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『君の名は。』を聴く RADWIMPSと新海誠の結びあい

コラム

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君の名は。』、大好評である。

新海誠の監督作品が好きで、2007年の『秒速5センチメートル』から観ている身としては期待していたし、主題歌がRADWIMPSという点も良きマッチングだと思っていた。何を隠そう、当時の僕の周りの友人ら(サッカーサークル)は、RADWIMPSをはじめとするROCKIN'ON JAPANに掲載されるようなロックバンドと深夜アニメ、どちらも好んで観ているような人が多かった。

10年も前から自分の周りの人たちが好んでいたものがこうして社会的に注目されるようになったことに驚いている。けど新海誠の作風が大きくヒットを飛ばすこと、それ自体は何も不思議ではない。

正直、今作を観るであろう人は、新海誠監督ファンやアニメファンよりも、RADWIMPSファンを筆頭にしたロックファン、野田洋次郎の動向を注意深く追いかける方が多いと思っていた、公開2週目頃までに観た人の多くはそうではないだろうか。だから少し極端だが、そのような普段新海誠の作品を知らない人たちが、この作品に出会ってしまったことでバズを引き起こしたのではないか。

あるいはこうも言えるだろう。RADWIMPS新海誠それぞれの世界観が、互いが互いを拡張し、その世界に観る人を引き込んでいったのだと。

 

RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』の衝撃

RADWIMPS3~無人島に持っていき忘れた一枚~

RADWIMPS3~無人島に持っていき忘れた一枚~

 

彼らの音楽を初めて聴いたのは2006年に発表された3rdアルバム『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』だった。

その頃の印象はよく覚えている。軽快かつノリが良かったこと、それである。

彼らの特徴であるミクスチャーロックを基調としたRAD流のサウンドは、軽快かつノリノリに奏でられていた。そこには愛や恋といった根明のモチーフが、独特の言い回しですっと耳に滑り込み、リスナーの心を動かした。それが彼らが人気を掴んだ一番の理由だ。

そして野田洋二郎が、ボソボソと寂しいことや暗いことを多少ひけらかして歌っても、こちら側が「その通りだ」と思ってしまう理不尽さがあった。これを知らない人が見れば「なんでこの言葉に琴線が触れるの?」と言いたくなるだろう。だが、俗に言えばポップ・ミュージックならではのマジックが彼らにはあったと言える。

 

『絶体絶命』『×と○と罪と』の葛藤

絶体絶命(通常盤)

絶体絶命(通常盤)

 

彼らの最高傑作であり、転機となった作品といえば『絶体絶命』だ。

それまでの彼ららしい軽快さに、「携帯電話」でのカントリー、「G行為」でのヒップホップ、「狭心症」でのブルースといったように、様々なサウンドを彼らの流儀で奏でているのが耳に残る。収録曲すべてがノリノリかは疑問符が付くところだが、エモーショナルを軸にすれば、このアルバムは過去最高の爆発度を誇る。抑えめと強め、ハードさとソフトさ、シャープさとナイーブさ、そういったサウンドの抑揚が明確なのだ。

狭心症」はその点において白眉の出来だ。 「いっぱい」という言葉がこれほどまでに重々しく聴こえるのは、野田の呟く声と楽曲の良さ、何より抑揚の利いたサウンド、それらが織り成す魔法に他ならない。

歌詞については一悶着二悶着、ファンの間では賛否両論の節もあるだろう。野田が「たった1人の女性への愛情表現のためにアルバム4枚を費やした」と語るのを考慮すると、前作『アルトコロニーの定理』の時点ですでに野田はその女性と別れているということになるだろうか。

綴られた歌詞には「自分の世界」と「キミの世界」の繋がりを念頭にした視座のままだが、根の明るさは皆無だ。はっきり言えば、根暗と言っていい。

「キミ」とハッピーエンドを迎えることはなく、それ以前に「自分」は一人きり彷徨い続け、アイデンティティーを模索し続ける。「狭心症」のリアリティは異常な影となって心を突き、「G行為」の自己が錯乱していく様は歌声とサウンドが相まる。その様はエミネムに瓜二つ、あらゆる経験を経た自身の半生そのものをしたためたようでもあった。

こうしてみると、彼らの音楽へのストイックな姿勢と野田自身が抱えていたヒリヒリするほどのリアリズムが浮き彫りになったアルバムなのがよくわかる。

しかし、なぜ彼らはそこまでしてストイックかつリアリズムに傾倒していったのか?その点についてはここで語られているとおりだ。

僕があのアルバムで見せたかったのは、あくまで平和ボケした、何の保証もないところに成り立っている絶対的な安心感への問いかけだったんです。戦争から60年以上経って、何かが淀んでるのに、必死で隠して、澄んだ空気の中で生きてるような顔をしている。
(『papyrus』2011-10-28 特集「新しい時代の入り口で思うこと」より)

5年経ったいまから振り返ってみても、この危機意識についてはまさにズバリと言い得ていると言える。2010年代の日本では社会的な問題に対するデモが頻発している、現政府への不信感を野田自身が語ったことはないが、社会事象を考えてみれば理解できる。

同時に彼はこうも言っている。

僕が見せようとしていたことを、あの大地震がもっと大きなインパクトで実際に見せてしまったんです。

RADWIMPSファンなら言うまでもないが、彼は毎年3月11日に鎮魂と慰霊の意味を込めて楽曲をアップロードしている男だ。そんな彼にとって、東日本大震災は一種の嫉妬対象なのだろう。それが野田洋次郎なのだ。

その後、彼の作品で、この志向性を端的に示している曲がある。「五月の蠅」だ。

当時付き合っていた彼女と別れたことがきっかけになった曲とも噂されているが、いま話している筋に算してみれば、彼にとっては神とも語っていた「キミ」をぶっ殺すのがこの曲、大々的なまでの神殺しだ。ある意味では、一神教から抜け出て無神教徒としてその身ひとつで生きることを歌うようになる。

同曲が収録された『×と○と罪と』には「キミ」への直接的なラブソングはない、自分自身を鼓舞するような言葉が嫌悪と憎悪が入り混じったヘイトとともに歌われる。90年代のMr.Children、00年代のBUMP OF CHICKEN、彼ら2組が一時期通った自己内省と自己強化と同じような道筋を、彼らはこの作品では示しているようでもある。

 

新海誠との出会い 『君の名は。』を聴く

新海「直接的に震災を描いてはいませんが、僕らには、知識や体験として震災がある。2011年以降、僕も含めて、多くの日本人が「明日は自分たちの番かもしれない」あるいは「なぜ(被災したのは)自分たちじゃなかったんだろう」という思考のベースに切り替わっていったように思います」
(中略)
「あの震災を物語の中心に据えよう、真正面から向き合おうと思ったわけではありません。自分の身近な出来事として感じてもらえる物語を書こうとしたときに、フィクションでありながらも、確からしさを感じさせる舞台装置だった、というのが正直な気持ちですね」

代表作と目される『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』、いや『ほしのこえ』『星を追う子ども』も、新海誠がやりたかったことは通じている。

たったひとりの女性への愛情表現、キミに向かう眼差し、ボクに向かってくる眼差し、その眼差しに応えるための葛藤と結実にまつわる物語を描くこと。それはRADWIMPSがデビューした勢いそのままに描いた『RADWIMPS』の4作にも通じる作品性だ。

RADWIMPS新海誠、アニメと音楽とそれぞれのフィールドではあるが、表現のベクトルも、手を抜くこと無く描き抜く姿勢も、彼らはとても似ている。

新海氏が以前からRADWIMPSが好きだったことがきっかけになり今回の登用になったわけだが、2011年3月11日以降にかかえていた重み/バックグラウンドや彼ら二組の似通った作風を見てみると、まるで運命的な出会いだったようにも思える。 

君の名は。」の作品評はnoteにも書いた。よろしければ読んでみてくれるととてもうれしい。

ラストシーンに至るまでのドラマを見届けて、「なんでもないや」がエンディングに流れるなかで思うのは、今作で新海誠が描いたのはラブストーリーの皮をかぶってはいるものの、自然と起こりうる人間の記憶の忘却に対、人と人との結びつきをもってして抗う姿だったのではないだろうか。

特に、今作の2人が互いに対する記憶を無くしても、好きという気持ちそのものを無くしてもなお、互いを大切な存在と捉え、出会おうとする点を見過ごしてはいけないだろう。好きだ惚れた付き合ったで終わるような単純なるラブストーリーの枠組みでは語れないと気づいたとき、バックグラウンドに潜んだ悲しみが顔を向ける。

もう一度断っておくが、本作は恋愛劇をメインにした作品だ。しかし僕にはどうしても、彼らが東日本大震災に対して、またはそれ以降の2010年代の日本に対して1つのアンサーを示したように思えて仕方がない。それはまさに「心が体を追い越していく」ようでもある。

この感覚に火をつけるのは、紛れも無くRADWIMPSの楽曲だ。 

君の名は。(通常盤)

君の名は。(通常盤)

 

RADWIMPSはロックバンドである、そんな彼らが主題歌だけではなく映画の劇伴をも務めている。「なんでそんなことまで彼らが手がけるんだ」と思う方も多いのだが、こう思う人もいるだろう、「えっ!?劇伴もRADWIMPSが務めていたの!?全然気が付かなかった」と。

確かに「夢灯籠」「前前前世」「スパークル」「なんでもないや」は今作の起承転結に置かれつつ、その前後の劇中のムードをこれでもかと吸い込んでいる。「歌声が鬱陶しい!」という声もあるが、彼が歌う「たった一人の相手へ向けられた眼差し」は今作をより色濃く彩っている。

さらにおもしろいのは、20曲以上もあるBGMそれぞれに、これまでのRADWIMPSディスコグラフィでは表現しきれなかったサウンド感を収めた楽曲が多数あることだ。

弦楽器とアコースティックギターとフルートがきらびやかに交差する「三葉の通学」、ハネるように叩かれるピアノ鍵盤と室内楽楽器がゆるふわな空気感を演出する「糸森高校」、弦楽器がグイグイと聴く人を吸い込むようにスラーした音色を聞かせる「はじめての、東京」などは、これまでのRADWIMPSの楽曲からは想像できないクラシックとカントリーミュージックの質感が彼らの流儀で奏でられている。(とはいってもここらへんの楽曲は野田が一手に引き受けているように思えるが)。「口噛み酒トリップ」「町長説得」でのアンビエントなトラック、「作戦会議」でのマスロックなバンドサウンドも見過ごせない。

また今作にはピアノのイントロが非常に多い、男女の恋愛模様をピアノで描くという古風な風合いはこの作品でもやはり軸であるが、RADWIMPSの楽曲でここまでピアノが前に出てくることはなかった。

先に「RADWIMPS新海誠それぞれの世界観が、互いが互いを拡張し、その世界に観る人を引き込んでいったのだ」と書いたが、今作は劇中のストーリー進行と楽曲収録が同じ点がそれにあたる。作品を思い出しながら「これはあの時のシーンだ」なんて思い出しながら聴き浸ることができる。

それらがもっとも結実しているのは「スパークル」だろう。この曲、8分54秒のうち4分近くを間奏が占めており、その弦楽器とピアノと柔らかい打突音が織りなすアンビエントな磁場は、野田洋次郎の歌声とともにしてなんの違和感なく約9分間のマジックを発する。

彼らRADWIMPSは一体この後どうなるのであろう。

「五月の蝿」で「キミ」をぶっ殺した彼らが、改めて今作で「キミ」に向けて歌った、そこに彼らの成長を読み解ける。自身に内在する物語ではなく、新海誠の物語に触れることで、自身とは関係のない架空の物語を生み出すことに面白さを感じられるようになれたとしたら、ポップミュージックを生み出す彼らの一つの成長といえるのではないだろうか。

2016年11月23日、タイトル未定の8枚目の作品が、いまから待ち遠しい。その時、ようやく彼らは革命前夜ではなく、革命当日を歌えるのではないか?

 


草野(@kkkkssssnnnn

焚吐「ふたりの秒針」

曲紹介

今年の5月に発売したこの「ふたりの秒針」はシンガーソングライター焚吐の二枚目のシングル。アニメ『名探偵コナン』のエンディングテーマとして流れていたので、聞いたことがある人も多いのではないだろうか。

そもそも焚吐とは?という方のために少し紹介を。

焚吐は去年12月にシングル「オールカテゴライズ」でデビューした19歳のシンガーソングライター。デビュー作もアニメ「ヤングブラックジャック」のエンディングテーマに起用された。また、7月にはタワーレコード池袋店限定のシングル「人生は名状し難い」をリリースし、池袋パルコで計60公演の路上ライブを観覧フリーで開催。多くの人が足を止め、限定シングルも完売となった。

デビューした当初から彼の歌を聴いているが、その魅力はなんといってもその歌声。一瞬女性の声かと思うほど透き通り、低音も高音もよく響くその声は評価が高く音楽情報サイトや雑誌などでは「ガラスの歌声」と称されている。

そんな焚吐の2ndシングルは初のラブソング。

アニメ「名探偵コナン」の登場人物やストーリーを視野に入れたこの歌詞には「どんな事にも欠落しているところがあるからこそ、それが合わさる事で肯定できるようになる」という意味が込められているという。

個人的な感想になってしまうが、途中「君の事を想う事が欠かせない僕の一部になった」という歌詞がある。

私はこの歌詞にグッときてしまった。歩んできた道や経験、いい思い出も嫌な思い出も全てが今の自分になっているように、ある人を想う事でさえも自分の一部になっている。それが家族でも友人でも恋人でも。対象に関わらずいろんな人がそうなっていると思う。わかってはいてもそれを常日頃考える、というのはほとんどの人がしないし、この歌詞を初めて聞いた時改めて気づかされ、はっとしてしまった事を今でも覚えている。

またこの曲はメロディも、ゆったりとしていながら一度聞いたら耳に残るがしつこくない心地よさで歌詞に寄り添っているという印象。サビに入るところは決してうるさいわけではないのに開放感があってすっと抜けていくような感じがある。

ここまで個人的な感想を多めに述べてしまったが、この文章を読んでくださった方にはぜひ聞いてほしい。

このシングルはカップリングの「てっぺん底辺」(こちらもMVがある)を含む2曲入りで販売されている。

また、ショートバージョンではあるがMVがある。映像も秒針や時計の歯車を想起させるスチームパンク調で曲のイメージにうまく入り込んでいる。

10月には1st EP「トーキョーカオス」が発売されるほか、11月4日に池袋でのワンマンライブも決定しているので、気になった方はぜひ。

 


eve

深化・進化が止まらない カラスは真っ白

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相対性理論パスピエなど、女性のゆるふわウィスパーボイスのバンドが少し前からちょっとブームになってますね。パスピエなんかは最近メディアへの露出も増えてきてまさに人気バンドへの仲間入りしたように思います。

そこでぜひ紹介したいのが、カラスは真っ白

ボーカルのヤギヌマカナさんの優しく芯のあるウィスパーボイスと、バンド陣の鋭くも野太いサウンドが絶妙にマッチしたファンク・ポップバンドです。

最近はアニメ「ニンジャスレイヤ―」のEDやゲーム「SHOW BY ROCK」などに楽曲を提供していて、じわじわ人気が出てきているそう。

もっともっと有名になってほしい。ぜひ聞いてください。

基本的に彼女らの音楽はカッティングやスラップベースを主としたファンク色の強いものでしたが、最近本当に様々な世界を見せてくれます。

ファンクというと、かの有名なブルーノマーズのUptown Funkのような、黒人音楽というイメージが強いですね。

真逆。

サウンドはたしかに力強いかもしれない。ただ、ヤギヌマさんの声、そして彼女が詩に映し出す世界が王道ファンクから「カラスは真っ白」という独自のジャンルを生み出しているような感じ。

YouTubeにある各アルバムのリード曲を紹介していきます。

あんまりレビュー書かないので文章下手ですし感覚的な表現が多くなってしまうけど、これ読んで興味がわいてくれたら一ファンとしてうれしいです。

 

ハイスピード無鉄砲

最初のアルバム「すぺくたくるごっこ」から一曲。

これ、ファンクっていうのかな……。

上では偉そうにファンクを語っていますがジャンルの区分についてはそんなに詳しくはないんですよね(ぇ

ただ、ヤギヌマさんの声と、鋭いバンド隊の音はわかってもらえると思います。

ちなみに同アルバムでは「スーパーウルトラミラクルファイヤーサンダーエキセントリックダイナマイトスパークセンチメンタルハレーションミラーひみつきち」という曲がファンク感出てて最高にクールです。

と、探したらYouTubeにありました(歓喜)。ぜひご賞味ください。

何作か聞いてみるとアーティストの1stアルバムってどこかぎこちないなぁとかよく思うんですけど、彼女らはもう1stアルバムで自分たちの音楽がきっちり表現できてますね(何様)

ちなみに私はこの次のアルバム「かいじゅうばくはつごっこ」はファンクという視点でカラスは真っ白の最高傑作だと思っています。

その中から2曲を抜粋。

 

メニー・メアリー

このアルバムはお遊戯会や発表会など何かしらステージ上でのパフォーマンスを感じさせてくれる雰囲気がテーマだと勝手に思っています。

まさにMVも人形劇のような仕上がりになってますね。曲調もちょっと子供の劇曲というか、子供部屋でかかってそうな音楽です。

しかしヤギヌマさんはこの曲を「子供のお遊戯」では終わらせません。歌詞を通して少しニヒルでイタズラチックな雰囲気の言葉がずらり。

いたずら人形劇を引き立てるように、メロディも2ndアルバムにして洗練され尽くしています。

カラスは真っ白が好きな理由として、MV、歌詞、音楽すべてがリンクしているところ。

この曲もMVでかなり曲の雰囲気をつかむことができるのではないでしょうか。

逆に、ヤギヌマさんの紡ぎだす歌詞を少しでも理解するならば、映像による世界観の補助は欠かせないと思っています。あとに紹介する「ヒズムリアリズム」で映像を含めたカラスは真っ白を自分なりに説明したいと思います。


サニー・サイドアップ

このファンク、最高じゃないか。ギターのカッティング、ベースのスラップ、そしてアウトロのトランペット・トロンボーン・サックス。サニー・サイドアップって目玉焼きの調理法?ですよね……。残念ながら私は歌詞とのつながりを見出すことはできませんでしたが、MVではヤギヌマさんのバックで楽器隊が目玉焼きになっていますね。ちなみにヤギヌマさんはパンダが大好きらしい。

わりとこの曲でカラスは真っ白×ファンクが伝わるのではないでしょうか。

Youtubeにアップロードされている曲しか紹介できませんが、他にも同アルバムには

「かいじゅうファンク」「秘密警察」「かげふみスクイズ」「ごめんね、マッカーサー」など、本当に名曲ぞろいです。私はカラスは真っ白を他人にお勧めするときはこのアルバムをまず聞くように言っています。

 

fake! fake!

3rdアルバム「おんそくメリーゴーランド」のリード曲にして、カラスは真っ白の代表曲。

植草航さんというアニメーターの方がMVを制作されており、このかわいらしいMVは彼女らの代名詞にもなっているのではないでしょうか。

「かいじゅうばくはつごっこ」の曲たちと比べると露骨なファンク・グルーヴ感はない。びっくりしたのが、途中でヤギヌマさんのセリフが入るところ。

いや語りパートを突っ込んでくるのは最近のサブカルバンドとしては常套手段だとは思う。賛否も分かれるでしょう。私は最初この曲が好きじゃなかったし、初めてカラスを聞く人たちにこの曲はお勧めしない。ただ、アニメMVを含めた一つの作品としてはこれが彼女らの原点なのかなぁ、とかも思ってしまう。

 

HIMITSUスパーク

www.youtube.com

前作のアルバムとは打って変わって明るくポップな仕上がりになったのが4thアルバム『HIMITSU』

ファンクは抜け、変わりにちょっとしたエレクトロポップにシフトしました。

MVを見て一目瞭然ですが、スパークにふさわしい黄色がメインカラーのアルバム。

このアルバムやアニメMVに関しては本人たちと植草さんらによるインタビューが掲載されているのでそちらを見た方が早い(放棄)
どうぞ

こちらも

こちらはより各曲のテーマに焦点を当てています。

頭の中をつんざく音が印象的で、今やHIMITSUスパークに代表されるこの疾走感はファンクとともにカラスは真っ白を表すキーワードとなっていると思います。

 

ヒズムリアリズム

また変わった。この人たちの音楽はとどまることを知らない。担当のアニメーターは植草さんではありませんが、また素晴らしいMVを制作されていますね。物語は、頭の中の、オモテとウラ。ギュインギュイン掻き回すギターは、脳内の世界が歪んでいく様子を的確に表している。オモテとウラを描くサビ後のキーボードパート、ここ本当に脳みそ溶けちゃうと思った。そして後半パートへと続く。一瞬にして静まり返ったあと、ベースの音が底から聞こえてくる。一気に曲が変わる、変拍子だ。頭がさらにごちゃごちゃになる。表裏バラバラになったものが、まとまっていく。最後オモテもウラもシロもクロも関係なくなったとき、最高に気持ち良い瞬間が待っている。

初めてこのMVを見終えたとき、しばらく画面から離れることができませんでした。

この曲が収録された「ヒアリズム」というアルバム、このダークでサイケな曲調が統一されているかと思えば、全然そうではない。

最後を飾る「ニュークリアライザー」なんかは、彼女らには珍しい、とてもストレートでさわやかなロックに仕上がっている。

それだけじゃない。「night museum」「RADIOPHONE」では、男性の歌声が入っているではないか。今までヤギヌマさんのウィスパーボイスが一番重要な要素だと思っていたのに、意外としっくりくる。このアルバムはかなりお勧めしたいですが、ぜひ過去作を一通り試してから聞いていただきたいと強く思います。たった7曲に今までを基盤にしたカラスは真っ白の進化が濃くにじみ出ている。

 

いかがでしたでしょうか。

好き嫌いが分かれるバンドかと思います。しかし聞けば聞くほど、見れば見るほど、彼女らの音楽の奥の深さは虜になります。今流行の音楽とは全く別次元に生きている彼女らの世界に、ぜひ踏み込んでみてほしいですね。9月末に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」というフルアルバムが発売されます。

最後にそのアルバムからの一曲、「魔法陣より愛を込めて」


 

まこ(@bacchusoishi