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may.e『REMINDER』

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REMINDER | may.e

東京のシンガーソングライター・may.eが3枚目のアルバム『REMINDER』を発表しました。このアルバムは現在Bandcampで0円からの投げ売りで販売されており、フリーダウンロードも可能です。なお今後はライブ会場や作者のサイトを通じてフィジカル盤が販売されるとのこと。

偶然この作品について書こうとしていた人が同時に3人もいたので、今回合評という形になりました。それだけの作品であることは間違いありません。ぜひアルバムを聴いていただいて、三者三様の感想を楽しんでいただけたら幸いです。

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前にも挑戦したんだけど、may.eの音楽は言葉にしにくい。

シンプルな作りでありながら、奇跡的なバランスで成立している音楽だからだ。スタイル的には弾き語りだけど、彼女の声は遠くに聴こえる。全体的にリバーブがかった音をしているせいか、アシッドフォークと形容されることが多い。しかし彼女の音楽を聴いてアシッドだとかサイケだとか、そういう感覚に陥ることはない。

彼女の音楽を聴いていると子供の頃を思い出しているような気持ちになる。ただ、実際にはそうではなく、例えば映画における回想シーンを観ているような感覚、あれに近い。その映像の中では僕は光に満ち溢れた場所で遊んでいて、どこか楽しげに見える。そして懐かしさが残る。

しかしそれは虚像であり、本物の思い出ではない。だけどそれが間違っているとか、そういう野暮なことを言う気はさらさらない。僕はmay.eの音楽を聴いて、少しだけノスタルジックな気持ちになり、楽しい時間を過ごす。それで十分なのだ。

彼女は以前、自主的にブログでアーティストや歌手をインタビューをしたり、自分が出演しない、あくまで他の人のためのイベントを主催するなど、裏方的な活動をしてきた。そしてシンガーソングライターとして活動する今も、表に出ようとする意思はあまり感じない。できるだけ自分は表に出さず、それどころか歌や言葉さえも直接届けようとせず、それらを奇跡的なバランスで響かせることで、僕らが物思いに耽るのを手助けしてくれる。彼女は根っからのREMINDER(=思い出させる人)なのだと思う。

 

 

ぴっち(@pitti2210

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もう青葉が生い茂り、その木からは色白の細い虫が吊り下り、道行く人の背中に飛び乗ろうともがいている。初夏だ。街に張り巡らされた青空はそろそろ明度が顕わになり、体をすり抜けてゆく薫風にすら、いちいち熱い質量を感じざるを得ない日々がはじまる。自転車を漕ぎ、滲む汗をかき集めて辿り着いた我が家。陽光の一歩届かぬ北部屋のPCに向かい、流れてきたこの音楽は何なのだろう。帰る途中にまとわりつかれたぬるい熱気流でもなく、肌寒い心持ちもなく。一足遅れた春風なのだろうか、でもこんなに心の溶けるようなささやかな風があるだろうか。

凍てつくような冷気と力強さを内包した『私生活』を経て届けられたmay.eのミニアルバム『REMINDER』で、彼女はその軸をぶらすことなく、より丸みとしなやかさを獲得し歌っている。夢見心地のような/懐かしいような、移ろう陽炎の向こうに佇む静かな物語に、気づいた人がふと歩を止めてしまった一瞬のような。それでも凛とした強度をもって、記憶でも予感でもなく、ただ気持ちとして/意思として、この時に立ち上る、そんな作品だ。

ギターのガットの風にmay.eの声がせせらぐ。冒頭「HOURS」のその音が流れ始めると、夕焼けの光が露に宿らぬ空の下、涼しげに震える草原の真っただ中に私はいた。「メトロ」で澄んだ朝焼けの空気をたっぷりと肺に溜めこみ、振り切るために足取りを軽くしようと思ってみる。そして「跳ねたり飛んだり」で触れる淡い金色の糸の紗に、胸に張りつめた琴線は取って代わられ、優しく揺れる。揺れ続けていく、心は解れてゆく……

オーバーダブされたアコースティックギターと、たおやかな声が紡いでゆく心象風景の一つ一つは完全に彼女のものだ。私はちょっとだけ年季の入った万華鏡を通して見ているようで、容易く読み取ることができない。それでも確かに、とくとくと気持ちがこちらに流れ込んでくるのを感じる。いつも見てるはずの景色をぼんやりと眺めていて、突然はっと何かに気づいたような気がして、何故か目頭が熱くなることがある。そういう時のきらきらを静かに引き寄せ、影の差す場所で柔い光の芯をもって結びまとめたような6曲だと思う。

揺れて重なってもぼやけることのない音像、甘美すら携えて躍動する旋律。フォーキーだけど朴訥ではなく、むしろ恐ろしく洗練されている。人によっては金延幸子Vashti BunyanGrouperで囲んだ三角形の中に位置付けてもおかしくはない。でもその中心を支配しているのはリヴァーブ故のアシッドな耽溺ではない。ゆっくりと羽を伸ばすようなダイナミズムとネオアコにも通ずる、溢れ輝く瑞々しいリリシズムである。それに加えて、何度も繰り返し味わいたくなる滋味深さすら備えているという事実が、密かに語り継がれる名盤たれという自分の気持ちを強く後押ししてくれる。もう私にとって、愛おしくて尊い、大切な作品なのである。次はどんな風景を見せてくれるのだろうか。

 

 

KV

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まずは何を差し置いてもこの素晴らしいギターの響きについて書かなければならない。彼女の奏でるギターを聴くためにだけでも、今すぐこの作品をダウンロードすべきだ。(なんとname your price!)

1曲目の「HOURS」に耳を傾けてほしい。淡く曖昧な輪郭のボーカルや鍵盤と、弦の擦れや微かな振動まで聞こえてくる生々しいアコースティックギターの対比の鮮やかさに思わず息を呑むはずだ。まるで古いレコードに合わせてベッドの上でギターを弾いているかのような不思議なサウンドがリスナーに覚醒と催眠を同時に促してくる。

だから「ドリーミー」という形容詞はこの『REMINDER』という作品には相応しくない。このアルバムの捩れた音像を聴いて僕が思い出したのはboards of canadaだった。幻想的なウワモノにヒップホップを通過した肉体的なダイナミズムに満ちたビートの同居が彼らの音楽の魅力のひとつだ。一方でmay.eの音楽においてboards of canadaに比較するとノスタルジアが希薄なのは、おそらく両者のウワモノ(メロディ)の方向性の違いだろう。松任谷由実を引き合いに出せるほどに洒脱な彼女のポップセンスは鮮やかに都市の風景や群像を切り取る。このアルバムは優れたシティポップアルバムとしても機能している。

都市とベッドルームの狭間にあるパーソナルな空間が『REMINDER』にはパッケージされている。かつてフィッシュマンズ佐藤伸治は世界との距離について《窓は開けておくんだよ》と忠告した。このアルバムも同様だ。ドアをノックするのではなく、窓とカーテンをそっと開けて外の空気を迎えいれる。そんな世界と自己との間の良好な距離をmay.eはリスナーに提示しているかのようだ。彼女の音楽の清廉な佇まいは池澤夏樹の小説『スティル・ライフ』をふと思い出させた。

大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
池澤夏樹 著『スティル・ライフ』より)

 

 

くらーく(@kimiterasu

いまここでどこでもない