サカナクション『834.194』

f:id:ongakudaisukiclub:20190620004444p:plain

Apple Music Spotify 

サカナクションの6年ぶりのオリジナルアルバム。先に書いてしまうけど僕の中では現時点における2019年のベストアルバムです。

既発曲が新鮮に聴こえる

一番驚いたのは既発曲が新鮮に聴こえること。CD2枚組収録時間1時間29分全18曲という大作だが本当に退屈する時間がなかった。実質的な新曲は7曲、それに加えリミックスとアレンジ違いが3曲、つまり既発曲は8曲もある。収録内容の発表時点ではそれが批判されていたし、さすがにベスト盤にも収録された「新宝島」を今さら収録する意味を個人的にも掴みあぐねていた。だけどアルバムの曲順で聴くと印象ががらりと変わるのだ。「多分、風。」も「新宝島」も今まではシングル曲としての側面、例えばフェスの盛り上がる場面で演奏されるといった要素が色濃く出ていたが、このアルバムの曲順で聴くと思っていた以上に踊りやすいことに気付かされた。

それはアルバムの構成が抜群に良いからだろう。ディスク1の3-5曲目に既発曲を配置しているが、それらをリードする新曲の流れが完璧なのだ。おそらく既発曲のリズムから逆算して制作したと想像するが、結果としてゆるやかなテンポの新曲から繋がることで、既発曲のリズムの繊細さが際立ち、印象がガラりと変わる。これは個人的にはじめての体験だったし、ここまでシングルとアルバムで曲の印象が変化するのはポップミュージックの歴史においてもそれほど多くないと思う。それはディスク2の「グッドバイ」以下の既発曲3連発でも同様だ。おそらく大半のリスナーはスマホやPCのプレイヤーでディスク1とディスク2が直接繋がると思うが、例えCDプレイヤーでディスクを取り替えて聴いたにせよ、構成で曲の印象が変わるのは間違いない。

結果論ではあるが、アルバムでの見せ方が優れているがゆえに、サカナクションがシングル曲を出す意義が証明されたと言える。

それに加えて今作ではリミックスをボーナストラックとしてではなくオリジナルアルバムの本編に組み込む手法も意欲的だし、「セプテンバー」の「東京 version」と「札幌 version」を同時収録する試みも、タイトルの『834.194』の謎解きに絡めて、リスナーに楽しい謎解きを提供している。

音楽が一人の才能に依存する時代を終わらせてしまった

問題はなぜそのようなことができたのかだ。それは今のサカナクションが山口一郎の才能に依存したものではないからではないからだ。

とは言え作詞作曲は山口によるものだし、彼が不在になればサカナクションというバンドが成り立たないのは間違いない。しかし同様に今のサカナクションは今のメンバーでなければ成立しないのだ。仮に山口がメンバー全員をクビにして金に糸目をつけずに腕利きのミュージシャンを集めたとしてもこのアルバムの高みには到達しない。2009年の『シンシロ』の時点で各メンバーがアレンジを担当し、前作『sakanaction』の時点でメンバーとエンジニアにマスタリングと曲順づくりを任せられるレベルのチームに成長することで、今のサカナクションができあがった。

つまりこのアルバムは、音楽が一人の才能に依存する時代が終わってしまったことを高らかに告げているのだ。

もちろん、そんなことはとうの昔からわかっていた。宇多田ヒカルは『HEART STATION』以降、プロデューサーを招聘する作品を作りを出したし、作曲でも外部の人間とコラボした。椎名林檎はソロで3枚のアルバムを作り終えた後、東京事変を結成し自身が100%作詞作曲を担当することをやめた。制作において何から何までやってしまうアーティストを否定はしないが、ポップミュージックにおける分業はもう何年も前からの当たり前のように行われている。

誤解を恐れずに言えば、山口のソングライティングが今作において著しく成長した印象はない

サカナクションの場合、山口一郎以外のメンバーの領域が増えるとどうなるか。単純に山口が作曲・作詞に割ける時間が増える。そしてサカナクションが山口の変化だけに頼らなくて済むようになるのだ。

誤解を恐れずに言えば、山口一郎のソングライティングが今作において著しく成長した印象はない。むしろ『DocumentaLy』の段階で彼のソングライティングはほぼ完成している。では今作において何が大きく変化したのか。それはやはりチームとしての総合力だ。アレンジ、マスタリング、構成が研ぎ澄まされている。曲と曲のつなぎ目が異常なまでに美しい。

それはとても奇跡的なことだ。90年代ならソングライターはバンドで自身のエゴが実現できないと感じ、バンドを休止してソロ活動を始めた。00年代ならバンドをソロプロジェクト化させることでより挑戦的な楽曲を作るようになった。でもサカナクションは今でもソロ活動を行わず、オリジナルメンバーのままでバンドが続いてる。山口がバンドを瓦解させることもなく、かといって他のメンバーが山口を消耗し尽くすこともなく、全員が音楽制作において影響力を持つ奇跡的な体制が整った。

もちろんだからといって完璧ではない。シングルが作られすぎる。アルバムが全然出ない。やたら時間がかかる。でも今作はそれを余り補うだけのものだ。

結論

『834.194』は既発曲が多数収録されているにもかかわらず、新鮮な体験をもたらすための新曲及び構成が練りに練られ、なおかつ本編にリミックスやバージョンを違いを組み込むような挑戦にも満ちた意欲作だ。そしてそれはサカナクション全体のチームでの成長によるところが大きいと思う。僕は「忘れられないの」冒頭のツリーチャイムの音で泣きそうになる。こんなにやさしいサカナクションは初めてだ。

 

 

ぴっち(@pitti2210

6/15 NOT WONK @ 札幌 BESSIE HALL

先日発売されたNOT WONKの3rdアルバム『Down the Valley』のレコ発ツアー初日のライブを観た。

アルバムのDVD付きのCD盤には今年3月のライブDVDが収められていて、そこでは新譜発売前なのにアルバム全曲をそのままやるという内容で、おまけに「リリース前なのにほぼ音源をそのまま再現できてるのかよ……」という驚きがあったのだが(とはいえアルバム大半の楽曲は去年のライブでやっていたが)、今回のライブは「発売直後の初日なのにここまで仕上がっているのかよ……」と思うほどの凄まじい気迫に満ちたものだった。それこそ作品の発売から10年20年経過したキャリアを積み重ねたバンドがアルバム再現ライブをするくらいの堂々として、なおかつ刺激が満ちた内容だったと思う。ちなみに今回のツアーでワンマンは札幌だけのせいかカメラも入っていたので映像化されるかも。

セットリストはツアー初日なのでネタバレになる可能性もあるので控えるが、アルバム『Down the Valley』を聴いて「観たい!」と思っていた内容をそのままやってくれた。これ以上は言えないし対バン形式のツアーでどこまでやれるかはわからないが、あのアルバムを聴いて少しでも気になった人は絶対に観ておいたほうが良い。

NOT WONKはパンクを出自としているのだが、今作に関してはパンクらしいパンクとは言えない。「Of Reality」を発売した2017年頃からソウル色が強くなったことが指摘されていたが、今回はさらに推し進んでRadioheadの『The Bends』のようなオルタナティブロックの要素が強くなった。とはいえそう思っていたら突如パンクが顔を覗かせるので、パンクを軸としながら様々な音楽を旅するような音楽になっているのだろう。実際、昨年11月の段階で彼らは本当にやりたい放題だった。

ただその混沌がアルバムとして形になり、僕らお客がそれに馴染むことで、その尖った実験性が共有しやすくなったのだろう。事実、お客の反応が以前より明確に良かった。「最高だけどなんじゃこりゃ笑」みたいな去年のライブでの驚きが、いつのまにか「こんなにも新しい刺激を生み出してくれて圧倒的感謝!」みたいな感動になっていて、お客の熱もどんどん上がっていった。だけどしみじみする部分はしみじみとする振り幅の大きいライブだったと思う。今作において最も実験的な「Shattered」があそこまで歓迎されたことがその証左だ。

個人的に一番泣いてしまったのはアルバムの最後を飾る「Love Me Not Only in Weekends」が演奏された時だった。去年の12月の段階で聴けてはいたのだが、どう演奏しているのかがよくわからなかった。おそらくオケも使わずに3人で演奏しているのだが、どうも自分にはこの曲はRadioheadの「Motion Picture Soundtrack」に対する返事に思えたのだ。あの時、もしくはその7年後の『In Rainbows』というアルバムで、Radioheadはロックを一度終わらせてしまった。もちろん他にもロックバンドはたくさんいるし刺激的な音楽を作り続けてきたが、あの時のRadioheadに対してきちんとした返事ができているロックはずっと不在だったと思う。それは2016年に『A Moon Shaped Pool』という直球のアルバムを作り出したRadiohead自身にもできていないと個人的には感じていた。

だけどNOT WONKはそれに応えた。とはいえ、おそらくそれは僕が勝手にそう思っているだけで彼らにその意図はない。そのような大仰な目的に彼らは興味が無いだろう。実際、彼らの音楽は彼らの半径数メートルの周囲に届くことを目的として作られている。ライブでのMCでも度々「自分の後ろにいる人のことを知ることができれば、わからないものに対する恐怖がなくなると思う」といった趣旨のことが話されている。彼らは日々の周囲の人に対する想いを形にすることで、それを聴く我々の気持ちが変わり、そしてそれはあの頃のトム・ヨークが象徴していた虚無主義に対する明確な返事となった、とあくまで僕は感じた。

敢えて大げさな物言いをするけど、ロック(ここは敢えてロックと書くけど、別にパンクでも何でもいいです)に希望を持つことができた夜だった。

あと最後のアンコールでそれまで踏みとどまっていた理性が一緒にぶち壊れたみんな、ありがとう。本当に楽しかったね。ぶち壊れたのもうれしかったけど、それまで踏みとどまっていたのも素敵だった。

 

 

ぴっち(@pitti2210

ネットの音楽オタクが選んだベスト平成ソングの簡易版

f:id:ongakudaisukiclub:20190523195344j:plain

ネットの音楽オタクが選んだベスト平成ソングの簡易版です。3P以上の247位まで掲載しています。なお順位は同点についても乱数を発生させて無理矢理順位づけているので深く考えないでいただけると幸いです。あくまで目安ってことでお願いします。

続きを読む