第1章では欅坂46が"再開発"をテーマとしたアイドルであること、そして"再開発"のテーマは堤清二が森稔に、六本木waveがメトロハットに変わるといった"世代交代"のテーマも孕んでいると書いた。
そして私はこの"世代交代"は、今までのアイドルと欅坂46であると考える。これを語るには"今までアイドル"がどうであったのかを振り返る必要性がある。少々長いがアイドルの歴史を見てみよう。
アイドルとは?~一つの史観を通して~
そもそもアイドル(idol)は「幻影」という意味のギリシャ語「εἴδωλον」(エイドローン)のラテン語形である「idolum」(イードールム)から端を発す。そしてイギリスの哲学者フランシス・ベーコンが人間の先入的謬見のことをこの「idolum」の複数形である「idola」(イドラ)を使ったことから、それが今日のアイドルの語源へとつながっている。
先入的謬見というのは「虚偽の先入観」のことであり、そう考えると松田聖子や中森明菜、小泉今日子といった80年代のアイドルというのは手の届かぬ高嶺の花であり、彼女たちの表層を見ることでアイドルを見守る観客たちは興奮し熱狂した。しかし80年代後半になるとそれまで盛んに出てきたアイドルというものが急激に停滞する。いわゆる「アイドル冬の時代」である。
その引き金は「イカすバンド天国」に代表されるバンドブームの急騰であったとも、岡田有希子の自殺が原因だったとも言われる。しかし90年代後半に入り、アイドルのもつ虚偽性を潰しすことでアイドルを復活させた番組が登場する。番組の名前は「ASAYAN」。そしてそこから登場したアイドルこそ、モーニング娘。である。
ASAYANはそれまでのアイドル番組でのアイドルの表面を映し出すスタンスではなく、より内面を抉り浮き彫りにする番組であった。モーニング娘。という「シャ乱Qロックボーカリストオーディション」の落選組5人で結成されたユニットに対して「全国区5か所で手売り5万枚達成できたらメジャーデビュー」という関門を設けさせ、その販売過程をテレビで克明に見せることで聴取者を巻き込むことに成功。そしていざデビューとなればレコーディングの様子からパート割争奪戦、また突然グループにかかわる重大発表するなど、普段は見ることのできないアイドルの裏側をリアリティー・ショー的に見せることで視聴者の関心を引き付けた。その結果、モーニング娘。は1999年「LOVEマシーン」で国民的アイドルになった。
そして2000年代に入りAKB48は「会いに行けるアイドル」を打ち出した。秋葉原に常設会場を持ち毎日公演するという、当時のアイドルとしては画期的なスタンスを打ち出した。また劇場に併設しているカフェでもそのままAKB48としてアイドル活動できそうな女の子がバイトしており、後にこのカフェで働いていた篠田麻里子や大堀恵はAKBに加入することになる。またAKB48にCD購入で握手会行う事や選抜総選挙や選抜じゃんけん大会など常に観客が熱狂させるコンテンツを設けることで、現在において確固たる地位を築いたアイドルになっていった。
時代は2010年に入り、アイドルシーンはかつてないほどの盛り上がりをみせる。この年の1月に東京女子流が結成され、2月に恵比寿マスカッツがCDデビュー、3月にはぱすぽ☆(現在のPASSPO☆)がCDデビュー、4月にはさくら学院が開校する。そして5月にNHKの番組で「MJ」でアイドル特集が放送。AKB48、モーニング娘。、スマイレージ、アイドリング!!!、東京女子流、バニラビーンズが出場し、それを多くのニュースサイトが「アイドル戦国時代」と報じた。あらゆるタイプのアイドルが登場し、完全に飽和状態になったこのアイドルシーンで一歩抜け出た存在になったのが、ももいろクローバーZであった。
アクロバティックなステージパフォーマンスや飛道具満載のステージング、さらには露出度の高い衣装や接触系イベントを開催しないなどAKB48が敷いたレールに反旗を翻す形をとったパンクなアイドルであった。実際「会いに行けるアイドル」がキャッチフレーズだったAKBが人気が出たことで人気メンバーが劇場に出ないことがあり、そんな状況を逆手にとったももいろクローバーZ は「今会えるアイドル」と書かれたビラをAKB48劇場の前で観客に配っていたというエピソードがあるほど実に反骨精神に満ちたグループであった。
また2010年代中盤にはでんぱ組.incはオタクカルチャー、さくら学院から派生したBABYMETALはハード・ロックやヘビー・メタル界隈を密接に結びつける形でファンを拡大していく。またこの両グループは海外にも拡大していき、特にBABYMETALは日本のアイドルの中では初めてロンドンのウェンブリー・アリーナにてワンマン・ライヴを行い1万2000人の観客を熱狂させた。
ジャンル化とその先へ行く事の困難さ
さて、この頃になると既にアイドルは80年代に持っていた虚偽性をはらむ高嶺の花であった者からは遠く離れた者になってしまったように思える。そしてそれはでんぱ組.incの夢眠ねむのこの発語からも読み取れる。
かつてアイドルは、人形のようにアイドルであることを演じていたそうですが、今のアイドルは違います。やらされているアイドルよりも、アイドルであることにアイデンティティを持っている子のほうが多い。自覚とプライドを持ってアイドルになっている。(「覚悟を決めて夢眠ねむと向き合おう」夢眠ねむ/生きる場所なんてどこにもなかった——「W.W.D」発売記念連続インタビュー https://cakes.mu/posts/1101)
しかしこの"自覚的にアイドルになる"ことは、世間におけるアイドルのジャンル化を深め、同時にアイドルという呪縛から解放されないという現象を生み出す。東京女子流のアーティスト宣言はまさにこの例になるだろう。
2015年1月にUstream番組『アーティスト東京女子流 宣言へ』が放送された。この東京女子流は、今後アイドルフェスへ出演をしないことや、アーティストとして活動していくと宣言した。ちなみにもともと東京女子流はアイドルと名乗った事はなくダンス&ボーカルグループとして、アイドルシーンで活動していたのだが、このように宣言までしないとアイドルと言う呪縛からは逃れられないという決断だったように思える。
さて、このような90年代以降のアイドルの系譜を眺めた時に欅坂46はどうかと問われれば、楽曲やクールでスタイリッシュなダンス、そして彼女たちに対して私たちが抱く「クール&ビューティ」という言葉の通りの舞台上では笑顔を見せない所は、それまでのアイドルというものに対して批判的な立ち位置にあるようにさえ見え、既存のアイドルに一矢報いるため、アイドルの仮面をつけた"アイドルを超える存在"を作っているのでは、と思えてくる。
そう考えたときに私はある一組のアイドルグループを思いだした。そのグループは2000年代にアイドルという呪縛を開放し、いまやアーティストと呼ばれる立ち位置を築いたグループでもある。そうPerfumeのことだ。
Perfumeと欅坂46
Perfumeは元々、広島のアクターズスクール出身のアイドルとして2000年に結成し、2003年に東京へ進出。そこで中田ヤスタカと組むようになったのだが、この当時は今とは違いかわいさあふれるテクノポップを歌い続けてきた。
ところが2005年のメジャーデビューで近未来的な衣装に身を包み、アイドルの中で一番大事な声にオートチューンをかけてまるでロボットが歌っているようにした。そして2007年の「ポリリズム」がヒットし、以降現在のようになるのだが、私はこのPerfumeという存在が実は欅坂46のロールモデルとしてあるのではと思う。
そもそもPerfumeと言うのは中田ヤスタカによるアイドルへの批判として作られた。
『この子たちはアイドルだからアイドルソングを作ろう』みたいなおざなりな感じで、アイドル風にやっても『誰が聴くの?』ってやっぱり思ったんですよ。/そうじゃなくて『Perfumeだけの持つ価値観を作ろうよ』って思ったんです。
Perfumeをアイドルとして売り出すのではなく、Perfumeだけの持つ価値観を作る。それは今まであったアイドルというものへの批判であり、アイドルでもアーティストに変えられるという批評をPerfumeという形でやったのだと感じる。そのため彼女たちはアイドルの持つ可愛らしさという物を一切廃し、自らをポップアイコン化した。一番大事な声を奪い、スキルの高いダンスを見せることで彼女たちは3次元のボーカロイドとしてアイコン化に成功させたのだ。
さらに中田ヤスタカはクラブシーンで流行りのジャンルを彼女たちの楽曲に取り込んだ。現在では日本でドームコンサートを行えば即日完売し、大晦日の紅白歌合戦にはほぼ毎年のように出演している。近年ではアメリカやイギリスなど世界各国でコンサートを行う国民的アーティストになった。
このようにPerfumeを見ていくと欅坂46と共通点が多い。詩と連動した形で展開されるスキルの高いダンスやステージ上では笑顔を見せない所、またデビュー以来、ダンサーや衣装、ミュージック・ビデオやジャケット周りのクリエーターを変えずに1チームで動かしているのもPerfume的である。また欅坂46が常にその物語が大人を拒む子供たちという物語を21人全員で演じている所も、3次元のボーカロイドとして演じているPerfumeと共通する部分でもある。
Perfumeとロックフェス
そして何より共通するのは売り出し方である。Perfumeは今までアイドルとは無縁な客層にも支持される場所でライヴを繰り広げてきた。その代表とも言えるのがロックフェスでの戦い方だ。
Perfumeがロックフェスに初めて出たのが2007年のサマーソニック大阪のオープニングアクトであった。この当時、Perfumeは公共広告機構・NHK共同の環境・リサイクルキャンペーンCM「リサイクルマークがECOマーク。」が放映され、そのタイミングでのサマーソニック大阪でのライヴは興味本位で観た観客をも取り込み、朝一番でありながら多くの人が詰めかけた。そしてその翌年、今度はROCK IN JAPAN FESTIVAL(以下RIJ)に参加。ステージとしては2番目に大きいレイクステージ(1万人収容)のトップバッターを飾ったのだが、ここでもPerfume入場規制がかかり大盛況に終わる。
当初ロックフェスに出ることに対して一部の観客からは違和感もあり、Perfume本人たちもアウェーであると思っていたのだが、この日の経験が彼女達にロックフェスで音楽をやることの楽しさを教える。
ワンマンではPerfume っていうものを、人間性とかを含めて好きになってもらっている感じがあるんですけど、フェスになると音楽っていうものを楽しんでて、ダンスとか、パフォーマンスを楽しみにしてくれている人たちっていうのがすごく新鮮だし。今までインディーズからやってきた中でも、パフォーマンスっていう面で評価されたことがあまりなかったので。アイドルっていう見方になっちゃうと―歌とかはどうでもいいんですよ。本来『こう見て欲しい』というものを(フェスでは)見てもらえてる気がして、ほんとに気持ちよかったです。
(ROCKIN'ON JAPAN 2008年 VOL.337 西脇綾香(あ~ちゃん)インタビュー)
そしてこの翌年の2008年以降Perfumeは様々なフェスに出演し、今ではPerfumeがロックフェスに出ることに対して違和感を持つ観客はいなくなった。なんなら期待する観客すらいるほどである。そして彼女たちは2013年にはRIJの一番メイン取るステージであるグラスステージで3日間大トリを務めるまでに至った。では彼女たちはアウェーであるでなぜ勝ち上がれたのか。音楽ジャーナリストの柴那典氏はバンドが「フェスの場で勝ち上がっていく」姿が可視化され、メインステージのヘッドライナーを目指す「ゲーム」として設計されている事を指摘したうえでPerfumeがRIJに勝ち上がった理由をこう分析する。
独自の構造を築き上げたRIJにおいて、Perfumeはどんな存在だったのだろうか? 実は彼女たちはRIJに5年連続出演を果たしている。初出場は2008年。2番目の大きさのステージへの朝イチの出演である。その時点では、本人たちも、オフィシャルサイトのレポートも、アイドルグループのロックフェスへの出演を「アウェー」と表現していた。しかしそこで入場規制の盛況を記録し、翌年からはメインステージに昇格。2010年と2011年は昼、2012年はトリ前と、順調に時間帯を夜に近づけていく。5年間をかけて彼女たちはアウェーの場をホームグラウンドにしたわけである。(Real Sound『"ゲーム化"する夏フェスで、Perfumeはいかにして勝ち上がったか』http://realsound.jp/2013/08/perfume_2.html )
つまりは彼女たちは続けていくこと、そして実績を残すことで最終的にはロックフェスをホームに変えた。そしてこのPerfumeがロックフェスに参加したことはアイドルがロックフェスにする契機にもなった。これ以降でんぱ組.incやBABYMETALなどのアイドルグループがロックフェスと参加している。そして2016年のCOUNTDOWN JAPAN(以下CDJ)にて欅坂46がステージに立った。
欅坂46とロックフェス
アイドルがロックフェスに出る時代ではある。しかし元AKB48の前田敦子がソロでRIJやCDJに出演したことはあるものの、AKB系列や乃木坂46はロックフェスへ出演する前例はなかった。しかし昨年、欅坂46はCDJ に出演した。ましてやデビューしてまだ一年も経ってない、さらには初のワンマンライヴを3日前にやったアイドルグループがGALAXY STAGEでライヴをした前例はない。ところがここで彼女たちはGALAXY STAGEを入場規制にし、なおかつ受け入れられた。そしてこの時のライヴでメンバーの志田愛佳が
「今日、欅坂はここで爪痕残しにきたんで。来年はもう一個でっかい舞台に行けるように頑張るんで! 幕張見てろよ! 今声出さないと今年終わるぞ!」(COUNTDOWN JAPAN 16/17 クイックレポート欅坂46 https://rockinon.com/quick/cdj1617/detail/153804)
と、今後もロックフェスに出演し続ける事を宣言する。そしてこの言葉の通り、今年の夏にはRIJ、さらにはサマーソニックに参加が決まっている。このことから見ても今後、彼女たちもPerfumeと同様で今後もロックフェスに出演するように思われる。また「ROCKIN’ON JAPAN」4月号に平手友梨奈の1万字ロングインタビューが掲載されたことからも、欅坂46は既存のアイドルとして売り出し方ではない、アイドルを普段は観ない客層にまでアピールをして、Perfumeのようにアイドルを超えた存在になりたいのではと考える。
さて"再開発"と言うのをキーワードに、どのアイドルにも負けない強靭なパフォーマンスを持つグループとしての欅坂46そのロールモデルは"Perfume"ではないかということを今まで語ったのだが、実は欅坂46にはもう一つのロールモデルがあるように私は感じる。
しかもそれはアイドルやアーティストではなく、マンガ、アニメ作品の主人公たちだ。その作品でも正義のヒーローがチームが一丸となり悪の軍団に立ち向かうという話であり、多層的な構造や当時の社会状況をトレースしたことで青少年に爆発的なヒットを起こした。その作品の名は『サイボーグ009』である。(第3章へ続く)
参考文献
- 洋泉社編『映画秘宝EX激動!アイドル10年史』洋泉社
- 香月孝史『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』青弓社
- マーキー編『Capsule Archive』マーキーインコーポレイティド
- ロッキング・オン編『ロッキング・オン・ジャパン9月増刊号ROCK IN JAPAN FES.2008』ロッキング・オン
マーガレット安井 (@toyoki123)