欅坂46論 最終章 欅坂46と東京オリンピック
これまでの欅坂46論では、第1章で"再開発"を歌っていることに着目し、それは同時に"世代交代"についても歌われているのではないかと指摘した。また第2章ではこの"世代交代"を"今までのアイドルとそれを乗り越えようとする欅坂46"と見立て、その中でアイドルでありながら今やアーティストとも呼ばれるようになったPerfumeが欅坂46のロールモデルなのでは?と考察した。そして第3章ではさらにもう一つのロールモデルとして石ノ森章太郎のマンガ作品である「サイボーグ009」との類似性を指摘した。
そして最終章となる今回は"再開発"、"Perfumeに見られるアイドルのアーティスト化"、"サイボーグ009"、この3つのキーワードに一つの軸を通したい。その軸とは"東京オリンピック"だ。
1964から2020へ
石ノ森章太郎がサイボーグ009を描いたのは1964年。その10月10日に東京オリンピックは開催された。
そもそも日本は1940年大会に一度は開催をすることを約束されてはいたものの盧溝橋事件から端を発する日中戦争がはじまり開催権を返上。その後、第二次世界大戦を経て日本は1951年より国際オリンピック委員会に復帰し、1960年の17回大会で誘致の立候補を行ったが、ローマに敗北。そして1964年の第18回大会の立候補を行ったところ誘致が決定。日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックとなった。
参加国93カ国、参加人数 5133人、競技種目数20競技163種目で14日間にわたり行われた東京オリンピックであったが、この東京オリンピックが開催されたことで東京の再開発は急激に進んだ。
この当時、東京オリンピックは別名「1兆円オリンピック」とも言われていた。これはオリンピックの開催経費が1兆円使われたという意味ではなく、関連の事業を含めて約1兆円使われたことを指す言葉である。東京オリンピックの経費としては、組織委員会経費の99億4600万と大会競技施設関係費の165億8800万円との合計265億3400万円。一方で、直接的なオリンピック経費とはいえないが、関連事業として道路整備(1,752億7900万円)、東海道新幹線(3800億円)、地下鉄整備(1894億9200万円)など総額9608億2900万円の事業が行われた。
そもそもオリンピックによる都市開発というのは前回のローマ大会から行われていたことでもあるのだが、東京オリンピックは「オリンピック=都市の再開発」の図式をより世界にアピールすることになった。
時は変わって2013年9月7日。東京は1964年以来、2度目のオリンピック開催都市になった。石原慎太郎都知事時代に2016年のオリンピック招致に失敗してからの2度目の招致で東京オリンピックは開催する運びとなった。開催都市が東京に決まり都市の再開発が進む一方で、私たちの耳に入るニュースはオリンピックのエンブレム盗作問題や国立競技場の建設費問題、さらには当初約8000億円と言われた経費も1兆6000億と倍以上に膨れ上がるといったことばかりである。そんな中で2014年に東京オリンピックに関連するある話題がニュースになり波紋を読んだ。秋元康が2020年の東京オリンピックの理事になるという発表だ。
秋元康と開会式と椎名林檎
これに対して一部の好ましくないファンからSNS等で抗議が起こり、オンライン署名収集サイトである『chenge.org』では秋元康のオリンピック理事を中止する署名活動まで行われる事態となった。
そしてその状況を見て立ち上がったのが椎名林檎であった。
「(東京五輪開催が決まって)皆さん「だいじょぶなのか東京」と、不安を覚えたでしょう? 開会式の演出の内容がおっかなくて仕方ないでしょう?」
「昔から脈々と続く素晴らしいスポーツの祭典が東京で開催されるんですよ。もし自分の近いところに関係者がいるのであれば、言いたいことはありますよ。(中略)J-POPと呼ばれるものを作っていい立場にあるその視点から、絶対に回避せねばならない方向性はどういうものか、毎日考えてます」
(2014年 音楽ナタリー 椎名林檎インタビュー)
その結果、リオ・オリンピックから東京五輪への「引継ぎ式」アドバイスメンバーに椎名林檎が抜擢され、Perfumeの振付師であるMIKIKOもアドバイザーとして参加した。そしてリオ・オリンピックの引継ぎ式でのパフォーマンスはPerfumeでお馴染みの中田ヤスタカによる楽曲やPerfumeのライブ演出でお馴染みの真鍋大度が率いるライゾマティクスのAR技術が使われた。それを観た視聴者からは「これなら4年後の開会式の演出も大丈夫だ」という安堵の声がSNS上で広がっていた。
さて、このような事態を秋元康がじっと見ていたわけではない。彼は東京オリンピック理事に就任したのと同タイミングで次の企画を動かしていた。そう、それが欅坂46であった。
東京オリンピックと欅坂46
欅坂46が最終的にどこを目指しているかと言えばこの東京オリンピックであると私は考える。少々飛躍し過ぎかもしれないが、そのように考えれば、オリンピック開催に伴い急激に再開発が進む東京を歌にしてきたことも、東京オリンピックと同じ年に生まれたサイボーグ009をモチーフにしたことも、またPerfumeのようなアイドルを超えた存在を目指していることも説明がつく。
欅坂46はアーティステックで、アイドルファンだけでなくより大衆に向けたグループであることは第2部で示したわけであるが、彼女たちのダンスはいわゆるアイドルの振付けのレベルを超えている。音楽評論家でありアイドルにも詳しい宗像氏は欅坂46に関してこのように語っている。
曲、ダンス、衣装、CDジャケットなど、統一美を徹底的に追求した視覚的な快楽がとても強く、見るだけでカタルシスを感じる。これまでのアイドルが歌って踊る、いわゆる"振り付け"とは全く違うものだという感覚です。もはや歌うことを想定していないとすら思うような振り切れ方をしている。ある種の美意識の最終形ではないでしょうか
(週刊朝日 2017年4月21日号)
この統一美の正体こそデビュー以来、ダンサーや衣装、ミュージック・ビデオやジャケット周りのクリエーターを変えずに1チームで動かし、Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100」に選ばれ、マドンナの専属ダンサーであった上野隆博が彼女たちにフォーメーションダンス、ストリートダンスやバレエなどの様々なダンスの要素を詰め込んだダンスを享受したことで、他のアイドルの振り付けとは一線を画したパフォーマンスを実現させた結果である。そしてそれは秋元康を東京オリンピックの理事に反対活動する人間たちに対して「東京オリンピックに出てもおかしくないグループ」という秋元康なりの回答が、欅坂46であったのではないだろうか。
もちろんこれは妄想の域を出ていない。秋元康も「欅坂46をオリンピックに」とは明言していない。しかしリオ・オリンピック終了後
19歳で迎える東京五輪では、応援ソングを歌いたい。これは絶対にやりたい!
(スポーツ報知 8月23日付)
と欅坂46の平手友梨奈は語っており、再開発をテーマにしたことやアイドルを超えようとするような彼女たちの活動を見ていると、欅坂46を構成するベクトルは東京オリンピックに向けられているのではと私には感じる。
欅坂46が2020年までに獲得するべきこと
では欅坂46がオリンピックで歌えるような国民的アイドルになれるのか。まず開会式で歌えるかどうかということを考えると現時点では相当厳しいと思う。
ロンドン・オリンピックの開会式やリオ・オリンピックの開会式を思い浮かべてほしい。ロンドン・オリンピックのではアークティック・モンキーズがビートルズの「Come Together」と自身のデビュー曲「I Bet You Look Good On the Dance Floor」を演奏し、最後はポール・マッカートニーの「Hey Jude」で観客は大合唱する。
リオ・オリンピックではパウリーニョ・ダ・ヴィオラがブラジル国歌「Hino Nacional Brasileiro」を、エルザ・ソアレスが「オサーニャの歌」を歌い、最後にはカエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルが「Isto aqui, o que é?」を歌う。
ロンドン、リオの開会式では国内はおろか全世界で活躍する、またはその国の歴史を作ったアーティストたちが開会式に軒を連ねている。日本もこのような形を取り入れるのかはわからないが、もし仮に今現在この枠に立てるアイドルがいるならば海外での人気もあるPerfumeやBABYMETALが妥当になるのではないか。
ではオリンピック応援ソングではどうか考えると、過去に秋元康が手掛けたAKB48や乃木坂46は応援ソングを歌ったことがない。そして過去20年間のテレビ局におけるオリンピック応援ソングに関していえば、2002年のソルトレイクオリンピックでモーニング娘。が『そうだ!We're ALIVE』を歌って以降、女性アイドルグループは誰も歌ってはいない。しかし逆を言えばモーニング娘。が『そうだ!We're ALIVE』を歌っている以上、女性アイドルでも応援歌は歌えるということであり、もし欅坂46が狙いに来るのなら4年後までにAKB48や乃木坂46といった先輩たちやPerfumeやBABYMETALといった存在をも追い越していくことが今後の課題になるのだろう。
ただ、現時点でAKB48、Perfume、BABYMETALは東京ドームで、乃木坂46もさいたまスーパーアリーナでライヴするほどの観客動員数があるため、日本という視点だけではなかなかこの4組に追いつくということは難しいように思われる。
ではどうすべきか。これからオリンピックを本気で狙いに行こうとするならば日本だけでなく、海外で受けるコンテンツ力の高いグループに成長させなければいけないと思う。その場合、まず考えられるのは海外で日本を発信するイベントで成果を残すことが一つの課題となるであろう。
海外で日本を発信するイベントと言えば最大手はイギリスで毎年開催されている『Japan Expo』というイベントがある。日本のカルチャーを紹介する大規模な博覧会でありここにも数々のアーティストやアイドルが出演している。例えば、きゃりーぱみゅぱみゅや東京女子流、そしてAKB48や乃木坂46もここに出演したことからもここがアイドル・アーティストとして海外へ発信する一つの登竜門的な位置づけになっている。
しかしきゃりーぱみゅぱみゅ以外は海外展開が今一つ軌道に乗っていない。そして今軌道に乗っているPerfumeかBABYMETALは『Japan Expo』には出演せずに海外での活動を活発化しているのだ。
ここで2組のライヴにおける特性を考えるとアイドルという側面以外にも、別の拮抗する特性があることに気がつく。例えばPerfumeなら真鍋大度が率いるライゾマティクスのAR技術、BABYMETALなら神バンドの圧倒的なクオリティーの演奏力。要は彼女たちははなからアイドルの土俵で勝負をしていないわけであり、それ以外の強い武器を持っているからこそ海外に通用しているのだ。
またこの2組はアイドルに特化したイベントではない場所での勝負強さが功を奏したという点もある。Perfumeは2013年の6月21日に開催されたカンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバルにてパフォーマンスをした。
3人が衣装がスクリーンとなり、ダンスにあわせて次々と色鮮やかなグラフィックが映し出されるその演出は見ていた広告関係者やクリエイターから称賛された。そしてこの2週間後にヨーロッパ・ツアーであり大盛況であったことから考えるとタイミング的には最良の宣伝効果を生んだと思われる。そして以降のPerfumeのライヴではこの真鍋大度のAR技術が欠かせない存在になっていく。
Perfumeがカンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバルであるならば、BABYMETALは2013年のサマーソニックであった。この年、サマーソニック初出場であった彼女たちはメタリカのメンバーやそのスタッフが偶然目撃したことで、翌年のソニスフィア・フェスティバルUKに出演。6万人の観客の前で堂々としたライヴをやり、その年のソニスフィア・フェスティバルのベストアクトTOP10に選ばれた。それ以降、海外フェスへの出演やレディー・ガガのオープニングアクトを経て、海外での人気を獲得する。
では欅坂46の場合はどうすべきかを考えると、まずは今年初出場となるサマーソニックで爪痕を残すようなアクトを行うのが大事だと思う。サマーソニックの参加者の5000人~1万人程度がアジア圏からの観客であり、また開催元のクリエイティブマンプロダクションは今年「サマーソニック上海」の立ち上げを発表している。もし、このサマーソニックで観客を熱狂するようなアクトができれば、来年度以降のサマーソニック上海も見え、一気にアジア圏での活動が具体性を増す。
また欅坂46が所属するソニー・ミュージックエンタテインメントは子会社の株式会社Zeppホールネットワークは香港、韓国、台湾、インドネシアほかアジア諸国の音楽フェスへの出資を行ったり、またアジア圏にライヴハウス建設(6月末にシンガポールにZepp@BIGBOX Singaporeというライヴハウスが出来る予定)など海外進出に積極的である。また、JKT48やTPE48とアジア各国にAKBの姉妹グループを持つ秋元康であるので、もし今年のサマーソニックで日本だけでなく海外の観客を熱狂させれば一気に世界進出への足掛かりをつかめるのではと考える。
とはいえ、そのためにはアイドルとしてではなくよりクオリティの高いパフォーマンスを見せる存在になることが重要であり、そうでなければ海外での飛躍を見せることなく終わってしまう可能性もある。しかし、海外の観光客を熱狂させれば、アジア進出の道も切り開かれ、オリンピック応援ソングだけでなく、オリンピックの開会式で歌うことも夢じゃなくなる距離に近づくのではないだろうか。
オリンピックという存在は欅坂46にとってまだまだ困難な障壁であるのかもしれない。しかし彼女達がこれから成長しアイドルではなく、アイドルを超えた瞬間、東京オリンピックで歌う存在になるかもしれない。
あとがき
全4回からなる欅坂46論楽しんでいただけましたでしょうか。本来なら最終章で終わろうとも思ったのですが、書き上げた後にどうしても語っておきたいことがあったので"あとがき"という形で記しておきたいと思います。
それは秋元康が欅坂46をどう考えているのかということです。今回、欅坂46について再開発、アイドルのアーティスト化、サイボーグ009、東京オリンピックというキーワードで語りました。しかし欅坂46の生みの親である秋元康は多分この論で語られたことは意図はしてないし、ほとんど考えていないとも思うからです。
この欅坂46論を書くにあたり欅坂46に関連した秋元康のインタビューを読んだのですがインタビュアーの質問に「そこまで考えていなかった」「たまたまタイミングが良かった」ということを何度も繰り返し発言をしていました。実際、5月3日に放送された秋元康の10時間ラジオの中でも欅坂46に関して、「笑顔を見せないアイドル」や「反逆のアイドル」といったコンセプトは考えてはいなかったという旨の発言をしており、今回この欅坂46論を書き進めながらも、私の頭の片隅では「秋元康はこんなことを考えてないんだろうな」と思っていました。
そして秋元康のインタビューを見ながら私はある一人の作家を思い出していました。村上春樹です。村上春樹もまた新刊が出るたびインタビューをされるのですが、そのたびに「知らなかった」「そこまで考えていなかった」ということを発言する作家でもあります。
しかしそんな村上春樹でありますが、彼の小説について語りたい人が後を立たないのはなぜでしょう?そして秋元康の生み出したAKBや乃木坂、そして欅坂に関して語りたい人が後を絶たないのはなぜでしょうか。私はそのヒントとなるようなツイートを最近見かけました。ゲンロンで行われている批評再生塾内で佐々木敦が語った内容の一部です。批評再生塾では今年、実作者を呼び受講生が批評をするという試みをやっているのでが、それに関連した内容であります。
佐々木「本当にすごい実作者は、自分が思っている以上のことをやってしまっていることがある。そこに他者の言葉である批評が生起する地点がある。」→【生放送】佐々木敦「導入」【ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第3期 #1】 #批評再生塾 https://t.co/ceRyxXFrRC
— ゲンロンカフェ (@genroncafe) 2017年6月7日
秋元康、村上春樹も本人たちが思っていた以上のことをやっている。そして、それは無意識でやっている。だとすれば本人たちが無意識でやっている部分こそが私たちを引き付ける魅力であるし、そこにこそ様々な「語り」が生まれるのでは、と私は思うのです。
批評や評論とは"相手を批判する"ものではありません。"新しい価値を伝えるもの"だと私は思っています。この欅坂46論を読んで「私はそうは思わない」「いや、こういう見方もあるのでは?」という方がいましたらぜひ、あなたの欅坂46論を読ませてください。この文章から新しい欅坂46の語りが生まれることを期待して、この拙い文章を終わりにしたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考文献
- 公益財団法人日本オリンピック委員会ホームページ『vol.3 紆余曲折を乗り越え、迎えた10月10日/オリンピックを支えた募金活動』http://www.joc.or.jp/past_games/tokyo1964/story/vol03_04.html
- 宇野常寛編『 PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』第二次惑星開発委員会
- 柴那典『ヒットの崩壊』講談社
- 境真良『「BABYMETAL快進撃!」の絶妙な仕掛け/雛型はPerfume、アミューズ流の戦略とは?』http://toyokeizai.net/articles/-/57210
マーガレット安井 (@toyoki123)