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坂本慎太郎『ナマで踊ろう』

合評 レビュー

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坂本慎太郎が2年ぶりにリリースしたアルバム『ナマで踊ろう』の合評です。本当は2週間前に記事をアップしていなければいけなかったのですが、僕が忙しかったせいで記事の公開が遅れてしまいました。ごめんなさい。でも本当はこの作品があまりに何を意味しているのかがわからなかったのです。一見すごくなさそうに見えながらどこまでも深淵であり、かとおもいきやただの言葉遊びに思えたりと、どうとでも捉えれる作品だと思います。リリースからある程度時間が経っても輪郭がぼやけたままのこのアルバムを4人でレビューしました。この記事があなたの考える材料になれば幸いです。ちなみに4人とも全然違うことを書いています。(ぴっち)

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2年以上待った待望の新作。とにかく称賛したいのは、ゆらゆら帝国でメジャーデビューしてから25年、彼は一度も進化するのを止めなかったことだ。今作も『まともがわからない』で見せたポップセンスを封印し、全編にわたりムーディーな雰囲気を醸し出し、テーマは何と「人類滅亡後の世界」なんだからたまげる。確かにソロの「死者より」や「幽霊の気分で」、もっと遡るとゆら帝2nd『ミーのカー』に「人間やめときな '99」なんて曲があり、彼が以前から人類に対する疑問を歌にしてきた事は明らかだが、今作はその集大成とも言えるだろう。

坂本慎太郎のボーカルはこれまでで最も妖艶で、ねちっこく響き渡る。そして今回素晴らしいのはコーラス陣で、「スーパーカルト誕生」のPVで登場した腹話術人形や、「ナマで踊ろう」の女性コーラスは、一層退廃的な世界観を醸し出し、作品に彩りをつける。そして演奏はもはやゆら帝時代のロック音は完全になりを潜め、ひたすら我々の酩酊を誘い、踊らせる。そう、今作の最も素晴らしい所は、「人類滅亡後の世界」という暗すぎるテーマにも関わらず、我々を「ナマで踊らせる」事にある。退廃的な空間に集う我々に絶望を感じさせず、「こっちの世界も悪くないぜ」と手を差し伸べる。BGMには困らない。手と手を取り合って、いずれ滅亡する者同士踊り明かそうではないか。

私は今作を初め「日本の『kid A』をようやく見つけた」と評したが、訂正しよう。イギリスには『kid A』があって、日本には『ナマで踊ろう』がある。両者は両国において、「退廃的な世界を、甘美な音楽を伴って美しく表現する」という点での雄である、という事だ。悲惨な状況でも、音楽があれば美しさを失わない。きっと彼は大事を成し遂げた気分ではなく、ただ自分がやりたい事をやっただけだろう。バンドから解放され、ライブも行わず、羽を伸ばして音楽制作に取り組んでいる。しかしただ一つ、彼は常に自分の音楽を進化させ続け、新たな世界を追及する事は止めなかった。その姿勢こそがこの怪作を産んだのだろう。果たして次の彼の一手はどんな物になるだろう。想像もつかない。また一つ楽しみが増えた。

 

 

HEROSHI(@HEROSHI1111

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坂本慎太郎「スーパーカルト誕生 (Birth of The Super Cult)」

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『ナマで踊ろう』を聴くにあたって個人的におすすめしたいのは、部屋でじっくりと歌詞に書かれてる内容を味わいつつ聴くのが一番このアルバムの良さが感じられると思う。

今回のアルバムは前作までのアルバムと同様にサウンドの流れをきちんと組んだアルバムである。と同時に全く違うベクトルへと向かったアルバムだ。滅茶苦茶矛盾してるぞという話なんだが、これがそう思ってしまうのである。

まず、ゆらゆら帝国からそうなのだが、坂本慎太郎の音楽には独特の懐かしみがあると思っている。色で言えばセピア、映画でいうと昔の日本映画のようなエチゾチックさを持ってる音楽だ。それは坂本慎太郎のソロになってからもその懐かしみはやはり随所に現れている。ただ、その懐かしみのエッセンスがゆらゆら帝国の頃に比べると薄まって結果的により万人に伝わりやすくなったように思う。

今回のアルバムを聴いた時も同様に坂本慎太郎でしか出せない音楽でありながら前作にあったようなファンクネスを感じさせつつ良質なポップミュージックであるという延長線上にあるアルバムだと思っている。

では何が違うベクトルに向かったのか。それはやはり今でもそうだが『ナマで踊ろう』に違和感を感じている原因は歌詞にある。

いや、実際自分はゆらゆら帝国のアルバムを全部持っているというわけではないし、ソロになってからのアルバムも実は最近になってようやく聴いたくらいなのでわかったふりは出来ないのだが、それでも自分が想像している坂本慎太郎の歌詞というのは違うのだ。だってあの人、完全に世の中に全く興味が無さそうな顔をしてるじゃないか?実際ソロになってからのアルバムタイトルも『幻とのつきあい方』とか『まともがわからない』だ。それが、今回『ナマで踊ろう』とはっきりメッセージを送ってきているのである。いや、まあ正直アルバムのタイトル自体はそこまでメッセージが伝わってくるとは思わないかも知れない。でもこのアルバムで歌われている歌詞を観るとどうしても今までと違う感触を抱かずにはいられないのである。

最後の曲「この世はもっと素敵なはず」では《この世はもっと素敵なはず》の後に《ぶちこわせ》と何度もリフレインされる。こんなのメッセージを出してるとしか思えないのだ。

「こんな世界クソ食らえだよ。それでもまだ変えれるよ」と。

今回、坂本慎太郎のアルバムを聴いて僕が思ったのはこんなイメージの内容だった。まさかアルバムを買う前こんなに悩みながら聴くことになるとは思わなかった。

あくまでもこれは個人的な感想であり凄く勝手な解釈だ。これを読んで難しい内容のアルバムなのかというと断じてそんな事は無いと言っておく。このアルバムの基本的は所は良質なポップミュージックの体裁を放っている。ただ考えを張り巡らせやすい、引っかかるポイントが多いアルバムなのだ。

いろんな人が色んな解釈でこのアルバムを聴く。それで良いと思う。もはや僕が長々と書いたメッセージの事なんてどうでも良いかもしれない。大事なのは坂本慎太郎の今回のアルバムはやはり傑作だったという事実だ。

 

 

うめもと(@takkaaaan

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もし『ナマで踊ろう』を買ってない、聴いてない人がこのレビューを見ているのなら先に断言しておきたい。私のレビューを見る時間があるならば、今すぐCD屋に行ってこの傑作を買って聴いてほしい。それだけこの作品には彼の魅力と惹きつけて離せない音が詰まっている。

まずサウンドだが、ラテンやハワイアンといった踊る音楽を中心にとてもポップに仕上がっている。作品はCD2枚組で本編とそのインストという構成になっているのだが、そのインストがとても良くできている。シンプルながらも細かく聴くと、曲の1番で右で聴こえた音が2番では左で聴こえたり、音に距離感を持たせて立体的に構成されたりと非常に作りこまれている。これだけでも十分音楽として機能しているのだが、このアルバム最大の魅力が歌詞である。

テーマが「人類が滅亡した後の世界」なのだが、歌われる「国家とは?」「宗教とは?」「災害とは?」というメッセージは震災以降の日本の行く末を描いているようにすら思えてくる。しかし、頭の中で描かれる具体的なイメージは聴き手によってかなり違う物になるかもしれない。なぜなら、一番核心になる部分には「アレ」「それ」「お前」といったように具体的な事は何一つ言わずモザイクがかかっているからだ。そのため、聴取者はモザイクのかかった部分に興味を持ち、読み解こうとする。これと全く同じなのが「予言書」である。坂本慎太郎という音楽家がコンセプチュアルにやっていると理解しているから僕らは楽しめるわけであって、どこかの宗教の教祖がこの歌詞を言えば恐ろしい予言になるのではなだろうか。

ゆらゆら帝国でロックとして出来る表現を突き詰めた坂本慎太郎が、今度はポップスとして出来る事を突き詰めようとしている。そして、この作品はまだ彼にとっては道の途中なのかもしれない。だからこそ、次の彼の作品が気になるし、早く聴きたい。ただ、聴く前にこの予言書みたいな世界になっていなければの話だが。

 

 

ゴリさん(@toyoki123

ダラダラ人間の生活

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例えばあなたが優れた小説や映画を見て、そこに作者のメッセージを見つけることが果たして本当にできるのだろうか?同じ様に坂本慎太郎がこのアルバムの中で「あなたもロボットになれる」と実際に主張したと仮定して、それを額面通りに受け取ることが果たして正しいのだろうか?

そんなわけないよね。

何度聴いても何も残らない、すばらしい音楽だと思う。このアルバムで坂本慎太郎が言いたいことは何もない。メッセージもない。だから「ナマで踊ろう」というタイトルが何を意味しているのかもよくわからない。でもこれは確かにダンスミュージックだ。

人によってはいろいろ受け取るものがあるだろうし、僕はそれを否定する気はない。みんながそれぞれ好きなように受け取ればいい。でも僕はこの音楽からは何も受け取らなかったし、この先も受け取ろうとも思わない。ただ身体が動いてしまい、同時に心が弾む。「踊る」ということは肉体の動きのみを意味するわけではない。軽やかにステップを踏むように、僕は自分の人生を踊り続ければいい。

僕は坂本慎太郎の熱心なファンではないので、実際のところはよくわからないけど、彼の音楽が村上春樹の小説の世界観とあまりに類似することに驚いた。現実と非現実の境界が曖昧で、教訓めいたものがなくて、快楽に忠実で、そして何も残らない。

 

 

ぴっち(@pitti2210