高橋徹也「大統領夫人と棺」

長かった。あまりに歪で何を書けばいいかわからない高橋徹也の音楽を紹介する上で、このYouTube全盛の時代に未だにMVがない現状については正直つらかった。昨年リリースされた『大統領夫人と棺』は7年ぶりのアルバムだったのだ。MVがなかったのも仕方がない。このMVはその『大統領夫人と棺』のCD+DVDの2枚組リニューアル盤として作られた。11月に発売されるとのことだけど、全然情報が入ってこないので続報を待ちたい。

高橋徹也を知らない人に簡単に説明すると、高橋徹也は1996年にデビューしたシンガーソングライターであり、異形の天才である。例えば世の中には求められる天才と求められない天才がいると仮定する。桑田佳祐坂本慎太郎宇多田ヒカル桜井和寿椎名林檎峯田和伸清竜人tofubeatsなど誰でもいいけれど、とにかく僕やあなたが考える様々な天才がこの世には存在し、彼らは途方も無い音楽の才能を持ち、それを生かしている。にもかかわらず、その人たちの音楽には売上や受け入れられ方、もしくは世間一般での評価という様々な項目によって区分されていく。その上で残念ながら、高橋徹也は世間一般での成功を手に入れるタイプの天才ではなかった。

それならどうして僕が彼を天才だと認識できるのか。敢えて言うとしたら、彼は他に誰にも真似できないオリジナルそのものだからだ。

この「大統領夫人と棺」は非常に歪である。前半はポエトリー・リーディングとも言うような語りで、物語の主人公となる大統領夫人の現状と、突如自分のなかで世界が一変するのを感じ取ることを描写する。ここで歌われていることを僕なりに解釈すると「自らの意識次第で世界は急なタイミングで変化し、僕らは決断を迫られる」ということである。しかしそれはある意味、当たり前の話だ。どんな時代に生きていようが、どんなに無責任に生きていようが、誰だって決断に迫られる。

だがそれなら高橋徹也はどうして「大統領夫人と棺」を題材に選んだのか。それは彼の音楽性がそれを求めたからだ。ロック、ジャズを基調としたその音楽性は、例えばスカパラ、EGO-WRAPPIN、SOIL&”PIMP”SESSIONSといったバンドとは似ても似つかない。彼がシンガーソングライターであることも影響しているだろう。実際、即興性はあまりなく、むしろロックに近い。しかしフォーク色が強いわけでもなく、コール・アンド・レスポンス的なノリや、平和主義的思想とも無関係なところを考えると、ロックに近いのかさえ釈然としない。

つまり彼は純粋に、高橋徹也にしかできない音楽を鳴らしているのである。ゆらゆら帝国であろうとソロであろうと、坂本慎太郎の音楽は坂本慎太郎でしかない。それと同じように高橋徹也の音楽はどこへ行こうとも高橋徹也の音楽なのである。言葉の美しさ、音の重なり、グルーヴ、どれをとっても一級品だ。この一年彼の音楽を追い続けた上で言えることは、僕は彼の音楽をもっと聴いていたいということだ。

今、彼はメジャーレーベルで活躍していた頃とは別の最高到達点にいるのは間違いない。それがこのアルバムに収められた「大統領夫人と棺」や「ハリケーン・ビューティ」を聴けば誰にでもわかるだろう。続けることの重み、そして一緒に歳を重ねて来た仲間との演奏、そしてそこに新たな風を送り込んだ菅沼雄太のドラムは本当に素晴らしかった。はじめて聴いた時、シンガーソングライターでありながら、ここまで美しいグルーヴを作り出せることに本当に驚いた。

この作品は時代に迎合していない。だから今熱狂的に受け入れられるかはわからないし、多分そうはならないだろう。でも一度出会えば一生の付き合いになる。僕にとっては中納良恵のソロアルバム『ソレイユ』と同様に、聴く時代と無関係に輝きを放つアルバムだと思う。この機会にぜひ。時期を逃すと本当に高値がつくので。

 

追記(11/9)リニューアル版のアルバムの発売には12/17に決定とのこと。

 

 

ぴっち(@pitti2210