crazy Crazy」
深い暗闇の底でもがいていたら、《世界はひとつじゃない》と歌って始まる彼の処女作と出会った。その歌に、助けられたことにも気付かないほど柔らかく助けられ、彼を追い始めた矢先の休養。手術は成功したものの、血圧上昇に警戒する日々が続き、やがて再発。そんな地獄の淵からやっとの想いで完全復活を果たした彼は、この楽曲の冒頭で《お早う始めよう 一秒前は死んだ 無常の世界で やりたいことは何だ》と歌い、自身の歌の世界を力強くリスタートしてくれた。底抜けに明るい曲調とも相まって、今度こそ本当に大丈夫なんだと安心し、泣きそうになったのを覚えている。サビで高らかに歌われる《可笑しい頭揺らせ》は、死と隣り合わせの絶対安静に苦しんだ彼が叫ぶから、こんなにも美しく響く。
ただし、何よりも魅力的なのは、彼がそんなつもりでこの詞を書いたわけではないという点。「これからはただ好きなこと、楽しいことだけをやりたい」との想いで、敬愛する「ハナ肇とクレイジーキャッツ」のメンバー名をもじって歌詞を書いたのだとか。こんなにも明るいのに、聴く場面を選ばずいつでも心を健康にしてくれる、そんな一曲です。
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28. せんたー(@post_musich)
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Mr.Children『深海』
中学の頃から好きだったミスチル。でも『深海』は暗いイメージがして、あまり聴いてなかった。ちゃんと聴くようになったのは大学生の頃。人間関係や恋愛、バイト、就活、学業、あらゆる場面で失敗を犯し、悩んで落ち込むことが多かった。ネガティブに考えやすい性格が拍車をかける。
そんな時、気づけばいつもこのアルバムを聴いていた。『深海』はどん底まで沈んだ僕の心に寄り添ってくれた。時にはやり場のないストレスを発散させてくれた。後ろ向きな自分を前へ向かせてくれた。このアルバムの最後に収録されている「深海」を聴くと、どれだけ嫌なことがあっても、どん底にいても、いつかは光が差す日が来るんじゃないかと前向きになれた。大袈裟だけど「深海」のお陰でここまでなんとかやってこれたのだと思う。とても大切な作品です。
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29. TAIGA=DYNAMITE(@TAIGADYNAMITE)
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SOIL & "PIMP" SESSIONS『Suffocation』
当時僕は吹奏楽部でサックスを吹いている中学生で、音色や演奏スタイルの勉強のため、サックスの入っているバンドやジャズのCDを聴きあさっていた。そんな中で出会った彼らのサウンドは、これまでに聴いてきたどのアーティストよりも刺激的で、一聴き惚れするには十分なインパクトだった。
「どうやって吹いているんだろう?こんな風に吹きたい!」と強く思った僕は、その後、攻撃的な音色や、フラジオにグロウルなどの特殊奏法、演奏中の体の動かし方まで、少しでも近づこうとDVDやCDを何回も聴いて練習した(今思えばとても変わった中学生で、周りの生徒や顧問の先生は扱いづらかっただろうと思う)。
そんなSOIL & “PIMP” SESSIONSのデビューシングル『Suffocation』は、僕がはじめて買ったCDであり、僕の音楽観に(特に演奏面において)大きく影響を与えてくれた。
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THE ROOSTERS『THE ROOSTERS』
好きな音楽のジャンルはめんたいロックやけど、この中から一枚選ぶことは難しいけん、めんたいロックをはじめて聴いた一枚にします。(出会ったきっかけ:忘れた)(好きな理由:かっこいい)(感想:かっこよすぎてむかつく、吐きそう)(レビュー:聴いたほうがはやい)、多くを語らないのが九州男児です。
あと、めんたいロックが好きな人は信用しないほうが良いです。ルースターズの曲に出てくるような女の子になるのが夢。
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31. 宅イチロー(@takucity4)
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Aztec Camera『High Land, Hard Rain』
子供の頃、夏休みに福島のおばあちゃん家に出かけることがとても楽しみだった。おばあちゃんは福島県いわき市に住んでおり、そこは海沿いの街であったことから遊びに行く度に海や川へ連れていってもらえたのだ。
兄弟や従姉とみんなで海へ出かけ、日が暮れるまで遊んだ。あの時の景色や気持ちは今でも鮮明に覚えている。光が水に溶けて乱反射し水面は輝いた。両手で水をすくってみると、それは指の隙間からすぐに落ちていってしまい、手の中には少しの砂 色や形の無い何かだけが残った。石ころの角が足の裏に少し痛く、僕は足をバタバタさせながら顔を水につけないよう泳ぐ。波が寄せる度に海水が口の中に入り込み、僕はうがいをしながら気の済むまでそこにいて海の中の色や空をずっと見たり、岸の方から聴こえるセミの鳴き声に耳を傾けていたのだ。
大したことは微塵も考えていなかった。ただ美しいものを見たり、それに似た気持ちになれるような体験がしたくて、夏の暑い日を選んでは海に連れていってもらったのだ。
十数年が過ぎて、大学生になり東京に住むようになって、福島のおばあちゃん家にも行かなくなって、それより東京で彼女と買い物をしたりセックスをすることばかりにかまけていた頃。幡ヶ谷のブックオフで250円だった本作を僕は見つける。
はじめて見るのにどこかで見たような気持ちになる不思議な絵画がアルバムジャケットの真ん中に横たわっている。いくら見ても何を表現した絵画なのかわからないし、別にわからなくてもまったく構わないのだが、どこか奇妙な清涼感を放つジャケットに僕は惹かれた。携帯電話で検索してみると、ネオアコースティックというジャンルの代表的作品として支持されているらしい。レビューに添えられたエバーグリーンという言葉が決定打となり、僕はそいつをレジに持っていったのだ。
それまでの僕はパンクという音楽に心酔しており、70'sから現行のものまで国内外のパンクバンドを聴き漁ってはひとり盛り上がっていたのだ。パンクだけでどれだけ聴いただろうか、検討もつかない。幾多のパンクレコードを聴いていくなかで、あることに気が付く。
僕はパンクのビートじゃなく、パンクのメロディが好きなんだ と。そしてそのメロディはみんなが聴いているようなギターロックやヒップホップじゃ聴くことができなくて、粗い音質の向こう側で鳴るパンクのレコードでしか聴けなかったのだ。気持ちが入っていて、向こう見ずで、お酒で酔っ払った時みたいに無敵なんだけど、しかしながらひとりぼっちの寂しさや切なさが確かにある。Stiff Little FingersやAsta Kaskのメロディはそうだった。このメロディをもっと聴いていたいって思っていたんだ。
Aztec CameraのCDをコンポにセットして再生ボタンを押した時、僕はとても驚いた。僕の大好きなパンクのメロディだ!って。しかもいつも聴いてるやつみたいにうるさいやつじゃなく、洗練された音の上で鳴っている。多分いろいろな音楽の要素が入っていて、それらがすべてロディの瑞々しい歌の前でキラキラと光り輝くんだ。
聴いてるうちにふと思い出した。幼い頃楽しみだった夏の海のこと。ハッとなった。Aztec Cameraの音の中にはまるで成長をやめ時間が止まってしまったような狂おしいまでの青さがあって、それはポップミュージックとしては致命的に逃避的だ。一度入り込んだら帰ってこれないようなノスタルジーの海が広がっている。
音楽に魔法が備わっているひとつの証明として、はじめて聴いた音楽がふいに自分の過去と繋がってしまう瞬間がある。ただの空気の振動でしかない音の連なりが自らの記憶にまで作用するということ。僕はAztec Cameraでそいつを体験してしまい、思い出が音楽に変わる瞬間に立ち会った。
ロディのギターソロはあの夏の海の中で聴いたセミの鳴き声みたいにいじらしくって、とても美しい。大したことじゃない、ただ美しいものを見たり、それに似た気持ちになれるような体験をAztec Cameraがもたらしたというだけの話。多分一生聴くんだと思う。
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32. DA(@da_usg)
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765PRO ALLSTARS『THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+ GRE@TEST BEST!』
この作品に収録されてる曲にはいろいろと思い出がありまして。「READY!!」「CHANGE!!」はアイマスにハマるきっかけのアニメの主題歌であり、アニメを知ってすぐに当時の友人から勧められた「空」も収録されていたり、アイマスなんて知らないと思っていた人が「GO MY WAY!!」を知っていて驚いたり。
今ではロックバンドばかり聴いている私ですが、たまにアイマスの曲を聴き返すとすごく良いと思うのです。贔屓目なしにも良いメロディだと思いますが、高校時代から今までの思い出があるという、その贔屓目こそが私とこの音楽を繋ぐ文脈だと思うとなんだかおもしろいですね。
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33. チャイルドロック(@yama51aqua)
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スーパーカー『スリーアウトチェンジ』
教室で私は退屈でした。次々と新しい機能をアピールする携帯電話のCMに憧れないことはなかったけど、どんどん進んでいくテクノロジーの中で、後ろの席の女の子みたいに先のことを考える気持ちにもなれなかったし、バカなふりして「ちょーやべえー」とか叫んでる男の子のように、まっすぐその時を消費することもできませんでした。11組のよしきくんのように学校を辞めるなんて考えなかったし、もちろん窓ガラスなんて壊してまわりません。結局、90年代がとうに終わっても、TSUTAYAで借りて観た庵野秀明のDVカメラの映画の景色のように、そんな人間はいつになってもそんなまま、ぼんやりと退屈を過ごしていたのでした。
『スリーアウトチェンジ』は、ノイズがかったまま、そんな90年代の終わりからやってきて、気怠いボーカルと上手くもない演奏で、退屈を歌うというよりむしろ、退屈そのものって感じで響いていました。私は「ふーん」って感じで気取りながら、収録時間ギリギリまで詰め込まれたその退屈を何度も何度も再生しました。退屈は、それでもなんだかキラキラしていて、意味のない78分11秒はこれでもかってくらいに繰り返されていきました。
そしてその歌詞は今になっても相変わらず、ぐるぐるぐるぐると頭の中を回り続けていたりするのでした。《純粋な感情は 今もずっと変わってないのに 肝心な問題は いつになってもわからないよ》(Hello)
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34. つかもと(@tkmtknsk)
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RIP SLYME『TIME TO GO』
「楽園ベイべー」で彼らを知りレンタルしてカセットに入れて、他にゆずとかラグフェアとかも入れてずっと聴いてた気がする小学5年の夏。1年後の夏にようやく手にした彼らの音楽たち。荒野が描かれたジャケット、歌詞カードに並ぶ聞いたことのない言葉の数々。見たことのない世界がたくさん詰まってる気がして、全員のラップ歌詞を覚えてしまうくらい聴いた。
このアルバムには彼らの他の作品以上に物寂しさや内向さを強く感じていた。「WHY」「虹」、そして最後の「TIME TO GO」など哀愁漂う曲が実際多く収録されているし、サウンドも結構ミニマルだ。あんな気の良さそうな兄ちゃんたちがこんな切ない詞を書くんだとなんともいえない気持ちにもなった。
当時の公式サイトで荒野の絵をバックに「ミニッツメイド」のカラオケトラックがエンドレスで流れてるのをイヤフォンでずっと聴いてたの思い出して今でも切ない気持ちになる。
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35. 月の人(@ShapeMoon)
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私立恵比寿中学『金八』
切ない。ひたすら切ない。1聴目だと、8人のちょっと変わった女の子たちの個性が丸ごと詰まったキラキラでわちゃわちゃした印象を覚える。
しかし最後に収められた「私立恵比寿中学の日常(Epilogue):蛍の光(Demo)」を聴くと聴こえ方が大きく変わってくる。アイドルを辞めた女の子が眠りにつく前にサイリウムの無数の光を思い出す、という情景が描かれる曲なのだが、これによりそこまでの元気で楽しい楽曲たちまでもが、まるで夢の中の消えて行くかのように、幻の時間だったかのように聴こえてくる。
だから2聴目以降、ずっと切ない。すべての楽曲が切ないものにしか聴こえなくなる。いつか終わりの時が来ることだって引き受け、その刹那をアイドルとして燃やし尽くす。そんな覚悟まで描ききっている点がとても好きだ。
このアルバムを聴いてしまったが最後、エビ中のダンス、歌、挙動、表情、言葉、そのすべてを切なくて愛おしいものとして捉え出すようになってしまった。もう元には戻れない。彼女たちがエビ中を全うしている日々を目撃しなくてはいけないのだ。
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36. テリー・ライス(@terry_rice88)
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井上陽水『スニーカーダンサー』
音楽を聴いてた一番古い記憶がこのアルバム(を録音したテープ)を父親の運転する車のカーステレオで聞いてる、というもの(2、3歳頃の記憶)。実は今もその当時からずっとある録音テープで繰り返し聴いてたりする。「CD買えよ」と自分でも思うけど、音が少しヨレヨレになってるが、自分が生まれる前に製造されただろうカセットテープが現役で聞ける、というのはなんだか驚異的だとは思う。
他にも親の持っている市販のカセット盤やレコードから録音されたテープがいくつか残っていて、小遣い少なくてCDが満足に買えなかった思春期にそれらを聴き倒していたのが自分の音楽探求の旅の始まりだったんじゃないかなとか、今思うと感傷的な気持ちにも駆られるなどするか。
それはともかく。アルバムに収録されていた曲もリードシングルだった「なぜか上海」を始めとして、全曲粒揃いの一作だと思ってる。この盤に全面参加している高中正義作曲のタイトルソングや、雪の舞う大相撲初場所で起きた事件をコミカルにレゲエ調で歌った「事件」(作詞は小室等)、カリビアンな「Mellow Touch」、爽やかな風が舞い込むようなメロディが鮮烈な「フェミニスト」、この当時の井上陽水ならではのシュールな歌詞が炸裂する「娘がねじれる時」や、ラスト2曲の真摯に歌い上げる様などなど、語れば枚挙に暇がないが、今でいうシティポップスを井上陽水風味に仕立ててるところが、自分の好みを最大限突いているがすごく好きなんだろう。
今も昔も歌詞のフレーズが頭のなかに浮かび上がって、時おり口ずさむくらいに好きだし、多分なんだかんだで井上陽水の作り出す言葉に少なからず影響を受けているのはこのアルバムを幾度となく聴いてるせいだと思う。それゆえに自分には「氷の世界」の人ではなくて「スニーカーダンサー」なんですよね。このアルバムの軽やかな雰囲気が自分にとっての井上陽水のイメージです。
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37. とべ(@tobe_msc)
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BUMP OF CHICKEN 『orbital period』
私がBUMP OF CHICKEN に深入りするようになったのも、このバンド以外のロックやポップミュージックに手を出すようになったのも、17歳の冬にこのアルバムに出会ったことがきっかけでした。
当時の私は吹奏楽部員で、楽譜を眺めながら吹奏楽曲を聴くことはあったけれど、そうや って譜面を追うのと同じように、歌詞カードを最初から最後までずっと追いながら聴いたアルバムというのは、これがはじめてだったと思います。全17曲70分弱という情報量の大きさを、「はじめまして」の感動は軽々と越えていったし、それどころか、対を成す1曲目の「voyager」と最後の「flyby」との引力に導かれるがまま、すぐに2回目を再生したことを覚えています。
それから今まで繰り返し繰り返し、おそらく私の人生で一番聴いてきた一枚。昨今のライブでは、「supernova」のあの一節が、《本当のありがとうは ありがとうじゃ届かなくて でも ラララ》と歌われることがあります。
言葉を尽くした後で、言葉だけでは間に合わなかった何かが宿る場所。そのひとつが歌であり音楽なんだ、僕らはそういう音楽をしているんだと、音楽の在り方のひとつを17歳の自分に気付かせてくれたアルバム。かつ、そのメッセージは今も変わらないどころか、強度を増して響いてくるアルバムだと思います。
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38. なこ(@chivalry08)
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クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』
出会った経緯は学生時代バイト先での休憩室にある忘れ物コーナーから。勝手に借りて帰って家で聴き。ハイトーンボイスにびっくりしたけど、繰り返し聴いたらズブズブハマってしまいました。夢中でPVを探して見たら皮肉な歌詞と噛み付くような歌い方をしていてそこにも惹かれ。
次のバイトの時にしれっと返して置いたらバイト先の同僚が持ち主ということが判明しました。現在、就職した今でも2人でよくライブに行っています。
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39. のすペン(@nosupen)
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Carpenters「I Need To Be In Love live(青春の輝き)」
はじめて聴いたのは13歳から14歳になる頃。ドラマ「未成年」の第1話を見た時。いしだ壱成演じる主人公を中心にした、それこそ「未成年」の5人がそれぞれ先の見えない暗い現実に悩み、もがきながらも、不器用なりに笑ってフザケあって。そんな中でこの曲が流れると、一瞬で包み込まれるような感覚になる。あまりにも綺麗なメロディーラインに乗せられて響くカレンの声は、囁く様だったり勇ましくもあったりして、そしてサビ終わりで、ふっと優しくなるのがすごく良くて、ずるい。最後にあんな優しく歌われたら思わず泣きそうになる。というか泣いた。
ポップス、特に綺麗なメロディーラインを好むようになった、自分の音楽嗜好はこの曲で固まったのだろう。もしこの曲を知らなくて、この文章で興味を持ってくれた人がいたら、「未成年」の第1話を見て、エンディングのスタッフロールで流れるこの曲を聴いてみてほしい。
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40. はやしこ(@rinko_hys)
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高橋優「現実という名の怪物と戦う者たち」
「好きな歌い手」となると当たり前だけれど自分が好きな曲、は多いわけで。それと同じくらい、これはあの人が好きな曲、あれはあの子が好きな曲っていろんな人の顔が浮かぶことがなんだか幸せだから、彼のことが一層好きなのである。
ライブでこの曲のイントロがきたときの高揚感がたまらなくて、よくつるんでいる仲間たちに毎回悶えながら力説していた私。同じ会場内にいるようになって、もう何年経ったろう。以前、どうしても間に合わなくてライブに遅れて行ったことがある。先に着いていた友人ふたりは私が着く前にこの曲のイントロが流れた瞬間、顔を見合わせながら 「ごめん」 ってつぶやいたそうな。謝るところじゃないけれど。
どれだけ知ってくれてるんだ。どれだけ共有してきたんだ。うれしくって困った困った。《いつまでも一緒にいられるわけじゃないことはなんとなくわかっているけれど今は手を取り合える》 この歌そのまんまだ。いつもやさしい、人たちへ。
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41. 8888(@mrmt0804)
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The Velvet Underground and Nico『The Velvet Underground and Nico』
このアルバムとの出会いは当時気になってた女の子がアンディ・ウォーホルを好きだったことにあります。僕はアンディ・ウォーホルのことを予習すべくこのアルバムを聴きました。1曲目の「Sunday Morning」を除くと残念ながらわけのわからないノイズにしか聴こえませんでした。そしてさらに残念なことに結局その子には振られてしまいました。
あらためてこのアルバムを聴くとなぜか良さを理解できるようになりました。それまでロキノン厨に毛が生えた程度の僕でしたが、このアルバムを聴いてからより幅広い音楽を好きになれました。僕にとって大切なアルバムです。
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42. ぴっち(@pitti2210)
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宇多田ヒカル『HEART STATION』
「好きってなんだろう……涙」は今年YUKIがリリースした曲だけど、好きってなんだろう?わかんないよね。人を好きになる。状態としてはわかる。でも「その根拠は?」と聞かれると、普段ならそんなことを聞く馬鹿はぶん殴りたくなるけど、それはともかく結構考えこんでしまう。「私のどこが好き?」そう言われて、とっさに「えーと、おっぱい?」とか言ってしまう人、嫌いじゃない。
宇多田ヒカルが好きだ。好きな曲はいくらでも挙げられる。でも本当に曲だけなのか?顔、性格、隠れ巨乳っぽいところ、少しむちむちした身体、率直な物言い、くま、むにゃむにゃ、どれもが言葉にならないくらい好きだ。現実で人を好きになる。それが異性であれば告白することもある。そうでなくても相手と仲良くなりたいと思うのはごく自然なことだろう。
ところが困ったことに彼女に対してはそういう想いはない。友だち?とんでもない。とはいえ機会があればやぶさかではないよ?でも無理にそういうチャンスを得ようとか、そういうことはとんでもないことで、できれば半径100メートル以内にも近寄りたくない。
もし思うことだけが許されるなら、例えば海外の、それほど大きくない町で、どういうわけか僕は日本のソフトクリーム屋さんをやっている。そこに彼女が通りがかる。家族連れでもいいし、友だちとでもいい。彼女は偶然近くを通りがかり、僕の店を見つける。彼女はソフトクリームを注文する。僕は彼女に気づき、内心衝撃を受けながらも平静を装い、ソフトクリームを手渡す。彼女は僕が日本人だと気づき、日本語で「ありがと〜」と言い、僕は久しぶりの日本語で「ありがとうございました」と言う。サインを求めるわけでもなく「いつも聴いています」と言うわけでもなく。もちろんこれはただの想像で、別に僕はソフトクリーム屋さんでもなんでもない。だけど僕はそんな妄想の中でも彼女に声をかけることができない。それほどまでに僕は救われている。
彼女の作品は僕の心の拠り所であり続けてくれた。落ち込んで立ち上がれないような朝にこのアルバムを聴く。いつも感謝しています。大好きです。好きなところ?えーと、おっぱい?
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43. 傍観者{濃淡(ぼかし)}(@boukansyaex69)
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NIRVANA 「In Utero」
初めて聴いたのは18歳くらいの時。BUMP OF CHICKENやブルーハーツや洋楽とか70'sパンクを聴いていた自分の考えてることは兎にも角にも 「人と意を介したくない」「 10代の時の中学のイジメや高校の時の人付き合いにビクビクしてる自分を全て亡き者にしてやりたい」だった。 元々カートコバーンの生い立ちにも興味があった自分はベスト盤や『ネヴァーマインド』はもう先に聴いていてこのアルバムも成り行きで聴いていた。
CDをかけ始めたら1曲目からスティックの「チック、チック、チック、ガシャーーーン」というギターのノイズが聞こえる。このアルバムは最初から最後までノイズで埋め尽くされている。シューゲイザーとかの美しいノイズではなく、荒々しくてどちらかといえ他の人には汚い音だと切り捨てられてしまいそうな。でもこの音をなぜかずっと心地よいものだと感じた。
僕はカートコバーンという人間に自分自身を重ねている部分が多かれ少なかれあるようだ。10代の苦悩が終わったら退屈な人生が待ってるだけだと。でもこんな自分に関わったせいで迷惑をかけてる人間もいるんじゃないかと変な罪悪感からなのか全ての事に謝罪したいとも思ってしまった。
でも僕はカートコバーンみたいな生き方は絶対にしたくないし、ニルヴァーナやカートコバーンに心酔してる人も絶対にすべきではないと思う。
学校や社会にいると、突然自分が悪人扱いされることがあった。なし崩しのように自己嫌悪に陥ることもあった。そんな自分のドス黒い感情がこのアルバムを聴いていると全て吐き出せる気がする。
なんか音楽とは関係ないことや自分の醜いことばかり言ってて多少嫌な気持ちにもなるけど、自分がどれだけ苛立ちながら生きてるのかも分かるし 「ギターノイズはこんなにも心地いいものなんだぞ」と教えてくれたカートには感謝している。
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44. poyoSOS(@sotanshu)
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くるり「東京」
「東京」田舎で生活している若者の憧れの街。
当時17歳のわたしも当然ながら高校卒業後は上京すると心に決めていた。インターネットがダイヤルQ2の時代。吉幾三のようにこんなクソみたいな田舎は早く出て行きたいと心底思っていた。ラジオから流れてきたのはくるり「東京」。すぐに田舎町の小さなCD屋で購入し何度も聴いた。上京する時の深夜バスでも何度も聴いた。当時付き合っていた彼女とは、ちゃんとした別れもせずに自然消滅だった。
東京の街はやはり刺激的で、田舎には無い様々な音楽で溢れていた。都会の友に負けたくなくて、毎日の様にレコ屋に通った。ヴァージン、レコファン、ユニオン、タワレコ、HMV、ラフトレード、vinyl、JET SET、ブルセラショップの隣にあったノイズ専門店。たまに昔を思い出した時に「東京」をよく聴いた。
こんな私でも結婚し子供と家族ができた。30歳の時に同窓会があり田舎に帰った。大好きだったじいちゃんの葬式で帰った以来だった。彼女は来ているかなと期待してた。12年ぶりに会った彼女も結婚して家族が出来ていた。幸せそうで良かったと心から思った。 先日、お気に入りのバンドのライブで思った。何度と聴いた曲だが、何故かその時心に沁みた。あなたに出逢えた この街の名は「東京」。
→「東京」
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45. まさみそ(@masamiso4852)
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くるり「ブレーメン」
2007年、僕がまだ高校生の頃、当時大阪でも開催されていたCOUNTDOWN JAPANに友だちと2人で大晦日の日に参加した。フェスがはじめてだった僕らはご飯もろくに食べず無我夢中でベボベやアジカン、ブンブンを観て、耳鳴りと興奮でもはや脳はオーバーヒート状態だった。初のフェス体験でフラフラの中、その日の大トリはくるり。この年にくるりが発表した『ワルツを踊れ』が僕はたまらなく好きで聴きまくっていたからそれがライブで聴けることがうれしくてたまらなかった。「ロックンロール」や「ワンダーフォーゲル」が聴けて眠気も吹き飛び最高潮に興奮していた。
カウンドダウンの時間が近づき岸田繁がみんなでベートーヴェンの第九を歌うよう促し大合唱となった。日付けが変わる寸前で完奏し皆が一体感に包まれる中、そのまま10カウントを終えて新年を祝う瞬間は今でも最高だ。好きな音楽を聴いてライブを観て年を越せる瞬間はなかなかない。年が明けた瞬間、間髪入れずに演奏された曲は「ブレーメン」だった。その日一番聴きたかった曲を、その年の最初に聴けて僕は感動のあまり馬鹿みたいに笑っていた。そのまま「ブレーメン」は新しい年を祝福するかのように響き渡り一生忘れられない年明けの体験になった。
ライブが終わり帰路に着くと、凍えるような寒さの中、電車を長い間待ったのを覚えている。冷え切った身体を温めようとお風呂に入ろうとしたらその日に限って故障していて、震えながら布団に入ったのも今ではいい思い出だ。
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46. まっつ(@HugAllMyF0128)
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0.8秒と衝撃。『電子音楽の守護神』
音楽が好きってことはわかるけど、「何がなんだかさっぱりわからん!なんなんだ!」って感想が最初に出てきます。なんてったって、メロディのポップさに比べて音の詰め込み方がてんでチグハグだし。様々な時代、国のロックミュージックから「このフレーズ好き!」「この曲のこの5秒間が最高だよね!」って感じたものをパッチワークしたような曲ばかり。「音の過積載やぁ〜!」なんてザッツ彦摩呂な感想が1曲につき9回ほど飛び出すよ。
そんなわけで、彼らの音楽は超絶うるさいし万人向けじゃない。だけどそのゴチャ混ぜもといグローバルとも言えるトラックと流麗なメロディがガチッと組み合う瞬間があって、そこに僕はどうしようもなく勝利を感じるのね。
とりあえず、「馬、馬、馬、」の1分53秒から2分18秒の恍惚を聴いて踊ろう。《限界は今、居眠り》の最中、なんだってできるさ。
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47. マツダコウヘイ(@PotatosaladRip)
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野狐禅『東京23区推奨オモイデ収集袋』
友達のいなかった高校時代の思い出と言えば、部屋で飼っていたグッピーの水槽に、1匹しかいなかったはずのタニシが「ガン細胞か」というほど増殖を続け、グッピーは死に絶え、水草は枯れ、このままでは地球がタニシに乗っ取られる!と戦慄し、雄叫びを上げながら水槽の水を草むらにブチまけて世界を救ったことと、野狐禅の音楽に出会ったことぐらいである。
きっかけはNHKのトップランナーで「カモメ」という曲を演奏する彼らを偶然見たことだ。痛くはなかった。でも衝撃があった。きっとその時だろう、この背中にでっかい手形が張り付いたのは。急いで彼らのアルバムを入手し聴いてみるとそこには何事にも無気力無関心ながらもそのことに焦り、掴むに掴めないけど猛烈にモヤモヤしている。そんな僕の気持ちが歌詞やメロディーになって表現されていた。めっちゃ聴いた。 そらから10年経ったいまでも背中の腫れが引かないので困っている。
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48. 妄’(@hyhyoyhyh)
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YKZ『THE FIRE THAT BURNS WITHIN』
高1から通っていたCDレンタルショップ(大手チェーン店ではないところ)が潰れて、今までレンタルで出していたCDを5円~100円くらいで売りだしたのは、俺が予備校に通わず、浪人生活を満喫していた頃でした。大量に並んだレンタル落ちCDを端から端まで眺めていると、このジャケットがなぜか目に留まり、YKZという名前だけ覚えて、家に帰ってYouTubeで検索して度肝を抜かれた。「俺が今聴きたい音楽はこれだ!」と直感的に思い、ミクスチャーにハマるきっかけになったのでした。
内容的にはとにかく高速スラップ&速弾きまみれのベース、そして勢いまかせの高速ラップ。ミクスチャーの王道を突っ走ってると思いきや、合間に挟まれるインスト曲はジャズなのかファンクなのかよくわからない。でもとにかくかっこいい。切れ味の鋭いギターやドラムもさることながら、とにかくベースが曲全体を引っ張っており、至るところで「ベース目立ちすぎ!」となること間違いなしのアルバムです。
→「BLOW BACK [HOUSE OF THE RISING FUNK]」
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49. モリ ワコ(@mujifackin12)
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スピッツ『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』
《忘れはしないよ 時が流れても》このアルバムに出会ったのは私が6歳のころ。叔母に初恋の人をバラされた帰りに泣きながら車で聴いた。その日は叔母と車屋さんに来ていた。叔母が店員と話しているあいだ、私はずっと横でカービィーの塗り絵をしていた。塗り絵を叔母に見せにいった時だったと思う。叔母が店員に「この子ハリー・ポッターが好きなんですよ」とかいって私の初恋の人を店員にバラしたのだ。《ぎりぎり妄想だけ》生きていた私にとっては、大失恋だった。
このままハリーを好きでいるわけにはいかないと母に伝え大泣きしたときに流れていたのがこのアルバムだ。ハリーと《青い車》で海に行きたいと思っていたから大ショックだった。今でもこのアルバムを聴くとこの出来事を思い出す。
そんなわたしも今年で20歳。愛はコンビニでも買えるけれど、運命の人と出会えるのだろうか。今、隣ににいる人がそうであればいいのにと今日もこのアルバムを聴いて思うのだ。
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50. やや(@mewmewl7)
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SOPHIA『マテリアル』
どうにも人の言うことがすんなり自分の中に入ってこない。頭の中と外が分厚いフィルターで覆われているような感覚に陥る。自分の受容器だけが、周りと、そして普段と少しズレてしまったような感覚をおぼえる。その時期特有の、勝手に感じる排斥感と喪失感と孤独感がいつも悲しくてむなしい。
そうして今の自分は内向的なモードなんだなと理解し、その時期が落ち着くのを音楽を聴きながらただ待つ。SOPHIAの『マテリアル』に出逢ってから15年以上経つが、いまだにこのアルバムを聴かないと越せない夜がある。最高の鬱アルバムとしても名高い名盤であり、生きることの切なさをシリアスに表現した曲と、生きることのくだらなさをコミカルなまでにポップに表現した曲とが凄まじいバランスで同居した傑作。
絶望の中にいる人の救いの光にはならない。だが、絶望の中にいる人の近くまで降りてきて、隣で寄り添える数少ない作品である。人間が生きるということ、それを真摯に記録し表現しようとする人間が好きだ。SOPHIAがこの作品を残してくれたことに、わたしは感謝し続けている。
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51. Yuasa.H(@yuasaction)
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BONNIE PINK『evil and flowers』
まだ赤髪時代のBONNIE PINKさんが1998年に発表した3rdアルバムです。はじめて聴いたのは2007年。当時高3だった僕はブックオフで本作を見かけたのですが、その際「愛と憎しみ、永遠と刹那、物語は回り続ける」というとてつもなく暗い、そして「A Perfect Sky」でヒットしていた彼女のイメージとはあまりにかけ離れたキャッチコピーの書かれた帯が気になり本作を手に取りました。
とてもコンセプチュアルな作品だと思います。表題曲に始まり表題曲に終わる構成、内省的な歌詞、ミニマルな音数。他人には見せない内側のドロドロとした部分を目の前に突きつけられているかのような世界観に大きな衝撃を受けました。それでいて何度でも聴けるのはきちんとポップスとしてできてるから。僕自身、そのバランス感覚に魅了されたのと同時に大きな影響を受けたからこそ思い入れが強くなりました。
絶望の淵からはじまり最後には微かな希望を見出して終わるかのような印象を与える本作。発売から17年が経った今でも多くの人に届き得る作品だと思います。
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52. ゆかりん
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Earl Klugh『The Best Of Earl Klugh』
行きつけのカフェに行ったある日のことです。ギターの音色にうっとりとしてしまう音楽が流れていたので、「この曲、誰のですか?」と店員さんに尋ねたところ、このアルバムを教えてくれました。楽曲自体もすばらしいけど、このアーティストの持つ柔らかさというのを肌で感じ取ることができました。
とにかく優しくて、柔らかくて包み込んでくれるような包容力です。森の中にある隠れ家的なカフェなので、その店の雰囲気やスタッフの様子までも音楽とマッチしていたので、とにかく癒されました。その後すぐネットで購入し、それ以来、アール・クルーの癒し系ギターソングにハマっていくのでした。今では私の中で一番好きなアーティストです。
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53. ゆたきち(@wtk_16g)
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BUMP OF CHICKEN『ユグドラシル』
物心がついた頃から、音楽はテレビで聴くものだというイメージがありました。その頃は週に何個も音楽番組があって、たくさんのアーティストが歌を歌っていました。でも、どれもこれも、「CDがほしいなぁ。もっと長く聴いていたいなぁ」と感じるものはありませんでした。
2001年、土曜日の昼のこと。当時、CDTVのダイジェスト版が必ず放映されていたので、毎週ながーす程度に見ていた(聴いていた)なかで、「なんだこの曲、めっちゃいい」と初めてCD屋にCDを買いに行きました。それが、BUMP OF CHICKENの「天体観測」でした。
その後、しばらくまた音楽からは離れるのですが、私は2000年ぐらいからインターネットに触れていわゆる「Flash黄金期」と呼ばれる時代を過ごしました。そこでまた、BUMP OF CHICKENに出会ったんです。
今のニコニコ動画で言う、「手書きMAD」のようなジャンルともいえますが、なぜかBUMPだけが盛んにFLASH動画が制作されていて、食い入るように見ていました。気づいたらまた僕はCD屋に駆け込んで、BUMPのCDを片っ端から買っていました。ラジオ(PONTSUKA!!)も毎週ストリーミング放送を楽しみにし、常にBUMPの情報をネットでかき集めていた中学時代を過ごしていました。
2004年、中学2年生という思春期真っ盛り、感受性豊かな時期に『ユグドラシル』はリリースされました。後にも先にも、音楽を聴いて涙が出たのは「オンリーロンリーグローリー」を聴いた時だけでした。とてもつらいことがあって、死にたくなった時はギルドの《人間という仕事を与えられて》という歌詞に励まされ「同じドアをくぐれたら」や「レム」や「太陽」のなんとなくうす暗い感じもネガティブな自分にはすごくハマった楽曲でした。
『ユグドラシル』というアルバムから、僕の「音楽」ははじまったといって、過言ではないです。「音楽とインターネット」と言ってもいいでしょうか。ここまで邦楽の音楽、日本語の歌詞を歌う人たちが好きになれたのもBUMP OF CHICKENのおかげです。BUMP OF CHICKENは20週年を迎えます。これを機会に、今は追いかけなくなってしまったバンプをもう一度追いかけてみたいなと思いました。僕と音楽とインターネットはこれからも続いていくのだと思います。
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54. rinko enjoji(@rinkoenjoji)
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fra-foa『13 Leaves』
『13 Leaves』は、「愛」を歌い通した一枚だ。
「愛」とは、辞書によれば「慈しむ。かわいがる。いとしい。大切。」読みにして、「あい。かなし。いとし。めでる。」ただ一文字にして、多くの意味と読みを持つ語だ。『13Leaves』には、多様な「愛」の形が描かれる。相思相愛の「愛」。慈しみ合い、心を熱くするもの。何らかの事情で、注ぐことの叶わなくなった「愛」。哀しみも抱えたいとおしさ。ナイフでこの身を切られる苦しみ。無償の「愛」。自然と優しくしてしまう、溢れだす感情。自分と幸福な未来を描けなくなった、相手の幸せを願うこと。距離のあるところから、見守る「愛」。
中学校の頃、先輩が勧めてくれた時は、本作が見せてくれる鮮やかな表情に引き込まれた。あれから10年。愛の濃淡や深浅、色彩を、少しは知ったつもりで、久々に本作を聴いた。手元に音源しか無かったから、歌詞は聴いて書き起こした。歌詞に込められた激しい感情に驚いた。
薄々気づいていたが、愛は綺麗なだけじゃない。執着も憎悪も、「愛」が形を変えただけ。「好きの反対は、無関心」とはよく言ったものだ。「愛」のくれる優しさと、「愛」ある故に脆くなる自分に気付く。手間暇かけてリスニングした体験が、歌詞と「愛」と真正面から向き合わせたのは間違いない。一人の人から生み出された愛でも、色合いは様々。充分に注げる赤の他人に、巡り会うこと。交わし合うこと。途方もなさに、気が遠くなる。だからこそ、目の前にある「奇跡」に心を奪われ、時に絶望する。愛は人生の本質であり、「私」の世界に色をつけていく。自分にとって大事なものに、「愛」を通して気付かせてくれる一枚。
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55. れーふぉ(@re_fort)
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「はか、けか?」
はかけか はかけか はかけか はかけか はか けか はかけか はかけか はかけか はかけか はかけか はかけか はかけか はかけか(正解は君の目で確かめてくれ)