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マキシマム ザ ホルモン『ぶっ生き返す』

レビュー

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ロックンロールとは、元々「快楽」を若者に提供する役割を果たしていた。1950年代後半に突如として現れ、若者達は一瞬でそのビートの虜となった。誰もがロックを聴いて踊り出し、夜も腰を振り合って踊る。エルヴィス・プレスリーミック・ジャガーも、マリリン・モンローと同じ「セックス・シンボル」だった。

そう、ロックは元々快楽を提供していたのだ。そしてそれこそがロックの第一条件なのである。メッセージは元々必要なかった。ロックが芸術となるのは、ボブ・ディランが「Like a rolling stone」でフォークとロックの融合に成功するまで待たなければならない。それ以前のロックに、小難しさは必要なかった。

何を言いたかったかというと、最近のロックバンドは、どうも難しくメッセージを伝えようと必死になっている気がするのだ。特に日本のバンドは、曲にメッセージを詰め込み、まるで語るように歌っている。勿論それも大事だ。メッセージを語るのもミュージシャン達の大切な仕事だ。

しかし、最近の曲は、いわゆる快楽を二の次にしているような気がしてならない。快楽があって、その次にメッセージだと私は思う。そうすればメッセージはさらに伝わる。「このノリいいな」程度でいい。まず聴き手の胸が踊ることの方が大事だ。腰も動けばなお良い。それがロックの果たさなければいけない役割ではないか。

その点で考えれば、この『ぶっ生き返す』は完璧だろう。勿論メッセージがない訳でもなければ、蔑ろにされている訳でもない。どの曲も、まず快楽が先行しているのが素晴らしい。別に下ネタ歌詞=快楽ではない。例えば「ぶっ生き返す」のイントロのギターを聴いてみて欲しい。PVでもメンバーがヘドバンしているが、思わずこちらも体が動いてしまうのではないか。これが大切なのだ。この快楽があるからこそ、

《もういっそ 俺に生まれたなら 君をぶっ生き返す!!》

というメッセージが生きる。だって、本当にあなたの脳細胞、生き返ってるどころか、ぶっ生き返ってるでしょ? 

「チューチュー ラブリー〜」も「恋のメガラバ」も、歌詞に多くを求めず、とにかく歌って踊ろう、という姿勢が見てとれる。そしてなおかつ、絶賛したいのが亮君のメロディーメイカーとしての実力だ。全曲、キャッチーな曲調で揃えられており、何度も聴きたくなってしまう。そして踊りたくなる。これこそがロックの理想的な姿なのだ。歌詞が聴き取り難い? そんなの問題じゃない。何も考えず踊ればいいのだ。

意味があるのかないのかわからないような歌詞と、癖になるサウンドで戦ってきたロックバンドは数多くいる。勿論ホルモンはそうだし、まったく違うサウンドだが相対性理論もそうだろう。90年代のゆらゆら帝国は、その路線をたった二枚のアルバムで完成させてしまい、2000年代はメッセージと快楽を全く同じ度合いで共存させる道を進み始める事になる。どのバンドにも言えることは、曲を聴くだけで体が無意識に動いてしまうという事だ。そのまま踊ってしまえばいい。

もしかしたらロックは、メッセージを伝えて聴き手の悩みを解消するものではなく、踊らせて悩みを吹っ飛ばしてしまうものなのかもしれない。とにかく今日も私はロックを聴く。そして踊る。それだけで十分だ。

 

 

HEROSHI(@HEROSHI1111