王舟『Wang』

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上海生まれ日本育ちのシンガーソングライター王舟の1stアルバム『Wang』についての合評です。多数の東京インディーを代表するミュージシャンが多数参加し、3年という製作期間をかけて作られた傑作です。一人でも多くの人が聴くきっかけになれば、変な書き方だけど、おもしろいことになる気がするのね。もっと多くの人に届くべき音楽だと思います。みんなで聴こうよ。(ぴっち)

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すごく自然体な和製カントリーミュージック、と言って終わらせてしまってもいい気のする、東京のシンガーソングライター・王舟の1stアルバム『Wang』。トクマルシューゴと関連があるということで言ってしまえば、こういう単純にグッドミュージックって感じの人が作品を重ねていって、作品の差異について語るのは、より専門的な知識とか作者自身の言葉とかがないとなかなか難しそうだ。

カントリーミュージックといえば、日本の音楽には(一部の音楽好きにおいて)重要な先人がいる。細野晴臣その人である。

ここらあたりに住み着きませんか
あそこを引き払って
生で聴けるからカントリーミュージック
(ぼくはちょっと) 

彼が在籍したはっぴいえんどもカントリー要素は強い(バッファロースプリングフィールドからの影響と本人たちが語っていたか)が、それ以上にカントリー色が強いのがはっぴいえんど解散直後のソロ1枚目『Hosono House』である。大瀧詠一はっぴいえんど在籍時)のエキセントリックさが抜け、より単純に“良い歌”“良いフィーリング”に溢れた同作をはっぴいえんど以上に評価する人も少なくない気がする。

既に大概指摘されていることではあるが、王舟の今回のアルバムと『Hosono House』はどこか陸続きな感じがする。王舟が英語詞が多く(日本語詞のものもある)、細野さんのは日本語びっちりであるにも関わらず。そもそも、英語でナチュラルにカントリーミュージックをやれば、そのまま殆ど洋楽になってしまいそうなものである。しかし、(例が極端かもしれないが)例えばニール・ヤングジョニ・ミッチェルからロン・セクスミスに至るまでのカナダ系のカントリー(要素もある)ミュージシャンの質感と比べると、王舟のそれは大きく異なっている感じがする。

日本の、とりわけ近年のフォーク・カントリーミュージックで感じるのが、漂白感。本場アメリカのファミリー感とか、もう一方の殺伐さとか、そういったものが削がれ、より純度が高く、都市の生活(こういう場合の“都市”とは大抵東京のことであるが)からの遊離性が強い。純音楽感というか、エレクトロニカとかとの共振性が高そうな感じ、というか(ジム・オルークの作品とかその辺の中間っぽさあります)。そういった方面への進化というのは、もしかしたら日本特有のものではないか。“日本発の無国籍音楽”感というか。そしてその進化の原点こそ『Hosono House』だという見方は、批評的な厭らしさはあるがそこそこの妥当性もある気がする。

話を王舟に戻せば、このカントリーミュージックはまさにそういったスタイルの先端だ。ディキシーだとかラグタイムといった豊かな音楽的滋養がここではすっきり整理され、非常にナチュラルに土の香りがするようになっている。時間を3年かけて制作されたのは、無理に絞り出そうとすると失われる純度を保つため、自然に音楽が溢れ出してくるのを待ったためではないか、とさえ思う。単純にいい歌いいリズムいい演奏。皆でゆるやかに演奏するのが楽しい、そこから自然にわき上がってくる感覚だけを抽出した作品、という風に感じる。

しかしそんな楽しく作られてそうな作品であると同時に、上記の漂白感も、強烈に作品中にあり、色んな雑然とした景色や感情を取り除いた結果の、忙しない都市生活から遊離しきったことによる“寂しさ”みたいなものも強烈に感じさせる。同じ感覚のするトクマルシューゴ諸作と比べても、トクマル氏がファンタジーな感じが比較的強いのに対し、王舟の今作はファンタジーな感じはそこまでしない、しかしナチュラルに都市にもいない感じ、かといってキャンプで大勢集まってイエーイ、って言いながら聴く感じでもない。聴いてるときの立ち位置の漂白、不思議な孤独感。

個人的にこの作品はやはり、「Thailand」のPVのように、海辺で聴くと良いのだと思う。それも人気の少ない真夏の海。そのためのリリースタイミングのようにも思えるし、そんな場所を探すために安い中古車のひとつでも買って(維持費とかそういう野暮なことは考えない)、休みを取ってどこか行きたい、そんな気持ちに自然とさせられてしまった。

 

 

おかざきよしとも(@YstmOkzk

粗挽きサーフライド

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王舟「Thailand

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弾き語りだと思っていたらオーケストラだった。そんな感じだった。

王舟の音楽を位置づけるとすれば、弾き語りを中心としたフォークと00年代以降のチェンバーポップに、オリエンタル及びジャズの要素を付け足した感じだと思う。そういう意味で言うとボブ・ディラン、『ワルツを踊れ』以降のくるりDirty Projectorsトクマルシューゴあたりの音楽を思わせる。だけどこのアルバムを最後まで聴いた上で、真っ先に僕の頭に思い浮かんだのは『Rubber Soul』や『Sgt.Peppars』期のビートルズだった。

別に既存のロック(もしくはフォーク)とクラシックの融合の話をしたいわけではない。基本的には弾き語りで成立するささやかなタイプの音楽だと思う。本人の「上海生まれ日本育ち」という出自、それから「日本語と英語の使い分け」「インディーフォーク/オリエンタルな音楽性」など、これらの要素だけですでにオリジナリティが確立している。

しかし日本の10年代のチェンバー/インディー・ポップのミュージシャンを揃え、管楽器を含む豪華なバンド編成で、過剰に音数を配置すること無く、絶妙なバランス感覚で厚みのあるチェンバーポップを実現したことは途方もなく素晴らしい。全曲素晴らしいけれどラスト2曲の「とうもろこし畑」「Thailand」は特に凄い。10年代の感覚でビートルズの「A Day In The Life」に並ぶインディーフォークとクラシックの融合を果たしている。これはクラシックの要素を「ストリングスの導入」でしか解決しようとしなかった00年代までのバンドでは到達し得なかった偉業だと思う。

 

 

ぴっち(@pitti2210