サザンオールスターズ『葡萄』
一言で「良い」「悪い」とはいえない奥深いアルバムだと思う。きれいごとに聞こえるかもしれないが本当にそうなのだ。最初に聴いた時に退屈だと思っていた曲が、次に聴いた時に印象をがらりと変える。サザンの中・後期以降のアルバムは一長一短で、個人的にどれが一番いいとは言えないのだが、今回の『葡萄』で新しい季節を迎えたように見えた。『さくら』『キラー・ストリート』の時期をようやく抜けたのだと思う。
今作はシングルとしてリリースされた「ピースとハイライト」や「東京VICTORY」のように"平和"や"みんなへのエール"という意味合いを持った曲が多い。またバラードにおけるストリングス率も高く、シングルや先行公開された「アロエ」を除けばと全体的に足が止まっているようにも聴こえるかもしれない。そのため最初の聴いた時は、10年前の『キラー・ストリート』の頃よりも桑田佳祐の加齢を感じた。良くも悪くも闘病生活の影響が大きかったのだと。
ところが、繰り返しアルバムを聴くうちに印象が変わっていった。確かに前述のストリングス率の高い「平和の鐘が鳴る」や「蛍」といったバラードは観念的である。正直、自分のような若輩にはピンとこない。あまりにリズムを排除しすぎている。しかしそれが日本人古来のリズム感のように思えてきたのだ。ロック、ジャズが入ってくる前の歌謡、唱歌といった歌。打楽器を用いることなく、日本人の肉体のリズムで歌い上げている。
またこのアルバムは進むに従って、一見わかりやすい迫力がなくなっていく。肉体性やロック感だけで推し量るなら冒頭の「アロエ」こそがピークだろう。後半に進むにつれてドラムの音は聴こえなくなり、さらには桑田さん本人の現実感も薄くなっていく。9曲目の「東京VICTORY」までは、まだ僕らの前で実際に歌っている姿が想像できるが、10曲目以降は完全に人生の回想モードに入る。13曲目の「天国オン・ザ・ビーチ」はあの世の世界だと思う。そして最後の「蛍」では幽霊のような存在(つまりは蛍そのもの)になって僕らを見守っている。
涙見せぬように
笑顔でサヨナラを
夢溢る世の中であれと
祈り(蛍)
前々からそうだったが、桑田さんはいつからか「生」と「死」と「愛憎」についてしか歌わなくなり、10年前の『キラー・ストリート』ではまさにミクロの視点で「人の一生涯」を、マクロの視点では「人の殺戮の歴史(=killer street)」を歌った。そして今作ではついに死後の世界も描いてしまった。現在桑田佳祐は59歳。まるで67歳の頃の宮﨑駿が作り上げた『崖の上のポニョ』のようだ。
しかしだからといって老いの印象が強いだけじゃない。むしろ『さくら』や『キラー・ストリート』の頃よりもずっと瑞々しい。しかしポップミュージックとしてギラギラしていたのはやはり90年代にリリースされた『Young Love』『さくら』の方が上だと思う。でもそれから10年以上経っても時代に正面から向き合うことをやめず、チャートで勝負することからも逃げないサザンは本当にかっこいい。音楽を「良い」「悪い」という単純な物差しで測ることに徹底的に反抗している。これで5年は待てる。次があると確信できたこともうれしかった。
ぴっち(@pitti2210)