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渋谷系特集 #10「Is Shibuya-kei attitude? Or style?—手法から見てみる渋谷系とそのほか—」

特集

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渋谷系という日本音楽シーンでのいち潮流は、それが90年代終盤に退潮してからも様々な形で後続の音楽に影響を与えたり、また渋谷系を出自とする方々が今なおシーンの第一線で活躍していたりと、2014年現在でも語るところの大変多いトピックです。 

この文章は、そんな渋谷系という潮流の出自から、現在のあり方までを乱暴に概観しながら、その中で渋谷系の"手法”に着目し、それが何なのか考え、そして勢い余って「あれっ、それだったらこれも渋谷系っぽくね?」というものを挙げてみたりします。勇み足・事実誤認などは見逃して頂ければとして、とにかく書きます。 

渋谷系」の出現、およびコレクターとフィルター、あとポストモダン小説 

歴史的な大体の記述は今の時代ウィキペディアを読めば分かることではあるし、ここではそういうのは半ば自明のものとして、その手法としての出現と、その時代状況を確認しておきます。 

渋谷系と言えば、な二大グループ、Flipper's GuitarとPizzicato Five。彼らのデビューは80年代の終わり頃あたりで、日本がバブル経済の極地に向かう時代に当たります。増大するカネとモノ、幸福と享楽が都会のあちこちで花開く頃、彼らは現れたのです。 

ここで彼らの音楽性の話。渋谷系の音楽と言えば、まずは「オシャレ」という単語が浮かぶことが多いように思われますが、多分その次くらいに出てくるのが「引用」だと思うのです。過去の偉大な、もしくは不幸にも埋もれてしまった名曲達からのさりげなくも必殺のフレーズのスティール、渋谷系というよりは下北系なバンド・ミイラズの歌詞で言うところの《つまりは技を借りるぜ天津飯ってこと。モノが溢れる渋谷の街でレコードを漁って作り上げた“コレクター”としての膨大なアーカイブが、当時の彼らのエネルギーの一翼でした。 

しかし、ただパクることが渋谷系の条件かというと、どうもそうでもないらしい。渋谷系ブームと同時期のバンドでこちらもパクり何でもありなユニコーン、これも渋谷系というと、やっぱ違うかなっていう(勿論その手法からしてユニコーン渋谷系と括る人もいるし、そもそも奥田民生小西康陽で親交があったりする)。 

渋谷系の音楽について、少なくともこの2組について特に共通するところ、それは、強烈な文系くささでしょう。先輩後輩の関係が絶対的な部活にはまず入ってなさそうな感じ、夏が過ぎても肌が黒くならずせいぜい赤焼けてヒリヒリ痛む程度の感じ。

それと同時に上記2大グループの音楽にしばしば感じるのが、汗臭さのない悲しさ・虚しさ、悟り澄まして全てが去って行くのを眺めているような、映画の向こうでどんなにひどく残酷なことや残虐なことがあっても淡々と観続けてそうな雰囲気。その雰囲気は歌詞からも、平熱気味な歌の具合からも、上品でかつ自堕落さもある音像からも感じられる。 楽しげな歌にも、背景にそんな(ともすれば岡崎京子的な)「どうしようもなさ」が感じられることがままある。さっぱりしてややリッチな渋谷系的な音像がかえって「フィルター」的に、そういったイメージを際立てていることが割とある。

この、「コレクター要素」と「フィルター要素」こそが、渋谷系の核のひとつなんだと、僕は考えます。そういう意味でいくと、特に同じ91年にリリースされた引用界の怪物アルバム『ヘッド博士の世界塔』と『女性上位時代』の二枚が、その特徴がモロに出た作品だと思われます。この辺りのひとつの絶頂感の後、渋谷系の音楽は次第に緩やかに世間に浸透していきます(小沢健二やピチカートのヒット曲、トラットリアレーベル、ウゴウゴルーガポンキッキー等々)。 

そしてこの「コレクターとフィルター」の視点こそ、バブル真っ直中の時代において彼らが特別“純度の高い”存在となれたところだと思います。溢れ変える情報を美意識のフィルターでもって取捨選択し、そしてそれをまた彼らの文学的・倫理的フィルターで再構築したこと。そこには会社の慰安旅行的な享楽具合とは徹頭徹尾隔絶された、世俗や日々の生活から遊離したような、奇麗に残酷な世界観をつくりだしていました。 

Pizzicato Five「Baby Love Child」

そんな彼らの、整然としてカオスな批評的性質は、どことなく渋谷系より少し前に日本において流行した、ポストモダンの感じがしないでしょうか。この辺下手なこと言うと、ご本人たちを含むガチインテリ方々からの失笑ばかり買いそうで怖いところですが、いいや構うものか、僕はここで渋谷系のそういう性質に絡めて語りたい作家がいます。高橋源一郎です。 

高橋源一郎は、日本のポストモダン文学の代表的な作家です。しかし筆者は正直まるでポストモダンについて詳しくないので、感覚でものを言います。僕が言及したい高橋源一郎ポストモダンっぽさは、過去の文学や思想の蓄積を執拗にコレクションし、それのカオスなコラージュによって自身の作品の面白さとリリシズムとを同時に表してしまうという技法的な部分です。膨大な文学や他のポップカルチャーに関する知識をまるで一見オモチャのように、元の意味が無くなるほど断片的にバラまいて、それでなお異化した意味や雰囲気を作り出してしまう、高橋源一郎技法は、実はすごく“渋谷系的”ではないか、と思ってるのです。(高橋源一郎のデビューが81年なので順序が逆)

僕が渋谷系高橋源一郎の間に感じるのは技法だけではない。そのセンスの構造的なシニカルさ・むなしさ、様々なイメージの向こうに見える、心に穴がずっと開いているような詩情。どんな喜びも怒りも哀しみも楽しさも、蓄積されずに意味も無くすり抜けていってしまうような感覚。 明確に形を取らずに流れ去ってしまう何かしら。

からまる殺すべき日の風景をやがて忘れてくからね

Flipper's Guitar「ゴーイング・ゼロ」

「私たちは、人を殺し、金をうばうことが、創造や建設につながるとは主張しませんでした。私たちはただのギャングであって、予言者ではないからです」 

高橋源一郎さようなら、ギャングたち」

渋谷系的な文学性がこういった文学作品に影響を受けているか、それは分からないけれど、その辺の事実関係などは全く別にして、この辺りに共通するように感じられるある種の感覚が、とても好きです。 

高橋源一郎渋谷系について、こじつけ臭いことをもう一点加えるとしたら、暴力温泉芸者中原昌也についてでしょう。暴力温泉芸者はカオティックなノイズを撒き散らす、中原昌也による音楽ユニットですが、当時彼が小山田圭吾と信仰があったからなのか何なのか、「デス渋谷系」という謎の括りで渋谷系にカテゴライズされていました。そんな彼が90年代終盤から小説を書くようになって、それも「書くのがイヤでイヤでしょうがない、でも書かないといけない」というスタンスで小説やそれに関連する文章を書くようになって、その姿勢を最も支持した小説化が高橋源一郎だった、という点を、蛇足的なこじつけとして書いてこの章を終えます。 

しかし、中原昌也という名前、凄いですね。キーボードで打つと判るけど、母音が全部Aなんですね。

名もなき孤児たちの墓 (文春文庫)

名もなき孤児たちの墓 (文春文庫)

 

 

渋谷系の拡散。アイドル、アニメ。そして“手法”の同調

渋谷系がどの時期から下火になったかというのは議論の分かれるところで、というかそんなの決める必要あるのか誰かを責めたいのか、とも考えられますが、およそ90年代後半、宇多田ヒカル椎名林檎などの新時代女性SSWが登場した頃から、という説が最近とある音楽ライターから挙げられています。これは、自分で曲を作る彼女らの登場により、歌う女性は曲を作らず、他のメンバー又は他所の人が曲を作ることがままあった渋谷系の女性シンガーと対比しやすいからだと思います。  

その議論はともかく、97年にはコーネリアスがいよいよオシャレどこでは済まないマジモードで(おそらくブライアン・ウィルソン、というか『Smile』に挑んだと思われる)『FANTASMA』をリリース、98年には小沢健二が『春にして君を想う』のリリース(この曲自体「渋谷系隠居」感出まくり)を最後に音楽シーンからフェードアウト、そして21世紀に入っていわゆる911を迎えるよりも早くに、ピチカート解散。「遅れてきた渋谷系」と言われたシンバルズさえ2003年に解散。バンド・ユニットとして生存する「渋谷系」は最早この辺りでほぼ消滅といった雰囲気です。

しかし、解散したからとて彼らは音楽人。表現できることはまだいくらでもあるし、それになんか仕事無いと食えなくなっちゃう。ここからグループを失った渋谷系作曲家の「第二の人生」が始まって行きます。 

しかしゼロ年代の世の中、平成不況どころか911以降の世の中、そこはマジさが吹き荒れている環境で、明るいのはリア充ライクな適度に重低音のパーティーソングと青春パンクくらい、みたいな(誇張しすぎ)。そんな世の中に渋谷系的な軽くて可愛くてポップな感じは入っていけない…彼らはどこに向かったか。 

そう、いつの時代も可愛さが最優先されそれと反する物は必要に応じて削ぎ落とされる世界、アイドルとアニメです。 

小西康陽氏のこの方面での活躍は、とてもここですべてを網羅できるものではありません。ピチカート解散直後の収録だったという深田恭子に始まり、近年のNegiccoに至るまで、特にアイドル方面への曲提供が、リミックス仕事と同じくらいに多いです。小倉優子『オトコのコ♡オンナのコ』などはピチカートでは不可能な領域の名曲だと思います。一方、アニメの方はアイドルに比べてそこまで興味が無いのか、主題歌とかそういう類は滅多に見かけません。唯一の例外が『シュガシュガルーン』で、こちらは主題歌のみならず作中音楽も制作、イメージアルバムまでリリースしています。これ、何気にピチカート以降の小西康陽リリース(非リミックス)の中でも歌ものもインストもとりわけ纏まった数入っていて楽しめます。

また、アニソン方面では小西さん本人というよりもむしろ、ピチカートフォローワー的なものの方が目立ちます。テンポ早めで直線的でちょっとチープ、そんな小西メソッド的なサウンドが、2000年代の特に中頃からか目立つようになります。この方面の特にあからさまなフォローワーはヒャダインでしょう。遂に野宮真貴さんのセルフカバーアルバムで『ベイビィ・ポータブル・ロック』を自分色に染めてしまった辺りは本当にスゴい。

ヒャダインヒャダインのじょーじょーゆーじょー

アニメ関係での渋谷系出身者の活躍といえば、近年では元シンバルズの沖井礼二氏の活躍も重要です。彼もシンバルズ解散後積極的に他シンガー等への楽曲提供を始めていますが、近年ではとりわけ、花澤香菜竹達彩奈といった有名声優に対する纏まった量の曲提供を行っており、オシャレでかついい意味でいい塩梅に音楽性を少しこじらせた、可愛いさを渋谷系のルールで追求するようなポップソングが生まれています。 

竹達彩奈「Sinfonia! Sinfonia!!!」 

同じ方面で、ラウンド・テーブルの北川勝利氏もまた活躍が有名です。彼の場合近年の花澤香菜のプロデュースなどもありますが、それよりずっと前から精力的にアニメソングの作曲・編曲に関わっており、関わったアニメのラインナップを見ても「こっちが本職?」とさえ思ってしまうほどです。(本当に本体が活動休止してしまっていますが…)

ROUND TABLE featuring Nino「Groovin' Magic」

さて、ここまでは渋谷系側からのアイドル・アニメへのアプローチについて述べたところですが、ここからは逆に、アニメ側から渋谷系にアプローチした、そして「まるで渋谷系と同じような手法で目的に向かった」アニメ会社について書きます。 

アキシブ系、なる言葉があるそうです。この渋谷系の企画の記事を書き始めて知った単語なのですが、これはつまり「アキバ系=オタク文化」と渋谷系のミックスといった意味のようです。調べてみると、大体2006年頃に登場した概念だと出てきます。 

2007年にはアキシブ系のコンピレーションCDが発売されているようですが、その中にディミトリ・フロム・パリの名前が挙がっているのに気づきました。この人はハウスミュージックのDJで有名な方で、渋谷系の時代にもそのオシャレなトラックは渋谷系のファン層から支持されていました。 

しかしそんなことよりもこの項における彼について重要なのが、あの「ネコミミモード」の生みの親だということです。同曲は「月詠」というアニメのオープニングとして登場します。そのひたすらに可愛らしく「ネコミミ」を連呼する歌と、ボサノバ・ラウンジ感が洒落たディミトリ産トラックが掛け合わさった、異形の電波ソングでした。この主題歌を旗印として、様々な実験を繰り返した「月詠」の制作会社・シャフトと監督・新房明之氏はにわかに注目を浴びたのでした。2004年のことです。 

Dimitri from ParisNeko Mimi Mode

しかししかし、僕は単にこの一曲のみを渋谷系とアニメのクロスとして述べたいわけではないのです。問題にしたいのは、まさにそのシャフト・新房監督のタッグが、「月詠」の次に世に放った作品「ぱにぽにだっしゅ!」のことなのです。 

ぱにぽにだっしゅ!」(以下「ぱにぽに」)がどういうアニメか、一言ですべて言い表すのは困難だと思います。「萌えドリフ」などと称されることもあり、確かにその勢いのあるギャグも非常に評価が高いところです。しかしそれだけでこのアニメを言い切ってしまうのは、あまりに心苦しすぎる。 

このアニメは、まさに「月詠」を遥かに上回る「実験場」だったのです。マンガ的レイアウトもメタ視点も自由自在かつ縦横無尽に扱う画面構成、元々荒唐無稽な展開をする原作マンガをよりバカらしく展開する脚本、ありとあらゆるものからの執拗なまでの引用・パロディ。そしてそれらをひっくるめた上での強烈な「萌えのおもちゃ箱」感。 

そう、僕がここで強調したいのが、ありとあらゆる技法と荒唐無稽さとパロディといったものが、実に甘く楽しげな「可愛さ」に収束していくその構図なのです。これもまた、新房監督を先頭に、シャフトのスタッフのおじさま達が「コレクター」として生きていく中で身につけたあらゆるトピックを、「萌えドリフ・とにかく可愛くて面白いもの」という「フィルター」でもって「整然としてカオス」に表現した、表現しきったものと見做すことができます。僕はこの辺りの精神性に、渋谷系と共通するセンスを感じてやまないのです。 

ちなみに、その『ぱにぽに』の主題歌等、こちらもまた、製作者たちの「コレクター」魂と「フィルター」感が見事に合わさった、“なんでもあり”で“可愛さを追求した”名曲・佳曲ばかりです。(それでいて全曲のメロディに日本の歌謡曲に対する毛深い敬意が感じられてその辺り小西康陽的、というのは言いすぎ?) 

  • OP1『黄色いバカンス』:60年代ロックンロール風なギターや展開。 
  • OP2『ルーレット・ルーレット』:萌え分を抑えたらこれが一番渋谷系っぽいかも。 
  • ED1『ガールッピ』:ボサノバ・レゲエ・ラテン的な要素がスムーズにガールズポップに。 

特に素晴らしいのが、アニメ終盤のOP・EDを務めた以下の二曲。 

  • OP3『少女Q』:YMO直系のジャパニーズエレポップ×歌謡曲×不思議ちゃんの奇跡的な調和。哀愁のマイナー調から一気に明るいアイドル感が飛び出すサビへの見事な展開。映像も神懸かってる。 
  • ED3『ムーンライト・ラブ』:80年代アイドル歌謡の情緒を「声優力」でリミックスしてしまったような華やかで多幸的でかつどこかノスタルジックな曲調。そして打込みドラムのフィルインの視点が圧倒的に渋谷系的。 

私はここに在る/夕陽にもたれてる/遥か遠く見つめる/アイドルの少女Q

桃月学園1年C組 Feat.上原都堀江由衣)「少女Q

 

結局この記事は何が言いたいのか 

以上、渋谷系の歴史を早足で追うようで、しかしどんどん脱線・迷走を重ねた拙稿ですが、もちろんどちらかといえばその脱線・迷走の方にウェイトがあります。 

この記事の意図は、「コレクター」と「フィルター」の感覚こそが渋谷系の大事な部分なのではないか、という(ある種分かりきったことですが)主張から、だったらこれなんかも渋谷系“的”なんじゃないの?とこじつけられそうな例を挙げることでした。この記事ではわずか2例を辛うじて挙げてみたのですが、当然他にもこのテーマに当てはまるものなんて幾らでもあるでしょうし、「そもそも「コレクター」の要素も「フィルター」の要素も、アーティストなら当然持っている性質だろうが」というお叱りもあるんだと思います。 

ただ、ここで僕がひとつだけ主張したいのが、そういったアーティスト必携の性質であるこれらの要素を、渋谷系のアーティストたちが手法として整理し、作品の中で暗にしかし強く主張し、前景化させたこと、これこそが渋谷系の日本音楽史における最大の功績なのではないか、ということなのです。 そこから飛躍して、「手法こそが渋谷系」と思えたなら、今度は逆に渋谷系の側から他のカルチャーを照射して、何か創造の手法について通底するものを見つけられないかと考えました。いや言い方が偽善ぶってて良くない、つまり「おれに言わせれば、これだって渋谷系さ」って独りよがりのドヤ顔をするのこそ目的だったのでは……。

だから、または渋谷系は言ってみりゃ手法のよう。手法とは「スタイル」のことかしら。しかしこの手法には「コレクター」にも「フィルター」にも、ある種の作り手の明確な「姿勢」が必要なようにも思える。果たして渋谷系は「スタイル」なのか「アティテュード」なのか。 

そんなことをちょっと考えたりもしながら、僕も渋谷系の音楽や文化を適当に楽しんでいるのです。

人は生まれてそしてきっと誰かを愛してそしていつか死んでゆく/
そんなに悪くない/飛行機の中で観た短い映画みたいに

Pizzicato five『華麗なる招待』

 

 

おかざきよしとも(@YstmOkzk

粗挽きサーフライド