椎名林檎『(生)林檎博’14 ―年女の逆襲―』
徹底的に美意識が貫かれたステージだった。楽曲のアレンジもさることながら衣装、スクリーン、映像、ダンサー等のステージ全体の演出が異常に作りこまれていた。2008年の林檎博も今回同様さいたまスーパーアリーナ規模(今回は大阪城ホールでの収録)なのだが、当時は東京事変活動中ということもあり往年のヒット曲が中心のセットリストだった。しかし今回は1st、2ndアルバムの曲は抜き。おまけにシングル曲は全27曲中3曲。おまけにそのうち2曲が事変ナンバー。かなりマニア向けの構成だったと思う。にも関わらず、前回の林檎博以上にエンターテイメント性の強いライブに仕上がっていた。
椎名林檎が音楽の力を過信していないのが素晴らしかった。彼女自身、歌が上手だし、ここに集められたミュージシャンは一流ばかりだ。にも関わらず、彼女は音楽の力だけで勝とうとしていない。
その姿勢は演出面に表れている。スクリーンに映し出される映像に隙がない。映像も大掛かりなチームが組まれ、児玉裕一が監督を務めている。序盤における抑制された映像は素晴らしかった。レーザーライト、照明も見事。正直、音楽がなくてもビジュアルだけで楽しめるほど。普通この規模になるとどこかに粗が生まれるのだが、それが見当たらないのは逆に怖い。
当然演奏も豪華だった。管弦、ストリングス、ダンサーまで加わった総勢37人の「銀河帝国軍楽団」と名付けられたサポートは、彼女の歴史を紐解いてみても最大級のものだ。初期から彼女を支える斎藤ネコはもちろん、事変からは浮雲とヒイズミマサユ機が参加。そしてSOIL&"PIMP"SESSIONSのみどりん、竹内朋康といったミュージシャンも。これほどまで大きな舞台で彼らがのびのび演奏する姿を見られるのもうれしい。
しかもその銀河級のバンドが楽曲をノーストップで演奏するのである。まるでFNS歌謡祭みたいに。実際のライブはどうだったのかはわからないが、少なくてもこの映像の中ではアンコールまでMCはない。途中衣装チェンジが行われるのだが、その間さえ彼女が不在のままボーカルトラックが流され、バンドがそれとともに演奏する。徹底している。
僕らは息をつく間も膨大な視覚情報を受け取り、ゴージャスな演奏を聴き、そしてセットリストの巧さに唸り、椎名林檎の過剰なまでのサービス精神の目の当たりにする。これほどまでに作りこみながら、彼女自身何度も衣装を変え、最後にはキャバレーのホステスになる。年末のテレビ番組に出た際に「大人が少しエッチな話ができるような社交場としてのキャバレーを作りたい」という趣旨のことを話していたが、まさにそれを15000人以上の規模のステージで実現させた。コール・アンド・レスポンスの思想とは真逆のお客に見せつけるショーだった。でもだからこそ椎名林檎は信頼できる。
ちなみにキャバレーというものがいまいちわかっていないのだが、その司会者にあたる役割を浮雲が務めていた。一部では今回のライブは「浮雲博」と呼ばれているらしいのだが、ギターのみならずボーカル、司会、衣装片付け、バズーカなど、動き回っていた。椎名林檎ひとりだとストイックすぎる印象があるのだが、浮雲がいるとどこかゆるい。でもそれがいい。彼女が東京事変で得たものの一つだと思う。
なお今回は東京事変の「遭難」と「能動的三分間」も演奏されるのだが、アレンジがかなり泣ける。言うまでもなくファンは必見。
ぴっち(@pitti2210)