ネットの音楽オタクが選んだベストアルバムの2010-2022年のまとめ

「ネットの音楽オタクが選んだベストアルバム」の過去13年分*1と番外編の記録をまとめました。各年の記事のリンク、及びベストアルバムのジャケットとベスト50の記録をまとめてあります。また番外編の企画の記録もまとめました。長いので目次もつけました。企画の変化について若干の説明も書いてあります。また記事の終わりには各年のデータも用意しました。ぜひお使いください。

 

*1:2023/11/7 更新しました

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結束バンド『結束バンド』

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結束バンドのアルバム『結束バンド』をずっと聴いている。2020年代のコンセプトアルバムとして金字塔と言える作品だと思う。

作曲にはLiSAの「紅蓮華」を手がけた草野華余子、音羽ZAQといったクリエイターから、日本のロックの当事者であるKANA-BOON谷口鮪、tricotの中嶋イッキュウthe peggies北澤ゆうほが参加した。それらの楽曲をLOST IN TIMEやla la larksの三井律郎、ONE OK ROCKサウンドプロデュースでも知られるakkinがアレンジし、彼らを核とした固定のメンバー4人が演奏した。アニメからアイドル、YouTuberからロックなど幅広い音楽性を下北沢ギターロックの職人たちが仕上げているのが今作の特徴だ。

だから聴いていると2000年代の、いわゆる邦ロックと呼ばれる音楽の歴史を追体験している気持ちになる。メンバーの名字の由来となったアジカンをはじめ、バンプやテナー、バンアパUNCHAIN、それからtricot、赤い公園KANA-BOONといった国内のロックを聴いていた頃の記憶が刺激される。それらの音楽が現代の声優の歌と交わるのはたまらなく刺激的だ。

ちなみにアルバムで屈指の人気を誇る「星座になれたら」についてthe band apartの影響を指摘する意見が多々見かけたが、アレンジャーの三井は座談会でデモにはエレピが入っていてアレンジに悩んだことを吐露している。

「星座になれたら」のデモもエレピが入っていて、「どうしたらいいんだ……」と思いました。*1

バンアパが直接の参照元になったわけではない証拠と言える発言だが、むしろエレピが入るテイストの楽曲(ジャズ?)をギターロックにするとバンアパらしさが出ることを再発見したことに価値があると思う。まさに僕らはこのアルバムであの頃のロックの進歩を追体験しているのだ。

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またこのアルバムは、アニメの先の結束バンドのひとつの可能性を描いた内容になっている。このアルバムには全14曲が収録されているが、実際にアニメの中で彼女たちが演奏した楽曲は4曲しかなく、名義こそ結束バンドではあるものの主題歌やイメージソングで構成されている。だが、今作はその4曲を出発点として、結束バンドがこれらの楽曲を作りうる可能性を提示し機能させている。その中核を担ったのがシンガーソングライターの樋口愛(ヒグチアイ)とZAQだ。ここでは樋口愛が手掛けた3曲を比較する。

あのバンドの歌がわたしには
甲高く響く笑い声に聞こえる
あのバンドの歌がわたしには
つんざく踏切の音みたい
(あのバンド)

「あのバンド」は第8話で実際に演奏された。この曲は主人公である高校2年生の陰キャラの後藤ひとりが書いた歌詞として違和感のない仕上がりだ。それが「ひとりぼっち東京」ではこう変化する。

さみしがり東京
みんなひとりきりなんだ
だからまた誰かと繋がり合いたいの
なんだっていいよ 好きなものや事ならハッピー
絶対共通言語があるよ
(ひとりぼっち東京)

陰キャ自体は変わりないが、後藤はこの曲においてメンバーの存在を素直に肯定している。そこに成長を感じるし、時系列的に数年は経過したと想像してしまう。そして「青春コンプレックス」ではさらなる成長を感じさせる。

かき鳴らせ 光のファズで 雷鳴を 轟かせたいんだ
打ち鳴らせ 痛みの先へ さあいこう 大暴走獰猛な鼓動を
衝撃的感情 吠えてみろ!
(青春コンプレックス)

ここまで来ると結束バンドはかなり売れっ子になっている印象なのだが、はたしてそのような未来が来るのだろうか?でも想像させられるのが楽しい。同様に山田や伊地知がボーカルの「カラカラ」や「なにが悪い」はどういう経緯で作られたのか、作詞は後藤以外の誰かなのか、実際には谷口鮪が手掛けた「Distortion!」を後藤が書く未来が来るのか、そんな妄想が止まらない。そうさせるように言葉と音が紡がれているのが本当にすばらしい。

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結束バンドの『結束バンド』はアニメ、アイドルからロックを下敷きにした楽曲を本職の下北沢ギターロックの職人がアレンジし、そこに作品の声優が歌を入れた大クロスオーバーと言える作品だ。2000年から2010年代にかけてのいわゆる邦ロックを入り口に、架空の存在である結束バンドの現在と可能性としての未来が提示される。これは2020年代の『Sgt. Peppars』でもあり『Random Access Memories』だと思う。

このアルバムを聴いているとアーティストが作曲やボーカルでアイデンティティを見出す時代は終わりつつあるように思える。「結束バンド以前/以降」と呼ばれる可能性もある大傑作だと思う。何年でも待つので『結束バンド Ⅱ』をどうか何卒🙏


ぴっち(@pitti2210)はこのブログの管理人。ベストアルバムの集計中はこのアルバムに大変お世話になったけど、記事では書き手が集中したのでこのタイミングで書いたらまとめるのが本当に大変でした。

君島大空『映帶する煙』

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君島大空の1stアルバム『映帶する煙』を聴いた。

これまでリリースされた『午後の反射光』『縫層』『袖の汀』の3作はどれも28分以内のEPという扱いで、今作が正真正銘の1stアルバムとのこと。

タイトルの『映帶する煙』の「帶」は「帯」の旧字体で、「映帯」とは「相互にうつりあうこと」を意味する。つまり『映帶する煙』とは「煙が相互に映り合うこと」、もしくはその状態を意味するのだと思う。

楽曲の作りについては2通りある。1つ目は合奏形態と呼ばれるもので、石若駿、King Gnuの新井和輝、それから西田修大を加えた編成になる。今作では「19℃」「都合」「No heavenly」がそれにあたる。もう1つは君島大空本人が様々な楽器を演奏しているもので、そこに石若駿が加わったり他の人が加わることもある。

作品を聴いて小林武史が手がけたLily Chou-ChouYEN TOWN BAND、もしくは初期の椎名林檎、それからharuka nakamuraを思い出したが、彼が参照しているかはわからない。してない気がする。

歌詞については、わかるようでわからないというのが正直なところ。例えば「19℃」を取り上げると、

この世の果ての狭い部屋に流れ着いて
ふたり、頬を寄せて暮らせたら

喋らなくていいよ
数えなくていいよ
歩き疲れた僕らふたりきり
喋らなくていいよ

(19℃)

気持ちはなんとなくわかるのだが、状況はまるでわからない。「この世の果ての狭い部屋」ってなんだろう?とか、数えるって何を?とか。もちろんこれはただの歌詞で、状況がわからなくても構わない。だけどアルバムを通して聴くと「作られた空」「古い海」「扉の夏」「夏の硝子」「鍵の増えた陽だまり」「時計の雨」など、よくわからない言葉が山のように出てくる。

とまあ、わかりにくい作品と断定することが容易なアルバムではある。活動開始から9年、デビューして4年目のアーティストの1stアルバムにしては売りにくそうな作品だと思う。「光暈」は再録されたが、サブスクでは人気の「向こう髪」「遠視のコントラルト」は入ってない。CINRAに掲載されたインタビューでは

「自分の人生の起点として、アルバムというもので仕切り直しをしようって」*1

と話していたが、どこが?というのが正直なところだった。最初は。

だが、やたら残るのだ。彼の音楽は心に残る。

確かに彼は僕らを煙に巻こうとしている。歌詞における状況描写はすでに体をなしていない。サウンドも編成の時点で2つに分かれるし、ジャンルの話をすればオルタナティブ・ロック、ブルース、フォーク、弾き語り、アンビエントエレクトロニカなど多彩にも程がある。あとギターもどこかジャズ的だ。Joe Passを思い出す。彼の音楽で一貫しているのは、彼が楽曲を手掛け、彼自身が歌っていることくらいだ。曲ごとに印象もがらりと変わる。音の数も少なくはない。わけがわからない。

だけど、それでも彼の音楽は残るのだ。頭の中、いやまるで僕の日常の片隅に棲みついたかのように彼の声やギターの音色が残る。それがたまらなく心地よい。そして少しずつ君島大空という人がわかってくる気がする。

このアルバムの制作時点でおそらく彼は不特定多数の人間に求められる音楽を作ってはいない。彼は自分自身、もしくはごく少数の理解者のために作っている。見知らぬ誰かをハッとさせるような音楽を作ろうとはしていない。なぜなら彼は音楽家だからだ。音楽家とは良い音楽を作ることを生業にしていて、その意味において彼は真っ当な音楽を作ろうと試みたのだ。

そう気づいた(錯覚した)瞬間、煙が晴れたような気がした。このアルバムには様々な楽曲があり、そのどれもが違う顔を見せ、相手によって立ち居振る舞いを変える。君島大空は様々な表情を、敢えて一枚のアルバムに盛り込み、名刺代わりにしようとしたのではないか。

正直に感想を言うなら7割くらいは「シャイすぎないか?」と思いつつも、でも残りの3割くらいは天才だと思った。まどろっこしいことをしているのに、それでも残るものがある。それは天から与えられたものではないか。

このアルバムは、まるで聴く人を煙に巻くように音楽的にバリエーション豊かな表情を見せる。また歌詞の状況もわかりにくい。だけど最後にメロディが残る。混乱のトンネルを抜けたその先で、君島大空の音楽の良さを出会うことができる。

この先、彼の音楽はさらに洗練されていくだろう。だから彼は音楽を作っていてくれるといいなと思う。そうすれば僕みたいな人間は幸せになる。いつかどこかの海辺の街で彼と出会えたら「波浪」でも「Halo」でもなく、「Hello!」と挨拶したい。なんとなく。そんなことを妄想しました。彼の進む道に幸あらんことを。


ぴっち(@pitti2210)はこのブログの管理人。最近はレビューを書いてるせいで他のことが疎かになっていて少し不安。