岡村靖幸『幸福』

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岡村ちゃんの約11年ぶりのオリジナルアルバムを聴いた。

最初に聴いた時は、流れが良くない、と思った。タイトルに合わないムーディなオープニングに困惑したし、3曲目でがらりと変わる展開に違和感を覚えた。他にも細かい部分で2箇所ほど気にかかるところがあった。

でも何度か聴くうちにその意図が少しずつ見えてきた。このアルバムはおそらくオープニングが歪なのだ。『幸福』というタイトルに似つかわしくない。「できるだけ純情でいたい」は前述の通り、ダークでムーディで、どこか『Me-Imi』の頃を彷彿させる。狂おしいまでに愛を歌う岡村ちゃんの健在を示すものではあるのだが、アルバムの1曲目に位置することには違和感がある。

でも岡村ちゃんはこの曲でアルバムをはじめたかったのだろう。それはなぜか。岡村ちゃんが空白を埋めようとしたからだ。なにせオリジナルアルバムのリリースは11年だ。もっともシングルは活動再開後に度々出していたし、リミックスアルバムも出している。だけど岡村ちゃんは一度僕らの前から姿を消した。そのような出来事があった。その詳細はここでは語らないが、僕らは二度と岡村ちゃんに会えないことを覚悟した時期があった。

岡村ちゃんはそのことを、なかったことにはしなかったのだ。たぶん。「できるだけ純情でいたい」で岡村ちゃんはこう歌う。

激しい夜交わした 疚しい気がしだした
でも 逢いたい 逢いたい 逢いたい
まだ 迷路から抜けられず 思わず目を閉じた 

僕らは岡村ちゃんに逢いたかったし、もしかしたら岡村ちゃんもそうだったのではないか。それが復帰後のハイペースなライブ活動に現れているのではないだろうか。

このはじまりの意図がうっすりと見え始めてからは、絶妙な構成のように思えた。そしてひたすら幸せな時間が続く。「ラブメッセージ」ではポップスターの岡村ちゃんが、そして「愛はおしゃれじゃない」ではみんなに届いたアンセムで僕らをひたすら幸せにしてくれる岡村ちゃんがそこにいた。どファンクな「ヘアー」はひたすらかっこいい。「ビバナミダ」「彼氏になって優しくなって」のシングル2連発はウイニングランのように僕の耳を通り過ぎ、最後はもはや言葉にならない「ぶーしゃかLOOP」に突入する。幸福そのものだった。

このアルバムは岡村ちゃんを熱心に追いかけていた人に冷水を浴びせる側面がある。すでに僕らが幸福の最中にいるにもかかわらず、あの頃の岡村ちゃんを思い返さなければいけないからだ。でも岡村ちゃんは敢えてそこからはじめ、ここにたどり着いた。本当に長い12年間だった。でもここにたどり着いてくれて本当に良かった。4月からのライブ楽しみ!

ぴっち(@pitti2210

ドキュメンタリー好きですね。ここ数年凄く好きですね。

いつぞやかのラジオ番組での事であったか、岡村靖幸がこんなことを喋っていたのは。映画よりもドキュメンタリーを見る方が気楽である、そんな内容をその日は語っていた気がするのだが、本作を聴くと、「なるほど、そういう意味だったのか」と腑に落ちた。結論から先に言う。『幸福』という作品は岡村靖幸という人間が2011年に復帰をしてから現在まで、そして未来すらも描いたドキュメンタリーである。

雨の中で雷鳴が轟く音から始まるミディアム・テンポなファンク・ナンバー「できるだけ純情でいたい」から『幸福』という名のドキュメンタリーはスタートする。岡村靖幸という男からにじみ出るオトナのエロさと歌詞から感じられる「女子からモテたい。」「女子とSEXしたい。」という欲望に悶々としている、いわゆる“童貞さ”が絶妙なバランスで堪能できる楽曲ではあるのが、よくよく歌を聴くと

迷路から抜けられず 思わず目を閉じた
負けているが めげなくデートしたい もうメッチャむこうみず

と、いつになくネガティブな歌詞が目立つ。3度の逮捕後、2011年に復帰をした岡村靖幸の心情もこれに近かっただろうし、この曲の冒頭のように雷鳴とどろく大雨みたいな状況であったのではないだろうか。しかし、この雨は負の印象だけではなく、彼にとってはスタートの意味もある。それは彼が復帰後初めて立った2011年のSLSSWEET LOVE SHOWERの天気も雨であったからだ。心の空模様でありながらスタートでもある雨から始まる「できるだけ純情でいたい」には2011年の彼の姿が投影されているように僕は感じる。

また本作の特徴として9曲中6曲と既発曲が多いという点が挙げられる。2011年以降の岡村靖幸西寺郷太小出祐介といった自分より若いミュージシャンたちと手を組み「ビバナミダ」「愛はおしゃれじゃない」を制作し、その後「彼氏になって優しくなって」「ラブメッセージ」「ヘアー」とタッグを組まず個人で楽曲作りを行ってきた、という復帰からの4年半の歩みとしても捉える事ができる。そして、このドキュメンタリーの最後に「ぶーしゃかLOOP」を置くことで彼は私たちに1つのメッセージを送ろうとしたのではと考える。

「ぶーしゃかLOOP」というのは、元々ホームページを作成にあたりループ物のトラックを作って欲しいというリクエストで制作された楽曲であるのだが、この曲の歌詞は「家庭教師」「ア・チ・チ・チ」「聖書」「ターザンボーイ」と言った年代もアルバムもバラバラな楽曲の歌詞を集合して出来ている。さらにネットでアップされた物と比べると、本作では子供が歌う部分があり(これも個人的には「だいすき」のセルフ・オマージュだと思ってしまうのだが)サウンドがリミックスされて、ループ物のトラックが「ぶーしゃかLOOP」というダンス・ミュージックとして一つの楽曲として成立している。つまりは、この曲で岡村靖幸は“過去の自分を振り返りながらも、ループしていく日常の中で新しい一歩を踏みだしていく”という決意を私たちに表明してくれたのではないだろうか。

一人のアーティストの今までと現在、そして未来すらも捉えた『幸福』という名のドキュメンタリー。岡村靖幸が活動していく以上、この『幸福』は彼自身だけでなく、彼を取り巻くすべての人間に続いていく。

ゴリさん (@toyoki123

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