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フィッシュマンズ『空中キャンプ』

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一回目はどの作品にしようかという迷いはなかった。真っ先に語りたい、そして真っ先に紹介したい作品。フィッシュマンズの『空中キャンプ』である。いきなり断言してしまうが、私の中で、日本のポップミュージックでこの作品を超える作品は未だかつて現れていない。というか、それ以上にこの作品はファンは勿論、数々のミュージシャンまでも骨抜きにしてしまっているので、超えようとする者すら現れていない、というのが現状ではないか。メンバーが抜け、三人になってしまったフィッシュマンズ。レーベルも移籍。彼らにとってマイナス要素が多かった時期にふわっと現れた本作。曽我部恵一が90年代を「ポロっと名作が生まれるような、そういう時代」と語っていたが、その事実は本作に裏付けされている。

何度聴いても惚れ惚れするサウンドである。「ずっと前」のイントロは、ギターの後にピューっとシンセの音が入り、一気に聴き手に浮遊感を味合わせる。「SLOW DAYS」「SUNNY BLUE」ではねっとりと夏の暑さを思わせるようなサウンドを響かせ、「ナイトクルージング」では表と裏で鳴り続けるシンセとギターで夜の不気味ながらも美しい風景を思い出させる。「すばらしくて NICE CHOICE」は白眉の出来で、各楽器が複雑にかみ合い、夏の鬱陶しさとさわやかさを混在させる事に成功している。そしてこのサウンド構築に最も貢献しているのが、佐藤伸治の声に他ならない。優しさと切なさを混在させた聴き手の涙腺を刺激する声で、時には裏声も用い、各楽曲が持つ雰囲気を最大限に引き出す役割を見事に果たしている。特に「BABY BLUE」で

《意味なんかないね 意味なんかない 今にも僕は泣きそうだよ》

と歌う時の声は、聴き手に絶望と幸福を同時に思い起こさせる、魔法の声色と言っても差し支えない。

歌詞に目を向けても素晴らしい。このアルバムでフィッシュマンズが主張しているのは、我々が過ごしている日常の「無意味さ」だ。彼女と二人きりの世界への逃避を願う「BABY BLUE」や、

《目的は何もしないでいること そっと背泳ぎ決めて 浮かんでいたいの》

とあくまで受動的な姿勢を貫く「すばらしくて NICE CHOICE」からも見て取れる。そして彼らの歌詞の最も革新的な所は、“視点”である。彼らは独特の浮遊感のあるサウンドで、我々聴き手を空中へ、『空中キャンプ』へと案内する。そしてそこから我々がいつも過ごしている日常を見せる。そして歌う。

《意味なんかないね》

と。これ以上説得力のある歌詞があるか? そう、我々の毎日は特別な意味なんか持たないのだ。朝起きて、コーヒー飲んで、通勤もしくは通学して義務を果たし、家に帰って酒を飲んで寝る。いくらこんな毎日を繰り返しても、何も変わらないし、変える事なんて出来ない。でもそんな日常って素敵じゃないか? 何が悪いんだ? フィッシュマンズ

《みんなが夢中になって 暮らしていれば 別に何でもいいのさ》

と歌い、決してそんな日常を否定しない。むしろ、人類は心のどこかで無意味な毎日を過ごしていると気付いていた筈だ。それを彼らは初めて音楽にして発表しただけだ。だから我々は彼らの音楽に心酔しきるのだ。佐藤の死から十五年近く経過した今でも。

雑誌やらで邦楽の名盤の企画が組まれていると、必ずと言っていいほど名前が挙がる本作だが、何故ここまで高い評価を受けているのか。その問いに答えるのは難しい。私の答えは、サウンドにも歌詞にも、一切無駄がないからではないかと思う。メンバーやHONZI等洗練されたミュージシャン達の演奏、ZAKという凄腕エンジニアの技術、そして何より佐藤伸治の美しくて儚い歌声と、空中から日常を的確に描写した歌詞。はっきり言って文句のつけようがない。何もない日常を映し出し、聴き手に大きな脱力感、そしてそれ以上の幸せを運んでくれる。迷いが生じたり、悩んでしまった時、私はもう一度『空中キャンプ』に出かける。彼らが教えてくれるから。そんな葛藤に

《意味なんかないね》

って。

フィッシュマンズ「bany blue」

 

 

HEROSHI(@HEROSHI1111