君島大空『映帶する煙』

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君島大空の1stアルバム『映帶する煙』を聴いた。

これまでリリースされた『午後の反射光』『縫層』『袖の汀』の3作はどれも28分以内のEPという扱いで、今作が正真正銘の1stアルバムとのこと。

タイトルの『映帶する煙』の「帶」は「帯」の旧字体で、「映帯」とは「相互にうつりあうこと」を意味する。つまり『映帶する煙』とは「煙が相互に映り合うこと」、もしくはその状態を意味するのだと思う。

楽曲の作りについては2通りある。1つ目は合奏形態と呼ばれるもので、石若駿、King Gnuの新井和輝、それから西田修大を加えた編成になる。今作では「19℃」「都合」「No heavenly」がそれにあたる。もう1つは君島大空本人が様々な楽器を演奏しているもので、そこに石若駿が加わったり他の人が加わることもある。

作品を聴いて小林武史が手がけたLily Chou-ChouYEN TOWN BAND、もしくは初期の椎名林檎、それからharuka nakamuraを思い出したが、彼が参照しているかはわからない。してない気がする。

歌詞については、わかるようでわからないというのが正直なところ。例えば「19℃」を取り上げると、

この世の果ての狭い部屋に流れ着いて
ふたり、頬を寄せて暮らせたら

喋らなくていいよ
数えなくていいよ
歩き疲れた僕らふたりきり
喋らなくていいよ

(19℃)

気持ちはなんとなくわかるのだが、状況はまるでわからない。「この世の果ての狭い部屋」ってなんだろう?とか、数えるって何を?とか。もちろんこれはただの歌詞で、状況がわからなくても構わない。だけどアルバムを通して聴くと「作られた空」「古い海」「扉の夏」「夏の硝子」「鍵の増えた陽だまり」「時計の雨」など、よくわからない言葉が山のように出てくる。

とまあ、わかりにくい作品と断定することが容易なアルバムではある。活動開始から9年、デビューして4年目のアーティストの1stアルバムにしては売りにくそうな作品だと思う。「光暈」は再録されたが、サブスクでは人気の「向こう髪」「遠視のコントラルト」は入ってない。CINRAに掲載されたインタビューでは

「自分の人生の起点として、アルバムというもので仕切り直しをしようって」*1

と話していたが、どこが?というのが正直なところだった。最初は。

だが、やたら残るのだ。彼の音楽は心に残る。

確かに彼は僕らを煙に巻こうとしている。歌詞における状況描写はすでに体をなしていない。サウンドも編成の時点で2つに分かれるし、ジャンルの話をすればオルタナティブ・ロック、ブルース、フォーク、弾き語り、アンビエントエレクトロニカなど多彩にも程がある。あとギターもどこかジャズ的だ。Joe Passを思い出す。彼の音楽で一貫しているのは、彼が楽曲を手掛け、彼自身が歌っていることくらいだ。曲ごとに印象もがらりと変わる。音の数も少なくはない。わけがわからない。

だけど、それでも彼の音楽は残るのだ。頭の中、いやまるで僕の日常の片隅に棲みついたかのように彼の声やギターの音色が残る。それがたまらなく心地よい。そして少しずつ君島大空という人がわかってくる気がする。

このアルバムの制作時点でおそらく彼は不特定多数の人間に求められる音楽を作ってはいない。彼は自分自身、もしくはごく少数の理解者のために作っている。見知らぬ誰かをハッとさせるような音楽を作ろうとはしていない。なぜなら彼は音楽家だからだ。音楽家とは良い音楽を作ることを生業にしていて、その意味において彼は真っ当な音楽を作ろうと試みたのだ。

そう気づいた(錯覚した)瞬間、煙が晴れたような気がした。このアルバムには様々な楽曲があり、そのどれもが違う顔を見せ、相手によって立ち居振る舞いを変える。君島大空は様々な表情を、敢えて一枚のアルバムに盛り込み、名刺代わりにしようとしたのではないか。

正直に感想を言うなら7割くらいは「シャイすぎないか?」と思いつつも、でも残りの3割くらいは天才だと思った。まどろっこしいことをしているのに、それでも残るものがある。それは天から与えられたものではないか。

このアルバムは、まるで聴く人を煙に巻くように音楽的にバリエーション豊かな表情を見せる。また歌詞の状況もわかりにくい。だけど最後にメロディが残る。混乱のトンネルを抜けたその先で、君島大空の音楽の良さを出会うことができる。

この先、彼の音楽はさらに洗練されていくだろう。だから彼は音楽を作っていてくれるといいなと思う。そうすれば僕みたいな人間は幸せになる。いつかどこかの海辺の街で彼と出会えたら「波浪」でも「Halo」でもなく、「Hello!」と挨拶したい。なんとなく。そんなことを妄想しました。彼の進む道に幸あらんことを。


ぴっち(@pitti2210)はこのブログの管理人。最近はレビューを書いてるせいで他のことが疎かになっていて少し不安。