ザ・なつやすみバンド『パラード』

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「毎日がなつやすみだったらいいのになぁ」という気持ちになった記憶がない。まだ大学生で、社会人になっていないから休みは結構ある、というのも理由の一つだろう。しかしそれ以上にそういった理想を抱いて生活することを不可能だと諦めて、夢想することすら止めているのが大きな理由だ。次から次に襲い掛かるテストに休む暇もほとんどない。そんな生活が今過ごしている連休が明ければすぐに始まる。この春休みにザ・なつやすみバンドから3年ぶりのフルアルバムが届けられた。

彼女たちのデビュー作『TNB!』は、徹底的なノスタルジーと、時折顔を出すファンタジーによってリスナーを一気に夏休みの夕間暮れにトリップさせてくれる名盤だった。聴いていると、記憶の中に残っている夏の情景やそこで覚えた切なさを増幅させて心を埋め尽くされる。忙しなく進む毎日の中で、「過去の思い出」という逃げ場を作り出す強烈な中毒性が宿っていた。

TNB!

TNB!

 

そしてそれから3年後、待望の2ndアルバム『パラード』がリリースされた。ゆったりと活動していくのだろうと思っていたら、なんとメジャーデビューである。3年間、新譜を待ち焦がれた身としては、さぞかし今作も『TNB!』同様、気が狂いそうなほどのノスタルジーを提供してくれるだろうという思っていた。しかし、その予想は完全に外れていた。

まず、曲の構造が前作と違う。ピアノ、ベース、ドラムにスティールパンを基本編成とし、様々な楽器で装飾しながらも、柔らかいサウンドに歌を中心に据えた4分程度のポップソングが特徴だったのが『TNB!』だ。しかし今作では、歌モノである一面も確実に残ってはいるが、一曲の中に様々な展開を大胆に取り入れた構成の曲が目立つ。簡単に言えば、歌以外の時間を長く取った楽曲が多い。

表題曲「パラード」では、高らかな歌をさらに勢いづけるメロコア風味のドラミングがサビでドタドタと入り込み、中盤に曲の一時静止を経てからラストに向かってこの上ないほどに意気揚々としながら終わる。柔らかい印象を与えつつも、それ以上に熱気が強く感じられる。

他にもサンバと歌謡曲が交錯し狂騒を生み出す「ユリイカ」や、四つ打ちビートにスーパーマーケットのBGMのような脱力系エレクトロサウンドが絡まる「S.S.W(スーパーサマーウィークエンダー)~Sweet Suburbia Mix~」と『TNB!』にはなかった派手なアレンジの楽曲も多い。特に「ラプソディー」はそのタイトル通り、組曲のように次々と移り変わっていくアレンジが美しい。終盤、加速するようにして性急なストリングスやトランペットが彩るサウンドは、前作には有り得なかった壮大さである。

そして歌われる内容もかなり変わった。

明日はどこへ向かうかもわからずに 誰もが日々を抱きしめて それは 揺れる音楽のように(ファンファーレ)

これは、アルバムの最後に収録されている「ファンファーレ」を締めくくる言葉であり、そしてこのアルバム全体を貫くテーマのような一文である。「パラード」の楽曲群は、日常を活写し、誰もが平等に持つ時間を掬い上げ、彩りと心地よい安心感をまぶしたような言葉が丁寧に描かれている。ノスタルジーを描くことで、「夏」という思い出の中にある「逃げ場」を目前に引き出してきたのが『TNB!』であれば、『パラード』は視点を現在進行中の生活に切り替えたことで、今まさに僕らが生きている「日々」の中に「休息の場」を与える役割を果たしているのだ。

そして今作はその役割に加え、「生きること」をアジテートするような言葉も多く並ぶ。

巡りゆく季節に しがみついてはがされるな((春)はどこへいった?)

固く目を閉じて 闇に手を伸ばそう おそれ なみだ きぼう すべてのものをつかむ(パラード)

これらの力強い言葉が、ボーカル中川理沙の晴れやかな声で放たれる。「日々」の中に「休息の場」を与える役割があるというのはつまり、「休息」を欲してしまうほどの忙しい「日々」があるという前提である。このアルバムは、「休息の場」と同時に、誰もが過ごさなくてはならない「日々」を生き抜くための力も備えているのだ。聴いていると、安らかな気持ちとともに自然と活力もふつふつ湧いてくる。

僕を含め、多くの人が日々における、人とのつながり、課題、理想に悩み、疲れている。ザ・なつやすみバンドがメジャーデビューし、自分たちの音楽を広く羽ばたかせた意義はこの時代において大きい。誰もが求める、日々の生命力と安息が一体となった、生活者のためのサウンドトラックこそ「パラード」である。もうすぐ始まる新しい年度も、このアルバムを携えて何とか乗り切っていければいい。そんな気分にさせてくれる、優しくて眩しい作品だった。

 

 

月の人(@ShapeMoon

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